テロリストに飼われている彼女の目的は

沙也加水城

本編

駑馬の計略──浮舟斬緒 15歳 4月

第一幕【薄幸症状】①

 人生で一度も学校に通ったことがない私は、学生気分を味わいたいから学生服を用意して欲しいと、ドーチャに頼み込んだ。


 学校に通いたいという気持ちはあるが、それは叶わぬ願いなので、せめて学生服と呼ばれるものを着てみたいと、お願いしたのである。


 本物の制服でなくても構わない、それらしく見える服でも良いから欲しいと言ってみた。言うだけならタダだから。よっぽど酷い内容だったり、無理な内容ではなかったら、一考ぐらいはしてくれる──という前提があるから出来たことだ。


 承諾してくれたかどうか分からない態度だったから、叶えて貰えるか不安だったが、その不安は杞憂きゆうだったらしい。


 本日、私のことを呼んだかと思えば、紙袋を差し出して来た。


 もしかして、そう思いながら、袋から中身を取り出すと、ブラウスとネクタイとプリーツスカートが出て来た。奥底にはロファーが入っており、服を取り出すと、ひょっこり姿を現す。


「お気に召したみたいですね」


 輝々ききとして、制服っぽい服を見詰めていると、「満足したなら何よりです」と言いたげな声がぶつけられる。


 ここには二人しかいないため、声を掛けてきた相手が誰なのか、言うまでもない。ドーチャだ。


 正直、私にはよく分からないけど、ドーチャは綺麗な顔をしているらしい。お母さんはドーチャの外見を、人外的な魅力を感じる美形だと評していた。


 美形かどうかとか、魅力的かどうかとか、そういうのは良く分からないが、人外的という部分は同意する。


 浮世離れしているというか、超越しているというか、まあそんな感じなのだ。毛先が肩に当たるほど長い濡羽ぬれば色の髪とは正反対の、血色の良くない白雪の肌。女性的という訳ではないが、男っぽさを感じない顔立ち。何を考えているのか分からない桔梗色の瞳。細い体躯たいくに長い手足がくっ付いている。具体的な数字は分からないが、一八〇後半あるのは確かだ。もしかしたら一九〇あるかもしれない。


 お母さんは、そんな彼を、蠱惑こわく的だと評していた。


 私? 私はいつも厚着している悪漢って思っているよ。コイツの顔が綺麗かどうかなんて関係ないし。フィルターを取って見れば、確かに奇麗だと思うけど、口蜜腹剣こうみつふくけんなところを知っている身なので、どれだけ外見が綺麗であろうと、コイツ中身が邪悪なんだよなぁと思ってしまって、正当な評価が出来なくなるんだよ。悪漢は、事実であっても、悪口でしかないから言わないけどね。 


「制服を与えた対価という訳ではないのですが、お前に頼みたいことがあります」


「何?」


 この頼みたいことは、命令とイコールである。私に断る権利なんてない。


「パグローム研究所というところに行って欲しいのです」


「そこで何すればいいの?」


「ある人物から、ある情報を受け取って下さい」


「パグローム研究所に足を運んで、ある人物とやらに会って、ソイツから情報を受け取れってことね」


「ええ、そうです。ある人物──リアン・フィセルという人物に会い、その人物から黒いファイルを受け取り、僕のところに持ち帰って来る。簡単なお使いです」


 内容だけ聞けば確かにそうなんだろうけど、ドーチャが頼むという形で命令して来るときは、大抵ろくでもないことなんだよな。嘘は言っていないだけで、言ってないこともあるんだろう。少なくとも、簡単なお使いではないことは間違いない。


「パグローム研究所前に行ったら、これを警備員に見せて下さい。そうすれば、すんなり中に入れます」


 机の上に置いてある封筒を手に取ると、スッと私に差し出す。


「偽造の身分証明書や、偽造の紹介書などが入っています」


 偽造の身分証明書と紹介書は、素人目には本物であるように見える。ドーチャが用意した物である以上、本物と遜色そんしょくない出来なのだろう。


「これが構内図です」


 折り畳まれた紙を渡される。


「それと、リアン・フィセルさんの写真です。向こうから会いに来ると思いますので、彼から接触があるまでは、職員に案内に従って下さい」


 渡された写真には、長い蘇比そひ色の髪を一つに纏めた、赤丹あかに色の瞳をした、私とあまり年齢が変わらないと思われる吊り目の男が映っていた。


 意識せずとも不良という単語が頭に浮かぶ顔立ちをしている。髪色が明るめだから、余計にそう思うのかも。整っているかいないかで言えば、整っている部類に入るだろう。個人的な感想になるけど、イケメンではある。オラついていそうなイケメンって言えばいいのかな?


「もしかしたら、イレギュラーな事態が起きるかもしれませんが、貴方が死ぬようなことはないと思いますので──貴方が余計なことに首を突っ込まない限りは」


「碌でもないことになるから、お前は余計なことすんなってこと?」


「どのように解釈するかは、お前に任せます」


「いつパグローム研究所に行けばいいの?」


「明日です」


 そうと言われたので、今日は寝た。


 翌日、貰った制服に袖を通す。あの制服っぽい服は、制服っぽいではなく、本物の制服らしい。とあるお嬢様学校の制服らしい。どうやって手に入れたのだろうか。何故制服を着るのかと言えば、ドーチャから指示されたからだ。


 私は今まで知らなかったのだけれど、学生の正装は学生服らしく、冠婚葬祭など、畏まった場ではこれを着るのが普通であるそうだ。


 今日は若干肌寒いので、その上から、パーカーを羽織った。


「パーカーも着ない方がいいと思うのですが……まあ、パーカーくらいなら大丈夫でしょう。風邪引かれると面倒ですからね。研究所の方に脱ぐように言われたら、ちゃんと脱いで下さいね」


「分かった」


 パグローム研究所は、山奥にある。ハッキリ言って、履き慣れていないローファーで行くには向いていない場所だ。制服で行くように言われたから、最初からローファー履いて来たけど、途中まではスニーカーで行けば良かったと若干後悔。


 肝心のパグローム研究所の方はと言うと、パッと見ただけで、警備が過剰なまでに厳重だと分かる。よっぽど重要な研究をしているのかもしれないけど、人が全然来ないこんな山奥の施設には似つかわしくない。


 うわ、きな臭いなあ……。


 警備員は最初、私に対して訝しむような視線を向け、即刻ここから退去するように言い放ったのだが、封筒を差し出すと、態度を一変させる。


 どうやら私は、とあるお偉いさんの親族、ということになっているらしい。


 お偉いさんの親族に失礼な態度を取ってしまったと、分かり易く焦る警備員を宥めながら、入場のために手続きを行う。


 デジタルな外装と違って、こういうのはアナログなのかと思いながら、ペンを握る。


 入場手続きの書類を書くとき、うっかり自分の名前を書きそうになった。そのせいで、一瞬手が止まる。ちゃんと偽造の身分証明書に載っていた偽名を書いた。


 時々手が止まったりするのを、警備員は、学生だからこういった人の手続き慣れていない、と、解釈したらしい。


「アクセサリー、刃物、劇物に該当する物などは持ち込みが禁止されています。念のため、そういった物を隠し持っていないか、ボディチェックさせて頂きます」


 ボディチェックをしたのは、女性の警備員だった。わざわざ奥にいる女性の警備員を呼び出していた。別に、男性警備員でも気にしないんだけどな……。お偉いさんの親族ということになっているから、配慮というか、丁寧に扱われているってことか。


 外壁の中に通されると、応接室に通される。研究所内を案内するのは、職員の仕事なので、担当の者が来るまではここで待っているように、といった内容を、かなり丁寧な言葉で警備員から伝えられた。


 五分くらいすると、研究員らしき人物がやって来て、警備員は応接室から去って行く。


 白衣を来た研究員らしき人物は、短く整えられた根岸色の髪、土器かわらけ色の瞳が特徴的な、縁の太い眼鏡を掛けた二〇くらいの男性だ。


 距離が縮まり、ハッキリ顔立ちが分かるぐらいになると、陰気な雰囲気を纏っており、神経質そうな顔立ちをしていることに気付く。


 身長は一七〇センチくらいかな?


 間隣、三〇センチも離れていない位置まで来ると、こちらを見下ろしながら、「お前が総角あげまき伊吹いぶきか?」と、問うて来る。


 余所者を絶対に受け入れない、排他的な冷たい声だった。


 なんか、よく分からないけど、嫌われてる? 何もしていないんだけどな、今は。私の親族ってことになっているお偉いさんが、嫌われているとか?


「総角伊吹ねぇ……お偉いさんところのガキなだけあって、世間知らずそうな顔してんな」


 私が世間知らずってことは認めるけど、面と向かって言わなくてもいいじゃないか。一五歳相手に大人げないぞ。


「なんでこの俺が、ガキのおりをしなきゃなんねぇんだ……」


 ぶつぶつと、聞こえるように、独り言を呟く。


「ずっと黙っていやがって、碌に挨拶も出来ねえのかよ。良いとこのお嬢さんの割りには教育されてねぇんだな。甘やかされているタイプのお嬢さんか?」


 相当ストレス溜まっているのかな……。うん、きっと仕事とか、私生活とかで、嫌なことでもあったのかもしれない。


「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。ご存知の通り総角伊吹と申します。本日は宜しくお願い致します」


 一応お嬢様っぽくと言えばいいのか、そこそこ丁寧に挨拶してみるが、「嫌味か?」と、突っ掛かられた。どうしろっていうんだよ。どうすりゃ満足なんだよ。なんなんだよお前。コイツ、やだな。苦手だ。


「パクス・ウィンクルムだ。パグローム研究所の職員だ。研究所内を案内するが、何か触ったりするなよ? ガキがうっかり触った程度でどうにかなるほど、ガバガバなセキュリティじゃないが、不測の事態がないとは言えない。分かったな?」


 きつく睨まれながら、念を押すように、「絶対だぞ」と言ってくる。分かりましたと頷けば、げんな顔をしつつも、一応は引き下がった。


 研究所内は、見た目の物々しさとは裏腹に、結構普通だった。テレビとかに出て来る、物々しい見た目の研究所ではない。研究所と言われなければ、研究所だと気付けないだろう。少なくとも素人目線では。


 研究者とか、研究所に、それなりに濃い色眼鏡を見てしまう人間が言っていることだから、他の人はそう思わないかもしれない。


 施設について色々説明してくれたが、専門知識をある程度有していないと、到底理解出来そうにない内容であったため、何を言っているのか分からなかった。


 元々理解させる気もなかったのかもしれない。


 私のこと嫌っているみたいだし、あえて分からないように説明した可能性もある。いや、これが流石に穿うがち過ぎか? 牽強付会けんきょうふかいが過ぎるかもしれない。


 分からないなりに、一応相槌は打ってるけど。


「お前、あの男の姪にしては、あくまでもあの男の姪にしてはだが、だいぶまともだな。姪だし、見た目もそこまで似てねぇし、こんなものか?」


 上から下までめ付けると、「馬鹿っぽそうだし、いいように利用されんだろうな。これだから馬鹿は嫌いだ」と、言い放つ。


 ここまで露骨に嫌悪をぶつけてくるのか……会ったばかりの奴に。私の親戚ということになっている相手のことを、相当嫌悪しているから、坊主憎けりゃ袈裟けさまで難いってことなんだろうな。


 いいように利用されているという点は合っているし、ムカつくけど、言い返せない。


 現在進行系でドーチャに使われているから。


「お前いくつだ?」


「一五です」


 本当の年齢を口にする。偽造の身分証明書でも、そうなっているから。


「予想より若いな。出るところ出てるから、もう少し上かと思った。ああ、でも背丈は小せぇな」


 出るところ出てるって、セクハラになるぞ。

 てか、私はチビじゃない。小さくない。

 紅鏡こうきょう人女性の平均身長よりは高い。

 シェーンハイト人女性にしては低いけど。


 私は一応、紅鏡人とシェーンハイト人のハーフだけど、見た目はどっかどう見ても紅鏡人だし、きっと紅鏡人の血が強いんだろうな。


「世間知らずなのも、ガキだからか。一五ならそんなもんか」


 勝手に納得された。

 世の中の一般的な一五歳は、私より世間を知っていると思うよ。


 裏側の世界については多少知っているけど、半可通もいいところだし、表の世界についてテレビで見聞きする程度の知識しかないし。


「加えて、温室育ちのお嬢様だもんな。悪かったな。辛辣なことを言って」


 温室育ちのお嬢様でもない。


「いえ……」


 スゲェ。年齢言った瞬間、態度が一八〇度変化した。何か企んだりしてます? 企んでいるとしたら、今すぐゴミ箱に捨てることをオススメしますよ? ドーチャに喧嘩売ることになるだろうから。アイツ結構陰湿だから、やられたら絶対にやり返すよ?


「何も知らん可哀想な温室育ちのお嬢さんに忠告してやるが」


 前言撤回。こいつ全然変わってねぇ。見下しの方向性が変化しただけだ。攻撃されないだけさっきよりマシだけど……。


「ここにいる奴はかなり灰汁あくが強い。俺はかなりまともな部類だ。十人十色の変人が見れる。お前の理解能力で処理出来ねぇ奴らばかり。まあお偉いさんの娘に手を出す馬鹿はいねえが、一応気を付けておけ。具体的なことを言うと、巨乳の未成年が死ぬほど好きな男がいる」


 私の胸部を指差しながら、「お前くらいのサイズなら、充分、あの変態のストライクゾーンに入る」と、遠い目をする。


「しかもテメェは黒髪だ。アイツは、黒髪の女は全員清楚だと思い込んでいる、度を超えた拗らせ野郎だからな。半径一メートル以内に入って来たら、容赦なく蹴り飛ばせ。大丈夫だ。誰も問題にしねえ。ちなみにだが、アイツはもうすぐ三十路だ」


「うわぁ……」


 どんな奴だ。三十路近くでそれは嫌だな。巨乳好きなら普通の性癖の範疇はんちゅうだけど、そこに未成年が加わると、一気に気持ち悪くなる。


「しっかし総角の奴、何で一五の自分の姪を寄越したのか……ここの知識がゼロって訳じゃねえんだろうが、仔細しさいは知らねえみたいだし、どんな意図があってのことだ?」


 どんな意図もない。

 だってその総角って人と私、無関係だしな。


 ドーチャにとって、都合が良い相手だから、名前を使っただけだろうし。


「まあいい。お前に訊いても分からないことだろうし、考えない方が幸せだろうしな」


 また勝手に一人で納得すると、ある部屋まで案内したところで、彼は一旦立ち止まる。


「俺が案内するのはここまでだ」


 そしてこう言った。


「俺はこれから仕事がある。ここからは別の奴が案内する。別の奴が来るまでここにいてくれ」


「分かりました」


「インスタントだけど、珈琲はあるから、そこにお湯もあるし、好きに使ってくれ。それと菓子もある」


 じゃ、と言って、彼は去って行く。


 一方通行な人だな──まあ対応に困る人がいなくなってくれるのはありがたいし、さっきの人よりマシな人が来ることを祈りながら、なんとなく珈琲がある場所まで移動する。


「っ」


 ふと、気配を感じ、背後を確認しようとすると──ひんやりとした感触が、首に走る。冷たい以外に感じるものは、固い、だろうか。


「とりあえず名乗ってくれ。それからどうするか決める。あ、偽名じゃなくて本名な」


浮舟うきふね斬緒きりお


 馬鹿正直に答えれば、冷たさと固さが同時に離れていく。


「あー、もう、大丈夫だ。危害加えたりしねえから、動いていい」 


 躊躇ためらいがちに振り返れば、もしやと脳裏に浮かんでいた人物が立っていた。写真で見たときは気付かなかったけど、結構小さい。身長は私より少し低いくらいだ。


「もう知ってるだろうけど──リアン・フィセルだ。よろしく」


 リレーのときに使うバトンのような物を左手に持ったリアン・フィセルは、右手を差し出しながら自己紹介した。


 彼は白衣を着ていなかった。

 普通の男子中学生が、休日友達の家に行くときに着てそうな格好だった。


「驚かせて悪かったな」

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