conteRecanto《コンテ・レカント》 ー厄災の英雄ー

青海 一

プロローグ 幼女は世界を救わない

 大陸暦567年芽吹きの月14日、火の季節を迎えたばかりの大地は温かで空気は柔らかく、人々は忙しく働きながらもなんとなくウキウキとした心持ちになるような日だった。

 ヌガーリの牧童は毛長牛を追いながら家路を急ぎ、シゥ国の女房は朝餉に使う水を井戸から汲み上げる。

 西では陽はまだ海に沈んでおらず、東では山の端から朝陽が差してきたばかりで大陸全土が太陽の明るさの下にあったのに、不意に光が消え失せた。

 地上の生き物全てが闇に塗り込められ身動ぎも許されない中、言葉が響いた。


——厄災が、来る——


 我に返った時、目の前の光景には何の変化もなかったので、人々は精霊の悪い夢に当てられたか魔術イタズラにでもかけられたのだろうと思った。

 しかし、離れた場所にいた人も同じ現象に出遭っていたと分かると各地で混乱が起きだした。


……北の……国がここのところ軍事強化していたが……

……東の方は凶作だったとか……

……魔導師団がズパ大森林帯で……

……ア=ム砂漠を横断していく怪しい一団が……


 流言が流言を呼び、不安に駆られて暴動が起こりかねない事態に、まず魔導大国ガルテアが謎の現象には一切関わりがないことを各国へ正式に通達してきた。濡れ衣で戦争を仕掛けられては困る、ということだ。

 これにより疑心暗鬼による国家間の争いは回避されたが、大陸全土で同日同刻に同じ現象が起こっていたことが判明し、ではあれは一体何なのかという疑問が残された。

 混乱が終息しないことに焦れたのか、太陽神を貶めようとする邪なるものが現れたのだとミティジア教皇国が正式に宣言したことによって、各国は何かも分からない「厄災」に備えなくてはならない事態に陥ってしまった。


 大陸北部の高地にあるロクシュニア魔法王国は、かつては強大な魔術師団によって黒イナス河岸まで支配下においた強国であったが、今はリヴィル深林によって辛うじて大ガルテアの侵攻を凌いでいる小国でしかない。ビレトス山脈を挟んだ西側に位置するマレリオン国は穀物の増産と備蓄を始め、北方のレスダール獣王国は獰猛で騎獣には向かないとされる黒牙熊までも狩り集めているという。

 弱体化したロクシュニアが今だに国として存在できているのは、大陸最古の大図書館がその地にあるからに他ならない。大図書館の核となる〝魔法の在り様について記された石盤〟は大陸暦元年には既にそこにったと伝承されており、これを基にして過去の魔術師たちが施した王都ティセロを覆う巨大な結界陣は400年経っても健在だったのだ。

 周辺国が「厄災」に備える中、隙を見せて侵略の機会を与えぬよう、例えパフォーマンスに過ぎなくとも国として何かしなければならない。

 そして王家には、失われたはずの古代魔術式が秘匿されていた。それは「異なる世界から**為すモノを呼び寄せる」のだという。

 世界に死病が蔓延した約150年前に何処からかやって来て人々を救った男の話が大陸中に残っているが、この男こそ古代魔術式を用いて祖先が招いたのだと伝え知る現国王がその使用を躊躇するはずもなかった。

 内外に向けては大図書館に秘蔵されていた邪を払う儀式を執り行うと喧伝しつつ準備が進められ、占星術によって算出された星辰が正しい位置にある日、勅命により選ばれた魔術師たちは古代魔術式を起動展開した。空気が歪むような重く長い詠唱が終わると同時に陣は眩い光に覆われ、倒れ臥す魔術師たちの向こうに見えた人影に「世界をお救いください!」と叫んだのは誰だったか。


——ご覧の通りのが、いかな世界を救えると?——


 淡く輝く魔法陣の中央にいたのは黒髪の小さな女の子だった。

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