第2話何で異世界に来てまでこんな目に遭わなきゃなんねぇんだよ、前世からの恨みでもあんのか泣くぞ?俺がな

「は、はい…?」


 突然視界が切り替わったことに混乱する。

 いや、待て。落ち着くんだ俺。深呼吸してぇ…さん、はい。


「えっと、マジ何ですかこれ?」


 どうやらまだ冷静じゃないみたいだ。

 その場に落ちていたスマホを拾い、取り敢えず、自分が今いる場所を確認する。教室に比べて少し薄暗い場所。足元を確認すると、高級そうな深紅の絨毯の上に座っていることに気が付いた。


「ん?」


 不意に、後ろから声が聞こえた。振り返ってみると石造りの壁が…いや、壁ではなかった。低い塀…?みたいなのが、丸みを帯びている感じだ。なるほど、先程から暗かったのはこれの影の所為か。


 さて、声はこの上から聞こえた。顔を出し、覗くように辺りを見渡す。


 すると、斜め右方向、そこにものすんごい美少女がいた。


 きめ細かい白い肌に華奢な体、長い金色の髪、ここからだと少し遠く見えにくかったがその目は 碧眼であると確認できた。さらに、華美に装飾されたドレスは西洋の貴族を彷彿とさせた。だが、ただの貴族というより、より高貴な王族の…例えるならお姫様のような雰囲気だ。


 少女は右膝を床につけ、両手を祈るように胸の前で組んでいた。


 そう、


「わーお…見たことある光景……」


 アニメとかアニメとかアニメとか、あとアニメとかで。

 そして、この後あの美少女が言うんだよな。


 異世界より光臨なされた勇者様、そしてその御一行様。神より賜りしその御力で、どうか。


「――――魔王を討ち倒し、我等を救済して下さいませ」


 ってさ。…え、今なんて?


「あ、あの子今、えっ…ま、まま、魔王、とか…言いやがりませんでした?」


 少女のその突飛な発言に、俺は頬を引き吊らせる。そして、思わずそのまま虚空に向かって小声で聞き返してしまった。


 他の生徒達からもざわめきが生まれていた。


「な、なるほど…異世界召喚ですか」


 自分の頭が納得していないのに何が、なるほど、なのだろうか。馬鹿なのだろうか俺は。


 しかし、状況を客観的に見てもそうとしか思えない。


 先程あの美少女が言い放った台詞。円の形をした大きな祭壇のような場所の上に立つ隣のクラスの面々。そして、どうやら俺は、その外枠の影に隠れているらしかったのだ。


「というか、何で俺だけここなんだよ…。あ、いや、隣の奴等が本命で俺は巻き込まれた…のか?」


 一応の推測をしてみる。


「まぁ、取り敢えず様子見を」

「なぁ、そんな所で何してるんだ?」

「な!?誰ッ―――どっわッ…!」


 突然上から声を掛けられ、それに驚いた俺は咄嗟に後ろへ後退る。が、間抜けなことに体勢を崩し尻餅をついてしまった。


「痛ぅーッ…」

「だ、大丈夫か?」

「…あぁ、大丈夫大丈…ぶはッ!」


 上から聞こえて来た、俺を気遣う声。しかし、そこへ視線を向かわせて気付いた。声の主は、結城勇哉ゆうきゆうやだった。


 品行方正、成績優秀、眉目秀麗の三拍子が揃った、校内にいる女子達の憧れの的。おまけに運動神経抜群。黒髪もさらさらだ。リンスとか使ってるのだろうか?


 って、そうじゃない。兎も角、それが今俺の前にいる男、結城勇哉である。


「ん?どうした」


 きょとんとした顔もイケメンだ。

 なるほど、これは勝てんわ。補足すると、そもそも勝負にもならない、の方がより正確だ。


「い、いや…何でもないっしゅ……」

「しゅ?」


 はいっ、君がイケメン過ぎて気圧されました、噛みました!お願いだからそこを掘り下げないでっ。


 気分?穴があったら入ってそのまま引き籠ってたいよッ!


「な、何者!」

「「え?」」


 横からの声に俺も結城も一瞬ビクッとし、そちらを振り向く。


「なッ!?まさか…くッ、囲みなさい!」


 例の美少女がそう叫ぶと、瞬く間に鎧で身を固め剣を構えた騎士っぽい男共によって。





 ――――


「は、ぃ……?」


 後半、当惑と驚愕で声がほとんど出なかった。


「な、何するんですか!彼は僕達と同じ世界の人間なんです、止めてください!」


 結城が祭壇から飛び降りて俺を庇う。くっそ、こいつ良い奴だ。俺、ちょっと泣きそうだ。

 しかし、さっき男共に命令を飛ばした少女が、こちらへ来ながら言う。


「いいえ、この者は人間ではありません!どうかお離れ下さい」

「な、何言ってるんですか、どこからどう見たって彼は人間です!」

「そうだよ!これマジで冗談じゃ済まないレベルだからな!?」


 結城に続いて、俺も後ろから抗議する。


「第一、証拠はあるんですか?」

「ええ、あります」


 問い質す結城に対して、得意気に少女は言った。俺が人間じゃない証拠がある?


 俺は正真正銘、オタクっていう理由で不良に目をつけられ馬鹿にされながら金取られて、ある日ちょっと反抗したらボコられそうになって、軽く人生詰んだなって思った瞬間に異世界に召喚されて、そこにいた召喚主らしき美少女の妄言の所為で絶体絶命な状況にある、普通の人間だぞ。あれ?普通じゃないな、それ。というか、それは可哀想な人だ。


「何言ってんだよアンタ、俺は可哀想な人間だ」

「…いや、君の方が何を言ってるんだよ……」


 こちらに首だけ振り向いた結城がそう言いながら、呆れた目で俺を見ていた。


「ふふ」


 少女の囁くように小さな微笑が聞こえ、俺達は意識を再びそちらに向けた。


「真実の鏡をここへ」

「はっ、姫様」


 少女の目配せしながらの命令に、俺を囲っていた大勢の内の視線を受けた数人が走って行った。やっぱこの美少女、お姫様だったのね。じゃあ、今俺に剣向けてる奴等は騎士か。


「証拠は二つ。まず一つ、先程からその者は一体何をわたくし

「吠えて?」

「ええ、恐らく勇者様方には、召還時に我等が神から賜った力の一つである言語翻訳スキルが作動しており、その者の言葉が理解出来るのでしょう。しかし、私には

「言語翻訳、スキル?」


 訳が分からない、という感じの結城の声。そして、何故か俺へ視線を送って来た。お前知ってるか?って感じの目だ。知らんよ。


「えっと……言語関係なしに、話すのも聞くのも自動で翻訳して会話出来る能力?」

「そう、なのか?」


 ごめんなさい、それ単語から連想したオタク知識なんです。俺も合ってるか分かんないです。


「神様…とかは今一信じられないけど…」


 大丈夫、俺もそんなに信じてないよ。


「神様がいるかどうかは…まぁ別として、多分テンプレだと『ステータス』って言ったら、RPGとかでよくあるみたいに画面が出て自分の能力値とかが分かる…かも」

「ス、ステータス―――って!ほ、ホントだ!!」


 マジかよ。テンプレ過ぎて笑えるんだけど。


「えっと、スキル一覧…あ、あった言語翻訳スキル。あ、よく見たら職業もある…。へぇ、俺『勇者』だってさ、はは。あんまりやったことないけど、本当にゲームみたいだ!えっと…」

「な、並家新丞…」

「じゃあ、並家だな。よろしく」

「ど、どもッス…」


 キラキラした笑顔をこちらに向けて言って来る結城。


 え、お前勇者なの?てか、なんでそんなさらっと流せんの?もうちょっと驚こうよ。


「勇者様、貴方が勇者様なのですね!」

「え…はぁ、まぁ。そうらしいです」


 お姫様の言葉に振り向いて答える結城は、どうにも、何で目の前にいる美少女のテンションが急に高くなったのか理解していない。

 俺はちょっと呆れた。


「…コホンッ、お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。本題に戻ります。勇者様、ステータスをご覧になられたのならば、スキルについてはもうお分かりですね?」

「はい、並家のお陰で」

「ナミヤ?」

「あ、えっと。俺の後ろにいる…」

「まぁ、何とッ…」


 大仰に驚くお姫様。何か演技臭いと思ってしまうレベルだ。


「勇者様。貴方は今、この者――――魔王軍の手先の卑劣で悪辣極まりない策略によって惑わされているのです!すなわち、貴方を信じ込ませ、私達と貴方が対立するよう仕向けているのです!よくご覧ください、この貧相な顔と体を。化けていてもやはり魔王軍のように陰湿、あぁ、見ているだけで吐き気がします」


 滅茶苦茶言うんですけど、このお姫様。


 え、何、俺のことそんなに嫌いなの?前世からの恨みでもある感じですか、生憎俺は覚えてないよ泣いちゃうよ?


「待ってください、姫様。並家の言葉が分からないと仰ってましたが、逆に並家は姫様の言葉を理解しています。言葉が分からないというだけで決めつけないでください。そして、並家に対する発言を撤回して下さい」


 結城ぃ!お前何でそんな良い奴なんだよ、俺ら初対面じゃん。


 決めた、俺、一生お前に着いていく!


「いいえ、いですか勇者様。魔王軍は、魔物という、知能が低く理性のない怪物を引き連れているのです。しかし、稀に高い知能を有し、人を騙す魔物がいます」

「それが並家だと?」

「ええ。数百年前にも、勇者召還時にその魔物が現れ、混乱が生じました。ですが、混乱は直ぐに収まりました」


 結城が、何故、と尋ねるとお姫様は口を開いた。


「その魔物は、知能が高くとも人の言葉を話すことが出来なかったのです。そう、つまり―――言語翻訳スキルを持つ勇者様方以外は騙されなかったのです」


 嘘つけ、って思った。

 仮にも、敵国の勇者召還っていう大事な儀式に魔物を忍び込ませようと考えられる奴等だろ?そんな致命的なミスに気付かない訳がない。


 それに、もしこのお姫様の言う通りなら、魔王軍はとんだ烏合の衆だ。それなら勇者なんか呼ぶ必要はない。現地の人間の策略とかでなんとかなる。


 人間の強さは知能や狡猾さにあり、ってのは歴史が物語っているのだ。


「そんな訳がないでしょ!」


 どうやら結城も、そのことに気付いていたみたいだった。


「では、何故その者は言語翻訳スキルを使えていないのでしょう。アレは常時発動型のはずなのに…」

「そ、それは…」

「あぁ、なんという事でしょう…。ここまで問い詰められて尚、その者を庇うなんて。これが魔王軍の策略なのですね…」

「ち、違います!」

「分かりました。では、こちらをご覧下さい」


 そう言うや否や、さっき走ってどこかに行っていた騎士達が戻って来て、大きな鏡を俺達の目の前に置いた。

 鏡に映っていたのは、


「なッ…これは…」


 驚いた様子で後退る結城。


「うぉッ、カッケェー!」


 目をキラキラ輝かせて興奮する俺。

 …なんか、結城が後ろ向いてまた俺を呆れた目で見て来た。すんません、ちょっと調子に乗りました。


「理由の二つ目です。この鏡には、鏡の前に立った者の真の姿を映し出す能力があり、変装を見破る為に用います。そしてやはり、この者は人間ではないのです」


 お姫様が鏡の方に回り込み、鏡に映る俺の姿を見て言う。


 くっ…俺は人間だ、って論破してやりたいけど、今思い付いているのは一つしかない。


 結城に俺を気絶させるまでボコらせる。オタク知識でしかないけど、多分、この世界での変装は魔法かスキルとかでやってそうだ。


 そういうのは、大抵は気絶とかしたら元の姿に戻る。オタク知識通りなら、な。


 一応確認を取って、実際俺の考えるような感じならそれでいく。懸念材料としては、異世界モノでよくあるステータス補正で結城が化け物みたいな強さになってることだ。


 仮にも勇者ってんだから十分可能性はある。加減されても死ぬかもしれない。しかも、なんかあのお姫様は俺を嵌めたそうにしてる感じがする。人間である俺を魔物だとか言ってるのがその証拠だ。


 もしかしたら、結城が自分がどれだけ強くなってるか分からないよう、ぶっつけ本番でやらせるかもしれない。


 危ない橋だ。が、やるしかないのも事実。俺は結城に近づいて耳打ちしようとする。

 しかし。


「この者を神殿の中央に!」

「なッ…!この、離せ!」


 お姫様の言葉によって、手の空いている騎士二人が俺の両端に即座駆け寄り、俺はその二人に両脇へ腕を挟まれ連れていかれる。


 嫌な予感がする。


「ま、まさかッ…!や、やべッ…。はなッ、離せマジッ…この!だぁーッ、助けてくれぇ!」


 お姫様あの女の狙いに気付き、俺はより一層激しく暴れる。

 しかし、騎士達はびくともしない。


 最悪だ。


「並家をどうするつもりです!?」

「大丈夫です勇者様。落ち着いて」


 くっそ、あの女!結城を足止めしてやがる。


 部屋の中央に着き、騎士達の足が止まる。

 俺は拘束されたまま。眼前に置かれていたのは例の鏡。


「皆様、この鏡をご覧ください」


 あの糞女が俺に近づき、部屋中に聞こえるような声で言う。


「おい、あれって…!」

「魔物…」

「何故このような場所に…!」


 鏡がある方に近づき、そこに映った俺の姿を見た騎士や神官、貴族達からざわめきが生まれる。


 同様に、俺の後ろにいた隣のクラスの奴等からも不安の声が上がって来た。


「姫様、これは一体…」

「魔物です。魔物が勇者様を騙し、我等と対立させようとしていたのです」

「何と…!」

「しかし、しかしご安心下さい。魔物はこの通り捕らえました―――


 2…匹?俺の他に、もう一人いるのか…?


 そう思って、辺りを首を左右に動かし探していると。

 左斜め後方、俺が来た方向とは対になる場所から声が聞こえた。


「くッ…この、離しなさい!」


 そう、女子の声だった。声が近づき、俺の隣に来る。それを見て、俺は驚愕をあらわにした。


天野あまの彩加さいかッ…!?」


 彼女を一言で説明するなら―――天才。

 俺のクラスの2つ隣にあるクラスは偏差値が異常に高い。その中で常に断突で首位に躍り出ているのが彼女なのだ。


 容姿に関しては、長い黒髪に整った顔立ちをしていて、スタイルも良い。


 学校では遠くで何度か見たことがある程度。しかし、その凛とした雰囲気と冷たい視線の所為で何時も近付き難さを感じていた。


「どういうことよッこれ…!」


 俺と同様に騎士2人にがっちり捕まえられている天野は悪態をついていた。


 もっとも、今はそんなことどうだっていい。なぜなら。


「今すぐ処分を!」

「ええ。ですが、神より強力な力を賜ったとはいえ未だ肉体も精神も未熟な勇者様方の前です。今この場で殺してしまうのは不味いかと。動けなくして地下牢へ閉じ込め、処分は明日行いましょう」

「分かりました、姫様のお考えとあらば。しかし、あの魔物供が何か少しでも不審な動きをすれば、その時は即刻処刑を」


 貴族達の目、つまりお偉いさん方の目が完全に俺達を敵視するものへと変わっていたのだ。


 これで、あのお姫様の言葉を信じ切ってる奴等を説得しなくてはいけなくなった。


「やっべぇッ…!」


 加えて、何故か俺の…いや天野もいるから俺達の、か。兎に角、言葉があいつ等に通じないらしい。こっちは理解出来てるってのに!


 こうなったら結城を呼ぶしかない。


「結き―――」

「静かにッ…」


 しかし、隣にいる天野が止めてきた。


「なん、なんで止めんだよ!助けが必要な時だろ」


 怒りをあらわにしながら、俺は思い切り天野に噛みつ――――。


「それで?結き、さっきからの言動とその言葉から察するに、結城君を呼ぶの?大声で、興奮状態の輩の前で?あなた馬鹿?いいえ、馬鹿、馬鹿、馬鹿。馬鹿でしかないわ。それも、呆れて、声も、出ない程の、大・馬・鹿!いい?低能なあなたにも分かるように懇切丁寧に教えてあげる。今の私達は異常な程に警戒されてるの!あなた凶悪な殺人犯と遭遇して、一瞬でも妙な動きされたら怖いでしょ!?それとおんなじ!大声なんて出したら即殺される。連鎖的に私も直ぐ殺されるかもしれない!かなりの高確率で!そうっ、死ぬ、死ぬの!2人ともッ。そして、無能なあなたは、私を間接的に殺した無能以下の存在に成り下がるのよ!人間のゴミ、クズ、カスという存在にね!いくら大馬鹿でもこれだけ言われれば分かるでしょッ、分かったら黙ってなさいこの馬鹿!!」



「…………………………ひ、ひゃぃ…」


 怒濤の罵倒に、俺はちょっと涙が出そうになった。嘘だ、既に目の端に涙が溜まってる。


 警告?あんなの警告じゃない。人の尊厳を踏みにじる罵詈雑言だ。


 不良に絡まれてた俺じゃなきゃ、とっくに鬱になるか自殺してる。


 何であんなに舌回るの、何であんなに言われなきゃいけないの?前世からの恨みでも(以下略)!


「ここは捕まっておきましょう」

「うん、そだね……」


 天野の言葉に、俺はしょんぼりしながらも肯定の返事を返す。


 こうして、俺と天野は地下牢へと連れて行かれ、投獄されたのだった。


 家に、帰りたい…。

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