第29話 秘密

「頑張ったな、ネルク」


 目の前に父さんと母さんがいる。

 その光景にここが夢の中であることを気付かされる。

 顔を見るのは久しぶりだ。

 あの頃から何も変わっていない。

 俺の記憶、俺の夢なのだから当然なのかもしれない。

 それでも、夢だとわかっていても二人の元に走っていくのに一切躊躇いはなかった。


 俺は父さんに抱きつく。

 気がつけば俺の体はあの頃に戻っている。


「あなたが元気に過ごせているようでよかった」


 母さんが後ろから俺を抱きしめてくれる。


「父さん、母さん、僕これからどれだけ頑張ればいいのかな……」


 俺の心の底にあった言葉が溢れてきた。

 今まで努力し続けてきた。

 才能の差を覆すために。

 その結果、剣術大会でこの成績を残すことができた。

 正直、疲れが来ていたのだ。

 今まだ走り続けてきた疲れが。


「ネルク、お前は強くなった」

「でも、僕はこの先災悪に立ち向かっていかなければいけないんだ。そういう運命らしい。もう疲れたよ」


 全て他の人に任せて逃げ出したい。

 あの日の災悪に立ち向かわなければいけないなんて、信じられない。

 でも、


「ネルク、お前の最後の型は何のためのものだ?」


 分かっているんだ。


「あの時、何を思った?」


 俺が戦い続ける理由に。


「そうだね。俺は大切なものを守りたい。だからこれからも走り続けるよ。だけど疲れたら、もう一度ここに来てもいいかな?」

「えぇ、いつでもいらっしゃい。私たちはあなたをずっと見守っているわ」

「母さん……」


「ネルク、漢ならその気持ちに嘘をつくなよ!」

「はい、父さん!」


 俺は二人に笑顔を見せる。


「ライオット、俺たちの所へはまだ来なくていい。だからネルクを守ってやってくれ」

「頼んだわ」


 いつの間にか隣にいた兄が無言で頷く。

 そして俺の手を握ってくれた。

 そして二人に背を向けて俺たちは歩き出した。



---



 左手を誰かが握ってくれている。

 暖かい。

 ずっとこうしていたい。


「ネルク、目が覚めたのでしょ」

「さすがアメリア様ですね」


 俺は目を開いて横を見た。

 そこにはこちらを見ているアメリア様がいた。

 どうやらここはベットの上らしい。

 左腕は元通りくっつき、左眼にも眼帯がつけられている。

 きっとアメリア様が色々と指示してくれたのだろう。

 彼女にこの力を隠し続けるのはもうやめよう。


「アメリア様、話があります」


 俺はベットから起き上がると、彼女に左眼の力について話し始めた。



---



「なるほど、あなたの左眼にはライオットの人格が宿っていて、眼帯を外すと入れ替わると」

「正確には違います。眼帯を外しただけの状態だと、俺の体の所有権は俺のままで兄の力を借りた状態になります。この状態だと左目の魔力が暴発してしまいます」


 流血して気を失ういつもの状態だ。


「ですが、マリンさんの試合のように右目に眼帯をつけることで人格そのものを兄に託すことができます。この状態では両眼状態より長時間兄に力を借りることができます」

「その状態ではネルクはどういう感覚なの?」

「意識はありますが体が勝手に動く感じですね。後は兄の考えが共有されています」

「なるほど、不思議な事もあるのね」


 俺が彼女に伝えられる力はこれだけだ。

 俺自身もこの力について詳しいことは分かっていない。


「そういえば、剣術大会はどうなりました!?」

「あぁ、言っていなかったわね。まずあなたは丸二日間眠り続けていたのよ」

「二日間もですか?」


 剣術大会は一種のお祭りということもあって数日間学園は休みとなるが、その貴重な時間を俺はほとんど寝て過ごしてしまったようだ。


「明日からはま退屈な学園生活が始まるわね」

「そうですね……って、それよりも大会の結果を教えてください」

「はぁー、どうせわかっているのでしょ?」


 正直な所、聞かずとも結果は分かっていた。


「マリンの優勝よ」


 まぁ、そうだろうな。

 それしか考えられなかった。

 俺がライ兄の力を借りても勝てなかったのだ。

 彼女は強いという次元を一つ超えてしまっている。


「この二日間マリンはいろんなところに引っ張りだこだったから相当疲れている様子だったわ」

「あれだけの力があればどこも欲しがる戦力ですからね。もしかしたらもうすぐ学園を離れてしまうかもしれないですね」

「そうね。そしたら寂しくなるわ」


 実力のあるものは学園を早い段階で離れていくことがある。

 スカウトされた場合などは卒業という扱いになるそうだ。

 この学園は災悪に対抗する力を育成するのが目的なのだから、力を認められたのならそれは卒業と言っていいのだろう。


「ネルクもだいぶ目立ってしまったわね」

「後悔はしていませんよ」


 マリンさんに敗北した者の一人に過ぎないが、それでも剣術大会ベスト8という成績は充分に輝かしいものだ。

 俺がこれから学園で目を集めてしまうほどに。


「俺はたとえスカウトされてもアメリア様のそばにいますよ」

「そう、好きにするといいわ」


 俺は大切なものを守るために戦うと決めたんだ。



---



コン、コン!


「どうぞ」

「失礼します」


 部屋の扉がノックされ、アメリア様が誰かを通した。

 聞き覚えのある声だと思った。

 そして扉が開かれて入ってきたのは俺の予想通りの人物であった。


「ネルクさん、体の方は大丈夫ですか?」

「マリンさん!」


 部屋に入ってきたのはマリンさんだった。


「俺は大丈夫ですが、マリンさんこそ忙しかったのでは?」

「はは、そうですね。少し疲れましたね」


 そう言いながら椅子に腰を下ろした。


「私は部屋から出るから二人でゆっくり話でもしてなさい」


 そう言いながらアメリア様は部屋を出て行った。

 気を遣ったのだろうか。

 らしかしたら最初から話を通していたのかもしれない。


「ネルクさん、実はいくつか気になったことがあったので、今日時間をもらいました」

「気になったこと?」

「えぇ、この間の試合中の出来事です」


 俺はそこまで聞いて彼女からどのようなことを聞かれるのか想像がついた。


「答えにくかったら話さなくても大丈夫ですが、」

「全て話すよ」

「いいのですか!?」


 俺は彼女に全て話すことにした。

 俺の大切な友人だから。

 そして彼女自身も何か秘密を抱えているから。


「多分気になったことは、あの時の俺の力についてだよね」

「そうです」

「そうだな、昔話から話すことになるから長くなるけど大丈夫?」

「もちろんです」


 俺は彼女に今までの人生の話を始めた。



---



 俺の人生の全て、あの日兄が力に目覚めた時から、今日までの全てを話した。

 彼女はそんな話を聴きながら、時に涙を流しながら聞いてくれた。

 本当に優しい子だ。


「これが俺の力、左眼の真実です」


 俺は自身の眼帯を指差しながら話した。


「あの時戦っていたのは、ネルクさんのお兄さんだったのですね。でも、最後のあの一撃はネルクさん自身が放ったものなんですよね?」

「苦し紛れの一撃ですよ。それでもあなたには届かなかった」

「……それは、」


 彼女は何か口にしようとしたが、その言葉を飲み込んだ。


「ネルクさん、私の秘密も聞いてくれますか?」

「俺でいいんですか」

「はい、私もあなたの秘密を聞きました。だから私の秘密も知って欲しいのです。これはアメリア様にも、この学園の生徒にも話したことはありません」


 俺は彼女の秘密に一つ心当たりがあった。

 初めて彼女と会った時、あの凄腕の護衛が複数ついていたことに関係しているだろう。


「この秘密を知ってしまったら、ネルクさんが私をみる目が変わってしまうかもしれない。避けられてしまうかもしれない。そう思うと、とても怖いですが、」

「大丈夫だよ。それくらいじゃ俺が君のことを避けたりしないよ」


 人は誰しもが秘密を抱えている。

 それを打ち明けるのは勇気のいることだ。

 そんな選択をした彼女を避けることなど決してしない。


「ありがとうござます。聞いてください私の秘密を」


 彼女は一呼吸おくと話し始めた。


「私は違う世界から召喚された勇者です」

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