大天使の名前をもつ色

りりぃこ

 あなたはいつも、赤い口紅をつけていました。

 どんな時も。とある有名ブランドの、ガブリエル、という名前の真っ赤な赤い口紅しか使いませんでした。


 出かける時は勿論、家にいる時も、寝るときだって、風邪で休んでいるときだって、その真っ赤なガブリエルはつけたままでした。


「いつもなわけないじゃない。誰にも見られてない時はつけてないわ。唇も休ませてあげないと」

 そう、あなたは言ってました。


 だからなのでしょうか。あなたはいつも美しくて。それは僕の誇りでありました。

 いつも誰かに見られているときには美しくあれという気迫が、大天使ガブリエルの口紅にふさわしい女性だと思っていました。


 子供ができても変わらず、ガブリエルの真っ赤な口紅をつけていたあなた。

 赤ちゃんが舐めるといけないから、化粧は最低限にしたほうがいいよ、というアドバイスは一切無視して、あなたは唇を赤く染め続けていたと聞きました。


 しかし、そんなあなたが変わってしまったのは、年の離れた二人目の子供が出来たときでした。


 二人目の子供には、アレルギーがありました。


 子供があなたの唇に触れて、そこから痒みを発症するようになった途端、あなたはあっさりと、今までの人生をポイ捨てするがごとく、口紅をやめました。 


 僕はショックでした。


 突然色を失ってしまったあなたの顔は、ガブリエルの如く美しい天使ではなくなってしまったのです。そこにいたのは、ただの母親でした。


 どうしてそんなにあっさりと、捨ててしまえるのか。

 僕はあなたに問いましたが、あなたは困ったような顔をするだけでした。


「ごめんね。別にこの子を特別扱いしてるわけじゃないのよ」

 そう言って、あなたは僕を抱きしめます。


 あなたは勘違いをしている。

 別に僕は、その子に嫉妬しているわけでないのに!ただ、あなたが色を捨てたのを憂いているのに!


 しかし、僕の気持ちに気づかぬまま、あなたは僕を抱きしめます。右腕に二番目の子を、そして左腕に

 僕を。


「お兄ちゃんも大事だよ」

 僕を赤ちゃんのように撫でるあなた。

 その顔は、赤い口紅で彩った美しいガブリエルではなく、色を捨てた、ただの僕の母親でした。

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