第4話悪いけど、これは私の視点であって並家君の視点じゃないわ。そんなの読んだら分かるって?あのね、これはもしそれが分からないって人のためのタイトルであって、分かってるなら別に読む必要はないの理解した?

 私――天野あまの彩加さいかは天才的に頭が良い。


 これは別に、傲りから来る盲目的な思考などではなく、自分を客観視して下した単なる判断である。そして、それは周知の事実だ。


『はぁ…。やっと帰れる』


 夏、悪態をつきたくなる程の猛暑と、正直かなり苦手な虫達の気配が活発になることに嫌気が差すこの季節だけれど、実は一番好きなシーズンである。


 高校一年生である私は、夏休みを間近に控えていたのだ。


 進級クラスの考査は特に難しいと聞いて、必死に勉強して受けた中間考査は全て満点。

 試験内容のあまりの簡単さに私は呆れ、勉強したことを後悔した。他の生徒達はかなり頭を悩ませていたようだが、正直、私の場合は全く勉強せず、かつ、寝ぼけていた状態であったとしても同じ結果だっただろう。


 けれど、その反省は敢えてせず、今回の期末も猛勉強した。


 私の長期休暇を補習なんてものに奪われたくなかったからだ。


『あと3日で夏休み…!』


 夏休みは何時から?そんなの終業式が終わった直後からに決まっている。


 クーラーの効いた部屋で1日1日をのんびりと過ごすのだ。1日中読書をしたり、ゲームをプレイしたり、映画鑑賞したり…たまにはアニメとかも悪くないかもしれない。


 兎に角、人との接触のない素晴らしい日々を送りたい私だ。


 引き籠り?ふん、上等じゃないの。煩わしい人間関係とおさらば出来るんだから、甘んじて自宅警備員の称号を頂戴しようじゃない。


 私は頭が良い。だから、物事において人より早く、そして難なく最適解を導き出せる。


 そのお陰で、感情に流されかけても、常に自分の損得勘定が出来ているので自身の利益に繋がるよう行動出来る。


 しかし、どうにも多くの人達はそれが出来ないようで、くだらない感情に流されやすい。


 そして私は、その弊害を受けている。


『あら、天野さん。今日も一人でお帰りになるの?』


 教卓の手前、腹立たしいことに私の目の前に立ちはだかり下校を阻止したのは、女子のクラスメイトだった。


 仕方なく、段を上って黒板の真横を通って教室を出ようとする。


わたくしが話かけているのに、愛想がないですね天野さん』

『はぁ…くっだらない……』


 今度は、いけ好かない例の女子生徒の取り巻きが私の歩みを止めた。右側からのくだんの女子の嫌味な声。


 さて、何をされようとしているのかは大体予想がつく。


『天野さん、わたくし見てしまいましたの。あなたの貧相なお家を…』


 注釈を入れよう。私の実家は定食屋だ。


『天野さん、あなたはわたくしと同じ裕福な家庭だともっぱらの噂で、前からお友達になれると思ってましたのに――――』

『は?』

『あの、ですから―――』

『は?』

『だ、だから――――』

『は?あなた、私の両親馬鹿にしてるの?。そもそも、家の大きさに関して言えば、私にも、あなたにも、それを自分の功績だなんて誇れる道理なんてない。何せ親の功績なんだから。で、それで?あなたの功績って何、私に喧嘩売って言葉のしっぺ返しを食らったこと?それとも今この場で赤っ恥をかいたこと?どっちにしても、あなたのしたことなんて、大したことでも誇れることでもない………フッ、呆れるくらい低レベルなものよねぇ?分かったのなら、今後、私にちょっかいかけるのは止めて。出来る?あぁさすがに、あなた程度でもそれくらい出来るわよね?』

『……………………ぁ、えと……でき、ましゅ…』


 見ての通り、私は周りから疎まれている。


 何故って?常に成績トップで男子からたまに告白される私は、他の女子達にとって嫉妬の的でしかないのだ。


 しかも、私が裕福な家のお嬢様だという、根も葉もない噂が独り歩きしている。


 それを私が見栄を張るための嘘だと思った女子が、今みたいに私をおとしいれようとしたのだ。


 まったく、定食屋の娘だって言っているじゃないの(あ、そういえば言ってない、言う機会なかったし。だが知ったことか!)。


 もっとも、別に私に関する評判が下がっても構わない。


 私はそんなくだらない見栄の為に嘘はつかない。


 変な噂と周りからの嫉妬の所為でこんな目に遭っているだけ。


 この真実を私さえ知っていればそれでいいからである。


 ただ、そろそろ嫌気が差して来たのだ。


 意味が分からない。

 当然、私だって人の感情くらい持ち合わせてはいて、だから私を妬む気持ちは理解出来る。

 けれど、感情に任せた行動を取る輩の思考が私には理解出来ない。


 得てして、感情のままに事を進めると、ろくな目に会わない。


 それは経験済みで、きっと事実だ。


 そして、



「はぁ…どこに行っても、馬鹿はいるものよね…」



 先程まで私の目の前で、鬼の形相をして鉄格子の先へと怒声を吐き散らしていた男子生徒を一瞥して呟くように言った。



 突っ掛かってきた女子を軽くあしらった直後、何故か私は見知らぬ建物の中にいた。


 驚きと戸惑いの中で、状況は大体把握した。


 どうにも、私は異世界召喚されたらしかった。


 一応、そういった概念自体は知っているし、私はあまり読まないがライトノベル作品に多いと聞く。


 さて、私は今、その異世界で途轍もなく頭の悪い理由により投獄されている。


 目の前の男子生徒も私と同じ理由で牢屋に閉じ込められ、事のあまりの理不尽さに感情を爆発させている真っ最中だった。


 名前は並家新丞…だったか。


 この牢屋に連れて来られる前にも危ない行動を取ろうとした少年で、私がそれを阻止した。


 あれは、自分の命にも関わることだった。


 とはいえ、何時もながら言い過ぎた自覚があったので少し接しづらかった。


 …友人が出来ない理由の一つであるし、反省はしている。


 が、何なのだろうかこの男は。


 人が二度も冷静な行動を取れと注意したのに、ちっとも冷静になっていない。


「はぁ…やっぱお前、何も理解してないな」


 やっぱりさっきの暴言を根に持っているのかしら、並家新丞は今度は怯むことなく私に突っ掛かって来た。


 いや、それにしては妙に冷静な顔だ。


「なぁ天野……お前、こういう相手にナメられ切ったら、どうなるか知ってるか?」


 この時の私は、本当に理解していなかった。

 自身が今置かれている状況の、真の恐ろしさを。

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