シノブって人

 あの男が、宇宙街を歩いていた。

 私はとにかく、なんとかレンジャーみたいに身構えてやつを睨んだ。

 たしかシノブと名乗っていたやつは、まるで知らん顔で私の肩を掠めて去ろうとした。

 と、

「あれ?」と早戻しのVHSみたいに私の正面に戻ってきて

「やっぱり」と覗き込んでよこす。

 怖い、はもう何処かにすっ飛んで、ものすごく腹がたった。

 周辺の警備さん達――スーツだっけか――が察したのか、こっちを見ていることもあって、私は強気に言ってやった。

「なんなのそれ! どうゆうつもり!?」

「ああごめん。間違ったうえに乗りで続けちゃって。消去も忘れてたか……。怖がらせたね。ごめんね。じゃ」

 シノブは、子供の頭を撫でるように、私の頭に手を置いた。

 この感覚! 知ってる! ダメだ!

 振り払おうとした瞬間、私の思考はそこで――


     *    *    *


 あの美人さんが、宇宙街を歩いていた。

 ああ、やっぱり逢えるものなのだなぁ、予感めいたものって現実化するんだわ、などなどと、私は内心ウキウキだった。

「こんにちは」

 ありゃりゃ、こっちから挨拶までしてしまったわ、私。

 美人さんは一瞬、怪訝そうに眉を顰めたあと、ぱっと雲間が開けたような笑顔に変わった。

「おお。これは。いつか特急で一緒だった。あのお嬢ちゃんだね」

 あれ? なんで話し方がオジサンなんだろう?

 いや……この人、オジサンなんだ。

 外見からはどうみてもちょっと年上の女性。漂わせている匂いも女性。

 が、そう確信できた。

 今までならきっと、気持ち悪い、で遠ざけただろう。

 けど、最近変わりつつある私には興味のほうが先に立った。

 なんだろうな。なんだか懐かしいような。もしかしたら初めてこの人を見た時から感じていたのかも知れない。

「あの時」見上げる感じで私は彼の目を見た。

 彼は一瞬、何故だか悲しげに視線を揺らしたあと、まるで小さい子を相手にするように視線の高さを揃えて、また元の笑顔に変わった。

「手を振ったのはわたしに?」と私は続けた。

「ああ。起こしてくれてありがとうって意味、かな? 君が振りかえしてくれたのも見えていたよ」

「わたし、カオル・ハミルトンって言います」

「俺はシノブ。シノブ・トキノタビト」

 ああ、名前からして違う、とちょっとわけが分からない感動。

 名前の由来から、何処其処出身。あの時私は引っ越しで。俺は出張の帰りで……なんて、五分十分は会話が弾んだだろうか。

 いままで感じたいことがないけれど、この人との付き合いは長くなる、漠然とだけどそう確信した。

 途端、会話が途切れた。

 それはごく僅かな時間、だけれどみるみる間にシノブの表情が曇った。

「ああ……」なにか言わなきゃ、って思ったけどこちらはもう言葉が出ない。

 シノブが首を傾げ、頬を掻いた。

「えっと……どうしよっか?」

 と、そこへ突然、マイカが私達の間に割って入った。

 シノブの腕を掴んで引っ張って私から大きく引き離した。

 まるで子供を諭すように人差指をピンピンさせながら叱りつけているようだ。

 時折、

「いつもいつもなにやってんだ!」

「ごめんごめん……」

 なんて会話が聞こえてくる。

 どうやら知り合いらしい。

「帰れ!」と最後の言葉は町中に響いて周囲の人たちを振り返らせていた。

「はい……」とシノブは肩を落とし、私とは反対のほうへ歩いていった。

 ズンズンとこちらに戻って来るマイカに、

「えー? なんなのそれ?」と、ビックリするよりむしろ呆れて私は言った。

「なんともないか? カオル」

 マイカはそれこそ子供を見るように私の目を覗き込んだ。

 なんで心配なのか、よくわからなかった。

「なんとも。えっと……患者さんなの?」

「まぁそんなとこだ」

 こっちの視線に気づいたかのようにシノブは振り返り、軽く手を降って寄越した。

 私は小さく飛び跳ねながら手を振り返す。

 マイカは再びトボトボと去っていくシノブの背中へ向け舌打ちをした。

「あいつめ……」

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