第2話:セピア色の箱

??? : 青城高校前公衆電話ボックス 6月4日 土曜日 8:23 AM  


私は今日、告白をする。とは言っても、愛の告白みたいな素敵な物ではない。

ただ、自分の秘密を、彼に伝えたいだけ。

雨露が残る雑草を踏みつけ、足を進める。

一歩進む毎に、ぐしゃりぐしゃりという感覚。


時折視界に入る水溜りには一面の青空が映り、水色の絵具で塗り潰されたようだ。

嗅ぎ慣れない、雑草と土の匂い。

散見される足跡は、きっと、彼のものだろう。

水に浸食された靴下に不快感を感じ始めた頃、それを見つけた。


その箱は、古びた桜の下にあった。

人々から忘れ去られたその箱を慈しむかのように、葉桜が覆い被さっている。

薫風が吹き、木々が漣のような音を奏でる。思っていたよりも、涼しい。

長い黒髪が風に煽られ、首筋に心地良い空気が流れる。

先日変えた柑橘系のヘアオイルの香りが鼻腔を刺激する。我ながら、良いセンスだ。


電話ボックスの中では、私の目論見通り、大澤夏樹が朝食をとっていた。

パイプ椅子に腰かけ、不機嫌そうに長い脚を組んでいる。

私は、電話ボックスのすぐ横の木に背中を預けて彼を眺める。

木漏れ日が枝の間から漏れており、心地がいい。


彼は、徐にビニール袋を漁ると、文化祭当日にも関わらず、コンビニで売っているサラダパスタを取り出した。売店とかでなんか買うでしょ、普通。

包みを剥ぎ取り、雑にドレッシングをかけ、作業のように口へ運ぶ。

食事というよりは、栄養摂取という言葉がふさわしい気がする。

少し焼けた綺麗な肌に、鼻筋が通った端正な顔立ち。

綺麗な髪が目に少しかかり、高校生らしからぬ退廃的な色気を纏っている。

セピア色のガラス越しに見る彼は、まるで古い映画の登場人物のよう。


(本当に、言えるのかな……?)

心臓の鼓動が聞こえる。

(本の交換が私だって……)

ふと後ろを振り返ると、道路を挟んだ向こうに校舎が青空に佇んでいた。

屋上から色取り取りの垂れ幕がかかり、無機質な新設の校舎を彩っている。

その中でも一際目立つ青黒基調の垂れ幕に、『雨に唄えば』と書いてあった。


(今日は晴れだけれど、まぁ……いいよね)

私は、ポケットからスマートフォンを取り出すと、先程まで聞いていた邦楽を止めて映画の劇中歌を流した。夜が更蹴るまで話尽くした男女が、朝の挨拶を言い合う曲。


まぁ、目の前の彼とは、ちゃんと話した事がないのだけれど。

曲に集中していると、いつの間にか大澤夏樹はスマートフォンを耳に当てていた。

誰かと電話をしているようだけれど、電話ボックスの遮音性が災いし、その内容までは聞き取れない。

用件は数十秒で終わったようだ。食事の残骸を片付け、外に出ようとしている。


(こ、校舎に向かうの……? 私が何の為にここまで来たと思ってるのよ……!)


今朝私がこっそり電話ボックス内に置いておいた文庫本を片手に、大澤夏樹はドアを開けた。錆びた戸が無理ありこじ開けられる音と共に、大きな体が色彩を帯びる。

その左手には、私が今朝置いた文庫本とも違う本が握られていた。


(な、なんで……?自分で新しく買ったのかな……)


咄嗟のショックな出来事に打ちひしがれる間も無く、彼が近づいてくる。移動して木陰に隠れる暇もない。

私は、心臓の鼓動が早まるのを感じ、慌ててスマートフォンの再生を止めた。


(だめ。こういう時こそ、平常心……!)


音を立てないようにゆっくりと深呼吸し、集中すると普段から力を使うときのイメージを思い浮かべる。


私が思い浮かべるのは、房総半島の海。関東圏らしからぬ透き通った色の海を、私は防波堤から眺めている。フジツボが所狭しと住みつく壁に、波が当たるたびに、白い泡が浮き立つ。

深い紺と緑の混ざった海の色が、白い泡に洗い流されるように薄くなっていく。

深緑、紺、青、水色、とカラーパレットが移り変わり、海は数秒で透明に染まった。

まるで、この世界から海が消えてしまったよう。海底と魚の姿がはっきりと見える。


集中する私のすぐ横を、大澤夏樹は素通りして行った。

水滴が飛び、私の脚に水が付着する。

(制服に着いたらどうすんのよ! ってそんなことより早く追いかけないと……!)

水たまりを進む音が遠ざかるのを確認してから、私は彼の後を追う。


硬いアスファルトに濡れた足跡を残しながら、校舎へと繋がる横断歩道を目指す。

大澤夏樹は、すでに横断歩道を渡り切り校門へ到着しようとしている。


(ま、まずい……!)

私は左右に首を振り車がいないことを確認すると、縁石を飛び越えて道路を突っ切った。体が沸騰するような感覚の中、私は彼の背後へと迫った。

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