第8話天野、お前スゲェよ……。何でそんな偉そうに振舞えるん君?

「さて、話を聞かせてもらおうじゃないお姫様」


「えぇ、そうしましょうか」


 俺の隣、そこに用意された豪華な椅子へ座り、足を組んだ天野が言葉を発する。その眼前で、ベッドに腰掛けたお姫様がそれに答えた。


 おかしい、言葉は向こうには通じていないはずなのに、何故かこの2人の会話は成立している。

 それはそれとして、俺にだけ椅子が用意されていないのはどうしてだろうか?お陰で床に座る羽目になっているのだが。

 アレか、これはやはり前世からの恨みでも(以下略)……。


「と、その前に、我らが女神・セレーナ様が下界に到着されるようですので、そのお出迎えを」


「「……?」」


 お姫様の唐突な発言に対し、俺と天野は首を傾げる。

 しかし次の瞬間、その疑問を吹き飛ばすかのようにして、俺達の前に魔法陣のような物が浮かび上がった。


「え、なな、何だ!?」


「一体何が……!」


 魔法陣のような何かが強烈な光を放つ。

 訳が分からない。だが、光は直ぐに散って消えた。

 グッと閉じていた瞼を開けてみる。すると、――


「「……ッ!?」」


「はぁ、すっかり到着が遅くなってしまったです。これってもしかしなくても、私、皆さんを待たせたですぅ?」


 そこには、見知らぬ女の子の姿があった。

 見た目は十歳くらいで愛くるしい見た目だ。

 てか、その桃色の長髪どうやっているんだ?後ろで大きな円を描くように結ばれているんだが。


「いえセレーナ様、待ってなどおりませんわ。それよりも、本日はこの下界にご降臨くださりありがとうございます」


「でも、今回もお忍びなので黙っていて欲しいのですミレーナ」


「はい、仰せのままに」


 ……まぁ、こんな有り得ないことが目の前で起こったのだ。

 俺は当然のこと、天野ですらこの状況が理解出来ないでいるのだった。


 ◆◇◆◇◆


「まずは自己紹介から参りましょうか。わたくしはこの国の第一王女、ミレーナ・エレミオンと申します。そして、こちらにおわすお方こそが――」


「はい、私が女神セレーナなのです!」


「「………………」」


 さて、話の仕切り直しは、御覧の通りその一歩目で見事に失敗した。

 俺は天野に近寄って耳打ちする。


「なぁなぁ天野、あの女の子ホントに女神様だと思うか?見ろよ、明らかに名前負けしてんじゃん…」


「黙りなさいスケベ家君。本名よりあだ名の方が似合ってるような貴方に言われると不快よ、皆がね」


「……お前、ひょっとしなくても俺の事嫌いだよな?」


「えぇ」


 ヤバい、泣きそう。

 てか天野の奴、仮にも女神様の前だぞ、足組んで座ってんじゃねぇよ。

 俺なんて正座だぞ、正座。お前の大物感半端じゃねぇよ。


「コホン、それでは本題に移りたいのですが……セレーナ様」


「伝達の加護でいいですか、ミレーナ?」


「はい」


 そんな会話の直後、ミレーナ姫の全身が緑色の光に包まれた。

 伝達、加護……。何となく今起こった事は分かる。

 でも、何で俺と天野じゃないんだ?


「簡単に言えば、相手の言葉が自分に伝わるようにする加護をセレーナ様から頂きました。これで意思疎通が可能になりましたね。さて、何から話しましょう?」


「そうね。じゃあまず、ここは異世界で間違いないのね」


「えぇ、その通りですよ。信じられません?」


「いいえ、確認しただけよ。だって、この意味不明な状況を説明するにはそれしかないもの。ただ……納得いかない事もあるわ。勇者召喚って言ったわね?そんなことをした理由は何。まさかファンタジーゲームじゃあるまいし、本当に私達を魔王軍と戦わせるためにやったんじゃないでしょ?」


「まぁ鋭い!わたくし、貴女とは仲良く出来そうですわ」


「あら偶然ね、私もよ。誘拐なんてされて、牢屋の中で、鎧を身に纏った筋骨隆々の騎士達に襲われた後だっていうのに。あぁもしかして、この国の王様の執務室での会話とやらを連中に漏らした事、貴女に謝ってくれるのを期待しているからかしら?」


「ふふ、生憎とそれはわたくしの所為ではありませんので。しかし、仮にもしそうであれば彼等には相応の罰を、お知らせ下さった貴女にはお礼をしないといけませんね」


「それなら私、一度でその二つを解決出来る案があるのだけど。簡単よ、あの騎士達の罰とやらの内容を私に決める権利を頂戴。それでどうかしら?」


「妙案ですわね、それで行きましょう!」


「「ふふ、ふふふ……」」


 こっわ。


 天野と王女様、どっちも笑ってるのに不思議。

 笑顔がまるで嬉しそうじゃない。


 ……あと、完全に俺は蚊帳の外で話進んでません?


「まぁ、それはいいわ。けどお姫様、勇者召喚に巻き込まれた私達は、当然元の世界に帰してもらえるんでしょうね」


 一度話題が逸れてしまったが、ようやく肝心な話を天野が切り出した。

 流石天野だ、分かっているじゃないか。そうだ、俺達は早く元の世界に帰りたい。


 異世界召喚なんて、ラノベで散々使い古されたテンプレ展開だ。

 だから、これまで俺も特に疑問に思わず読んでいたのだけれど、いざ実際にそんなふざけた事に巻き込まれてみると最悪である。


 良く知りもしない場所で、よく分からない連中に囲まれて、身を守る術も力もないまま命の保障がないと来た。


 それにこの王城から無事に生きて出られたとしても、一銭も持ってないのだから水や飯も自分で用意出来ないし、ゲームはおろか漫画すら多分ない。

 しかも、この世界のトイレって事情を想像するに、水洗便所もなければトイレットペーパーとかなさそう。無双やチーレムなんて夢のまた夢の、多分それからもう100個くらい先の夢。


 さて、果たしてこんな世界で、俺達は何の不自由もなく生きていけるだろうか?――否である。


 だから、このお姫様には、俺と天野を地球に帰して欲しいのだが、


「あぁ、残念ながらそれは不可能ですわ天野さん」


「「は?」」


 俺と天野は同時にミレーナ姫へ半眼を向けた。

 そんな俺達を前に、お姫様はにっこりと笑顔で、言葉とは裏腹に全然悪びれていない。


 流石一国の王女、中々の胆力である。

 ……いや、単純に腹黒いだけかもしんない、多分そうだろコレ。


 そんな風に俺が考えていると、ミレーナ姫が目で合図を送って、それを受け取った女神・セレーナ様が話を引き継いだ。


「はい、それは無理なのです。私はこの世界の女神ですが、地球の管理はしていません。ですから、お二人を元の世界に戻そうとしてもう一度向こうの世界に干渉すると、流石に今度は地球の神に無断で異世界召喚していた事がバレてしまうのです」


 そんな話聞かなければ良かったと、俺は心底後悔した。


 何か深刻な事情があるのかと蓋を開けてみれば、地球の神に怒られるのが嫌だとかいう幼稚園児みたいな理由だった。

 嘘だろ、そんな下らない話で俺達帰れねぇの?


 嫌なんだけど。おい天野、お前もいつもの毒舌で何か言ってや――


「待って!そこのスケベ家君は「異世界だ、ヒャッハーっ。チーレム無双万歳!」だとか、オタクにありがちな根拠のない自信の所為で、哀れでみっともない幻想に浸っているからどうとも思わないでしょうけど。でも、私は現実に生きていて、真剣に元の世界に帰りたいの!そんなのじゃ納得できないわっ」


「あれ、お前さりげなく俺の事ディスってね!?」


「うっさい、黙ってなさい。事実でしょ」


「……」


 俺はちょっと、ほんのちょっとだけ泣きそうになった。

 だが、出掛かった涙を寸前の所で引っ込め、そのままこの場の様子を静かに見守った。

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