女神候補生とヤバい相棒6(KAC2024)

ファスナー

女神候補生とヤバい相棒6

side:女中メイドのケイト


『私が懇意にしている商人から例のモノを購入して持ってきてくれ。

 ただし、取り扱いは注意してくれよ。

 あれは非常に貴重なモノで、くれぐれも誰かに知られてはいけないからね。

 ああ、帰りの足については心配はいらない。

 既に隣領のアルセトン家には話を通してあるからね。

 モノを手に入れたらアルセトン子爵を頼りなさい。手配してくれる。』


それはエイテル子爵家当主、エイテル=ウィリアムソン様から与えられた仕事。

女中メイドとして仕えている私、ケイトには当然拒否権は無くただ、諾々と与えられた仕事をこなすだけ。


「…ここですか。」

アルセトン領に赴いた私はご当主様ウィリアムソン様から渡された地図をたよりに商人のもとを訪れました。


そこは、街の目立たない場所にある店で、店内には本やアクセサリー、服や食料品などが雑多に並べられている雑貨屋のようでした。


『…おや、一見さんかね?』

店主をしている妙齢の女性は私を見るなりそう尋ねてきました。


私の女中メイド服姿を見て察したのでしょう。

一瞬鋭い眼光で睨まれた気がしました。

ですが、これも仕事。ビビってる場合じゃありません。


「はい、そしていいえ。

 ウィルから使いを頼まれた者です。これをいただけますか?」

私は店の入り口に置かれている【香木】を指定しました。


『少し待ってな。』

店主はそう言うと店の奥に引っ込みました。


実はコレ、符丁なんです。

なんでも表に流せないモノを懇意にしているお得意様にだけ販売するんだとか。


しばらくして戻ってきた店主は白い本を持っていました。

真っ白な表紙のハードカバーの本でタイトルや名前もありません。


ですが、その本を見て私は緊張しました。


白の魔導書グリモワール

それは白い表紙の本で、その本を持つ者の願いを叶えてくれる魔導書と言われます。

その恩恵を求めて、この魔導書を巡る争いが起きました。

そのため、この魔導書を持っていることは誰にも知られてはいけないのです。


『ひっひっひっ、あの子はまた酔狂なものを購入したもんだね。

 くれぐれも気を付けて帰りな。』

店主にお代を払い、白の魔導書を鞄に仕舞うとその足でアルセトン子爵家を訪ねました。


『そうか、貴女がエイテル子爵からの使者か。

 これはタイミングがいい。貴女には息子の女中メイドとしてエイテル子爵に連れて行ってもらいたい。』

アルセトン家当主、アルセトン=ウェザーはそう言って妖しく嗤っていました。

こうして、私は三男アルセトン=テンペスト様と共にエイテル子爵領に向かうことになりました。


目途が立ったことにホッと胸をなで降ろした私は知りませんでした。

ここからが本当の始まりだったのです。


■■■


それはエイテル子爵領に向かって移動して2日目の事でした。


「と、盗賊だぁ。」

嫌なセリフが聞こえてきました。


振り向くと、真っ青な顔をして野営の準備をしている私達のもとに駆け込んでくる護衛のジェイクさんの姿。


盗賊という言葉を聞いた瞬間、私は顔を顰めてぐっと奥歯を噛みしめました。

そうしていないと恐怖でどうにかなりそうだったからです。


「ど、どうしましょう。」

そう言って震えているのは私と同じ女中メイドのメイリン。

彼女もまた私と同様に恐怖で顔が強張っていました。


いや、彼女だけじゃありません。

護衛として雇われたジェイク、ソーラス、ゴルダーの三人もまた青ざめた表情をしていました。

馬車の御者台で休んでいたダンデおじさんもジェイクの声に飛び起きて固まっています。


そんな、皆がパニックに陥っている最中、ただ1人だけ冷静な人が居ました。

最も年下で、私たちが護るべき対象のアルセトン=テンペスト様。


彼は盗賊がこちらに向かってきているという状況の中で、10歳の少年とは思えないほど冷静で落ち着いていました。


「全員馬車に乗って。今すぐ逃げますよ。」

凛とした彼の声によって冷静さを取り戻した私たちは、テンペスト様に言われるがままに馬車を慌てて走らせました。


ですが、この逃走劇は長くは続きませんでした。

どうやら盗賊は馬で移動しているようで、ほどなくして周りを囲まれてしまいました。


「よう、お貴族様、夜にこんな道を通ってたら危ないぜ。

 ここいらじゃ、盗賊が出るって噂があるからよ。」

盗賊のリーダーと思しき人物が不快な言葉を述べています。


(貴方達がその盗賊のくせに、何をいけしゃあしゃあと…)


盗賊に対する不快感と怒りが顔に出ていたのでしょう。

テンペスト様は私の肩にそっと手を置きました。


「ちょっとの間我慢してて。彼らと交渉してみるから。」


「ダメです。殺されてしまいますよ。」

私は慌ててテンペスト様を引き留めました。

隣にいるメイリンも私に同調してくれました。


ですが、テンペスト様は首を横に振ります。


「このまま亀のように馬車に閉じこもっててもいずれ殺されるだけだ。

 悪いけど僕はこんなところで死ぬつもりは毛頭ないよ。

 僕は生きるために彼らと交渉するんだ。」


覚悟を決めたテンペスト様は少年から立派な男性になっていました。

その姿に見惚れてしまった私は、彼が外に出ていくのを黙ってみていることしかできませんでした。


こうしてテンペスト様が盗賊のリーダーと交渉を始めました。

彼らの会話を馬車の中から聞いていた私たちは彼の聡明さに目を丸くしました。


どうやら盗賊に襲撃されたのは偶然ではないようです。

テンペスト様は自身がアルセトン家の中で厄介者扱いされており、暗殺される可能性を考慮していたのだとか。


(まだ成人前の子どもを盗賊に襲わせるなんて、流石におかしいわ。

 もしかしたらそれ以外の理由が…。ってまさか、この魔導書?)


私は肌身離さず持っていた鞄の中を確認しました。


(嘘っ!?)

何とか声を出さないようにしましたが、私は絶句してしまいました。


確かに白い魔導書を入れていたはずなのに、その本は黒かったのです。


黒の魔導書グリモワール

それは黒い表紙の本で、この本を持つ者は不幸に見舞われると言われています。

それは人を破滅に導く呪いの魔導書として忌避されました。

そのため、この魔導書を持つことは不幸を呼び寄せる呪いを受けたようなものなのです。


(アルセトン子爵家ですり替えられた?

 ですが、常に肌身離さず持っていました。

 なら、あの商人に騙された?

 でもエイテル子爵家を敵に回すほど愚かとも思えません。


 いや、今はそんなことを考えている場合ではありませんね。

 問題なのは、盗賊が襲ってきた原因がこの黒い魔導書だということ。

 つまり、私たちは既に死に片足を突っ込んでいるということに他なりません。)


「ケイトさん、大丈夫?」

隣にいるメイリンが心配して私に声を掛けてくれました。

どうやら顔が青ざめていたようです。


「いえ、大丈夫です。」

私は愛想笑いをしながらメイリンに答えます。


(申し訳ありません。どうやら盗賊を呼び寄せてしまったのは私のせいのようです。)


心の中で謝罪していると、外の様子が変わっていました。


「ソロで2年でA級冒険者まで登りつめたフィルシード=ストーム様を嘗めんじゃねーぞ。」

テンペスト様は乱暴な口調で意味不明な事をおっしゃっていました。


私達は馬車の窓からそっと外の様子を伺います。


テンペスト様は剣を持ち、盗賊のほうにゆっくり歩いていきます。


「おいおい、なんのつもりだ?

 ひょっとしてお前、俺達をやっつけようってか?

 ぶはっ、こりゃ傑作だ。

 碌に魔力も無いお坊ちゃんがこの人数を相手に戦うとはよ。

 英雄気取りの世間知らずのガキが。」

盗賊のリーダーはそう言って笑っています。


大変癪に障りますが盗賊の言っていることは至極当然。

一流の魔導士ならいざ知らず、まだ10歳の子どもが盗賊に太刀打ちできるはずがありません。


そう思っていた私の目には信じられないものが映っていました。


「馬鹿はお前らだ。」

テンペスト様はそう言うと、その場から消えました。


「「「ヒヒィィィン」」」


「「「うわぁぁぁ」」」


次の瞬間、馬たちと盗賊たちの悲鳴があがりました。


複数の馬の前足が斬られバランスを崩して倒れていきます。

跨っていた盗賊たちもそれに巻き込まれて転倒しました。


「じゃあな。」

いつの間にか転倒した盗賊のもとに現れたテンペスト様は無感情にそう言うと、剣で盗賊の首を刎ねていきます。


「クソが、てめぇ何者だ?

 魔法も碌に使えねぇアルセトン家の役立たずじゃなかったのかよ?

 見たこともねぇ魔法を使いやがって。」


次々と狩られていく盗賊たち仲間たちを見たリーダーは慌てて立ち上がると怒声をあげました。


「俺は俺だ。確かに俺は体内魔力は少ない。

 だがな、魔法を使う方法ってのは体内魔力だけじゃないんだよ。

 まぁ、今から死ぬお前に何を言っても無駄だろうがな。」

盗賊のリーダーの前に姿を現したテンペスト様は冷たくそう言い放ちました。


その言葉に私は何かゾクゾクとクるものがありました。


「なめんじゃねー。」

盗賊のリーダーはテンペスト様に剣で斬りかかります。


ですが、テンペスト様はリーダーの剣を躱したり、自身の持つ剣で反らしていきます。

やがて、リーダーの剣筋が乱れてきた頃、テンペスト様は隙を見逃さず、リーダーの首を斬り落としてしまいました。




私は小さな英雄の誕生に胸が躍りました。

それと同時に私は罪悪感に苛まれていました。


(黒の魔導書を持っていたせいで…。)


私は鞄の中を確認すると再び絶句しました。


(嘘でしょ…。)


そこにあったのは白の魔導書グリモワールだったのです。

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