友人の両足

@ku-ro-usagi

読み切り

友人が入院した

差し入れは何でも、食べ物に制限はなさそうだったから

プリン持っていったんだ

最近レトロプリンとか固いもの人気だよね

私も友人も

柔らかトロトロ派なんだ

気が合うね

友人は一人部屋だった

私は盲腸で入院した時

4人部屋で、お婆ちゃん3人のそれぞれ個性ある高鼾で

連日寝不足だったのに


友人は普通に元気そうに見えた

脇に車椅子があるから実際はそうでもないんだろうけど

うちのより立派な冷蔵庫にプリン入れて

試しに車椅子に座らせてもらった

当たり前だけど視界が低くなり

このまま外に出たら

また違う世界が見えるんだなと思ったよ

友人は

「君はマイペースだね」

と笑う

褒め言葉として受け取っておく

一人部屋はベッドも少し大きめ

椅子ではなくベッドに腰掛けさせてもらうと

「聞いてよ」

と友人の声が背中にかかる

「この間さ

会社の同僚たちとさ

ちょっとした観光地に遊びに行ったんだ

写真も撮ったけど私は真ん中に陣取るタイプじゃないから

ほとんど写っても端っこか撮る方だったの

会社行って

遊びに行った数人で課長に写真見せてたらさ

「楽しそうだね」

ってコメントの後に

私を見て

『写真嫌いなの?』

って

私が

「暑かったです」

って感想言ったから

初めて私も一緒だったんだって気づいたみたいで

そうなの

どうしてか

私はなぜか1枚もカメラに写ってなかったんだ」

それは

綺麗なオチがついたね


「私、もう病室から勝手に出ていいんだよ

車椅子になってからエレベーターの広さに感謝するようになったよ

何人分も幅取るから肩身狭くてさ」

エレベーターは車椅子優先な場所も多いから気にしなくていい

「ありがと

それでさ

事故に遭ってから

妙に視力がよくなったのか色々鮮明になったんだよ

たまに外で一人なのにブツブツブツブツしゃべってる人いるでしょ

あれ実はね

ちゃんと向かい側に

ベンチならその人の隣に話してる相手がいるんだよ

壁に向かって話してる人も

壁とね

同化してるけど相手がちゃんといてその人と話してる」

イマジナリーフレンド的な?

「ううん、イマジナリーは基本他人に見えないでしょ

あの人たちの相手は私にもちゃんと見えるから」

???

そうなんだ

難しいね


少し話して疲れたのか友人は

プリンが食べたいと言う

食べられるのはいいことだ

「生クリーム乗ったのちょうだいよ」

「えっ?君は抹茶好きだったじゃん」

味覚まで変わったのか

「今は生クリームがいいの。そもそも見舞い品で自分の好きなの選ぶってどうなの?」

渋々譲ったら生クリームの部分を少しくれた

お礼に抹茶を分けてあげる

「いつ退院できるの?」

「いつだろうね、家のリフォーム済んでからかな」

こいつの両親はこの病院にいくら出してるんだろう

「トイレとか?」

「うん、あとお風呂、玄関もかな」

「お風呂は1人で入れるの?」

「どうだろ?お風呂はまだで身体拭いてるだけなんだ

でも腕の筋力めっちゃ付きそう」

そうか、これからは何をするにしてもわりと腕だよりになるのか

ふと思い付いた

「ねぇ、旅行でも行こうよ」

「えー?」

渋られた

当然か

でも

「勿論バリアフリー選ぶからさ」

そうなると宿も一階だろうし

観光先も

山はそもそも登れないし、海は崖とか行かなきゃ大丈夫だろう

けれど

友人が渋る理由は

「……一緒にお風呂恥ずかしい」

だった

あぁそこなのね

でも当然

「別々だよ」

こっちだって恥ずかしい

補助はするけどさ

「……え?なんだぁ、ちぇっ」

なんでガッカリするんだよ

どっちなんだよ


友人は

「またすぐ来てすぐね、おやつはあそこのがいい」

と見舞品の指定までしてきた

「○日に来て」

とこちらの事情もお構いなしに

私も大概甘いので

仕事がちょうど繁忙期越えてたから半休取って行った

「わーい、食後のおやつだー」

って、気楽でいいね君は

昨日は病院内にあるス○バへ行き限定の甘いやつを飲んできたと言う

「お?」

人気でもう売り切れてると思ったのに

「病院は穴場なんだって」

「へー」

確かに

帰りに寄っていこうかな

「ズルい」

思考を読むな

それに昨日飲んだのだろう

眉を寄せる私に友人は小さく笑うと

「昨日ね、会社の人が来てくれたの」

とテーブルに置かれたお見舞いのものらしい

文庫本やクッキーの入っていそうな菓子箱に視線を向ける

「……どうだった?」

「うん、心配してくれたけど」

おもむろに言葉を止められ

「何?」

嫌でも声が強張ってしまうと

「えっとね、なんかね

『凄く心配したよ』

って……男の先輩」

ちらっと意味ありげにこちらを見てくる友人

人の気も知らずこいつは呑気に

「……」

とりあえず髪をぐしゃぐしゃにしてやる

「キャーッ!?あははっ…やめてぇ~っ」

嫌がる割りに楽しそうに笑っている

内心は心底安堵した

口止めはちゃんと効いているらしい

会社にはどうやってか事故として報告してある

そして友人の両親が雇っている興信所の人間が会社の人たちにも話を聞いてるはずだけど

その口止めも

この子には伝わらない様にしっかりなされている


この子は

自分が飛び降りた記憶がない

不幸中の幸いで

頭からでなく足から落ちたから

命は助かった

両足はほぼ半分ずつ逝ったけどね

痩せてて身体が軽いのも多少は幸いしたらしい

本人は事故だと思っている

そして両足を失っても尚、表向きはこんな風にケロッとしている

夜は泣いているのではと思ったけれど

看護師さん曰く夜も睡眠薬も必要なく寝ていると

図太い

図太いはずのにね

このやたら滅多ら図太く強いこの子を溺愛している両親もだけど

私も絶対に見付けてやると思っている

誰がこの子を飛び降り自殺させる程に追い込んだのか

何をしたのか

職場いじめ?

洗脳?

恋人?

恋人だけは私の知る限りいたことはなかったから

優先順位は低い

ネットの履歴も全て調べてもらっている

この子の両親が裕福で良かった

私だけなら早々に詰んでいた

主に金銭的に

でも彼女のためなら文字通り湯水の如く金を惜しまない両親がいる

今もこの子の周りを調べ回っている

私含め


実は

ここのところ

この子とはあまり会っていなかったんだ

正直

その

私が

この子を意識し過ぎてしまったんだ

一人の女性として

可愛いからさ

それで少し距離を置いた隙にこのザマ

誰でも他人事ならどんなマイノリティでも祝福するよ

でも身内になるとそう簡単に理解も納得もできないものだよ

それに私に限っては一方的な片思いだったからさ

友として一緒にいることが辛くなっていた

「……ねぇ、ねーってば」

「あ、何?」

思考が飛んでた

彼女は

むーっとむくれた後は

「次はいつ来てくれるの?」

自分のかわいさを自覚している寂しげな上目遣い

私の着ているセーターの裾まで指先で摘まむ天晴れなあざとさ

「土曜かな」

休みだし

「ホント?なら、外出許可取るからお出掛けしよっ?」

「えっ!?待って待って、私の車は車椅子対応じゃないよ!」

あれってどうなってんの?

車椅子ごともあるけど、

抱き上げて助手席乗せたりするの?

それ専用になんかもっと何かしらあるんじゃないの?

お出かけや外出なんてそんな事は全然考えてなかったため

「無理無理、急すぎ!」

と両手を振ると

「えー?レンタカーとじゃだめなの?」

不満気な顔を隠そうともしない

あのね

誰が調べて誰が手配して誰が運転すると思ってるんだ

「だって病院いるの飽きてきたんだもん」

なんかワガママ度増してないかね、君

「えっへっへ」

否定しないよもうなんだこいつ

呆れつつも結局

準備もあるから早くても来週か再来週

その間に病院とご両親への許可だけは頼み

私は帰宅してから車椅子対応のレンタカーを調べた


病院とご両親からの許可は呆気なく降りてしまい

病院にレンタカー乗り付けて出掛けたよ

多目的トイレとか考えるとそういった施設が充実している方がいいのだろうけど

友人の

「大丈夫大丈夫」

の軽い言葉で

自然豊かな行楽地に来た

言い方変えればただの田舎だから期待していなかったのに

それでも結構多目的トイレがあってバリアフリーも多い

日本凄いな


デリカシーがないかと思ったけれど

ドライブ中に

今はない足の部分の痛みや痒みは感じないのかと訊ねたら

「全然」

あっけらかんとかぶりを振る

人によってはだいぶ苦しむと聞くのに

「強がりじゃなくてね

元からなかったくらいに何も感じないの」

落ちた前後の記憶がないせいなのか

頭も打ったのだろうか

落ちた衝撃で打ちはしただろうけど

私がもし両足を失ったらと思うと

それだけで、とてつもない絶望が押し寄せるのに

私が思うより遥かにこの子は

強いのか鈍いのか強かなのか

友人は久しぶりの外の景色を飽きもせずに眺めている

しっかり柵のある見晴らしの丘に到着すると

それぞれしばらく物思いに耽っていたけれど

「これからどうしようかなぁ」

友人が呟いた


その呟きに

私は初めて彼女の心細さを感じとり

「ね、この間言ってた写真に写らないとか

独り言の人は1人じゃないって話してくれたあれ」

「うん?」

「今も視える?」

「視えるよ、ここ多い、変な人」

「えっ」

なんだか不味いところに連れてきてしまった

友人は

「全然平気」

と笑い

私はその微笑みをじっと見つめてから

大きく深呼吸し

「それを仕事にしよう」

と言った

友人は

「はっ?」

って顔したし実際声に出して

「はっ?」

って言った

「その視えるのを売りにしよう」

今の世の中

話を聞いて欲しい人はきっと多い

それで中にはいるはず

「人に憑いてるものとか視てさ

なんだろ?

霊視?みたいなさ

ネット上でもいい、画面越しでも視えるか試したりしよう」

と早口で捲し立てた

今思えば

見晴らしのいい風光明媚な丘でする話ではなかったけれど


興信所の報告でも

ネットでも

彼女を追い詰めた原因が何も掴めなかった今

罠を張って向こうから来るのを待つしかない

友人を自殺させこねた相手が絶対食いついてくる

はず

人かそうでないかも分からないけど

友人が言うにはそういう人でないものもたくさん存在している

そうなるともう興信所ではお門違いだ

とても危ない橋だけれど

今度は私がいる

守ってあげられる


友人は私の唐突な誘いに

きょとんとしたまま、しばらく私をじっと見上げていたけれど

やがて

「わかった」

と頷き

「でも一人じゃ到底無理だよ」

と長い髪をふわりと風に乗せ困ったように目尻を下げる

それは勿論

「一緒にやる」

いつこの子を飛び降りさせた奴が

私達の前に現れるか分からないのだから

私の言葉に友人は

ゆっくりとした瞬きのあと


「ありがとう、○○」

まるで天使のような甘く蕩ける微笑みをくれた



ねぇ

上手くいったよ

良かったね

両足半分失くした甲斐があったね

命懸けの勝負だったね

でも

それしかなかったんだ

両親は私を溺愛してくれてはいたけど

性のマイノリティは理解してくれるどころか

嫌悪さえしていた

断っても断っても私のためだと譲らない、見合い話を持ってくる両親

なぜか私から離れていく最愛の友人

どうすればいい?

どうすれば上手くいく?

考えて考えて考えた挙げ句

私は自分自身に追い詰められて

飛び降りた

記憶は全部ある

怖かった?

怖かったよ

今でも思い出せば震えるし奥歯が音を立てて仕方ない

でも

○○が私の隣からいなくなるくらいなら

「死んだ方がまし」

そう口に出して言えればね

よかったんだけど

それだと全方位にしこりが残るしね

結果

両足とも歪に膝下がない娘を

もう見合いさせようとはしない

少なくともうちの両親はね

古い古い昔の考え方の人達だから

だからこそうまく行った


○○は戻ってきてくれたし

心配してくれるし甘やかしてもくれる

コソコソと何かやってるなと思ったら

私が誰かにいじめられて

洗脳でもされて

もしくは何かに取り憑かれて?

分かんないけど私の周りを隈無く調べてくれていた

飛び降りた理由をね

あぁそうか

記憶がないと言ったからね

当然何も出てこないけど

○○がそこまでしてくれるのが嬉しいんだ

あぁ

うん

視えるのは本当だよ

飛び降りてからね

凄い視える

同僚たちとの写真に私が写ってなかったのも本当

カメラは私が死ぬことを

この世から消えることを予知してたんだね

残念ながら外れたけど


○○の

「その視える力を、それを仕事にしよう」

にもびっくりしたけどね

なんでだろ?

いいんだけどさ

○○と2人で出来る仕事ならなんでもいい

車椅子なら説得力や神秘性の箔も付く気がするし

罰当たり?

今更だよ


そうだ

そんなことよりさ

ねぇ

私たち

両想いだったんだね

聞いたんだよ

私がまだ意識が朦朧としている時に

ほんの一瞬2人きりになった時

「好きだったんだよ、愛してる、だから起きて、お願い」

って泣きながら言ってくれた言葉

辛くて辛くて今度こそ本当に死のうかなって思ってたのに

起きたんだからね

君のその言葉でね

だから

一生隣にいて私の面倒を見てね


本当に

両足の半分を失った甲斐があったよ

お陰で君は戻ってきてくれた

両足なくなっても

お釣りがくるくらい

今は幸せだよ

私の大好きな○○





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