君に彩りを添えて

メラミ

何色でもいい、そばにいるから。

 手紙を渡してから数日後。

 私はヨリト君から連絡を貰い、一瞬慌ててスマートフォンを落としそうになる。

 いつ会おうか。いつなら会える? どこで会おうか。

 そういう単純明快なやり取りに手が震えている。

 一言一句、言葉を間違えないように、打ち間違えないように気を配る。

 やっと面と向かっていつもの普段のヨリト君に会うことができる。

 私は「四人で会ったあの喫茶店で待ち合わせしよう」とヨリト君に返信した。

 彼からの返事はもちろんOKだった。犬の笑顔がグッドサインをしているスタンプであった。

 行き慣れた場所が一番お互いにとって居心地のいい場所になるだろう。

 お互い確信をもって連絡のやり取りを終えることができた。


 約束の日、あの喫茶店はみんなが大人になってからも平常通り営業中だった。

 私は先に店に入って彼を待つことにした。


「ちょっと早く着きすぎちゃったかな……」


 ヨリト君が遅れてくるなんて珍しい気がする。

 ジュンとハツが一緒のときは一番早くきていたのに。


 ――もしかしてジュン君がいたから早くきていたのかな?


 ふと、ハツの隣にいた清楚で純朴な男を思い出す。ヨリト君の親友だったっけ。

 彼はヨリトの親友に相応しいだなんて、私が言えた義理じゃないけれど。

 ハツの結婚式でのスピーチをしたヨリト君は誰よりも輝いて見えた。

 私はヨリト君に手紙を渡して思いを告げた。全てを捧げた。

 そして、ついにふたりだけで会えるのである。


 ――なんかだんだん緊張してきた……。


 喜べ自分。狼狽えるな。

 今はヨリト君のことを考えればいいのに。

 店内の壁掛け時計の時刻を見ると、ちょうど十二時を過ぎたところだ。

 待ち合わせ時刻にそろそろなる頃だ。

 カランコロンと店の扉の開く音が聞こえた。


「よっ! 三十分前に店内に入っていたらコーヒーが冷めてしまう〜……とか思ったっしょ」

「えっ!? よ、ヨリト君! びっくりしたあ」


 背後から丸メガネをかけた長身のヨリトが話しかけてくる。

 彼の姿は相変わらずシンプルでサバサバとしている。フランクな話し方。それなのになんにでもなれそうな――七変化できそうな顔立ちは、どこか柔らかくてしゃんとしている。つまり元がいいという意味だ。スタイルだけじゃない格好良さが滲み出ているのである。


「ごめんごめん。脅かすつもりはなかったんだけど。俺もなにか飲もうかな」

「うん、頼んでいいよ。あたし、おかわりしちゃおっかな。ここの喫茶店コーヒーのおかわり3杯まで無料なんだって」

「へー知らなかった。いつの間にそんなサービスを……今度同僚にも教えようかな」


 ヨリトは独り言を呟きながらルイカの向かいに座ると、近くにいた店員を呼び止めてコーヒーを注文する。ルイカも続けてコーヒーのおかわりを注文した。

 コーヒーが運ばれてくるまでのあいだ、私はヨリト君の胸元をただじっと見つめている。

 さて本題は? あの手紙の内容をちゃんと読んでくれたってことだよね。


「…………」


 ――なんか熱い視線を感じる、な……。

 ――そりゃそうだよな。俺がここにきた理由は――。


「ルイカ……改めて手紙ありがとな」

「……うん」


 大学で文学を学んだ私は、ヨリト君のことが好きな気持ちを回りくどい言い回しをして伝えてしまったかもしれないと、ヨリト君に手紙を渡してからしばらくのあいだ不安になっていた。連絡先を記しただけで連絡がくるかどうかもわからない。そんな不安に苛まれるも案の定、二、三日経ってからヨリト君から連絡がきたのだ。

 そして今に至る。ヨリト君の気持ちを私は待っている。


「えーと、その……俺もあのあと、ちゃんと考えた」

「……うん」


 私は息を呑んだ。彼の返事を待っている。

 ヨリトもなにかいうのをためらっている様子だった。

 彼が口を開いたところでコーヒーがタイミング悪く運ばれてくる。


「お待たせしました。キリマンジャロコーヒーとブレンドコーヒー、両方ともホットになります」

「――っ……ど、どうも」

「……」


 店員があいだに割って入ると緊張感が少し和んだ。私は呼吸を整える。


「あ、あのさ、ヨリト君はさ。役者なんだよね……」

「お、おう。なんだ急に……?」

「あの手紙、告白のつもりだったんだけど、もう一つ伝えたいことがあって――……っ!」

「――落ち着けって、ルイカ」


 さっき呼吸を整えたはずなのに、どうしようもなく落ち着きがなくて急に喋り始めた私はヨリト君に止められた。

 ヨリト君は私の目をしっかり見てくれた。ちゃんと見つめてくれた。

 目と目が合った瞬間、胸騒ぎがした。舞台に立つ彼の姿以上に彼が眩しかった。

 光が心を刺すような気持ち。


「俺も……お前のこと好きだから」

「――っ!」


 その言葉は単純で簡素なものだけれども、それ以上に好きな相手からもらった大切な言葉だった。心の底から嬉しい。もどかしい。

 平素な顔をしてその言葉を話す彼がとても愛おしい。


「その……ああいう難しい舞台上の俺とは別だと思ってくれて全然かまわねぇんだけど。さっきルイカが言いたかったことって……なに?」

「あたしね……ヨリト君は何色にでも染まれる人なんだって思ってる」

「何色にでも染まれる? それって褒めてる?」

「うん! だからあたしずっとヨリト君のそばにいたいの」

「――……っ!」


 ヨリトは耳を赤くして、照れ臭そうにピアスを弄る。

 私はコーヒーを一口啜ると、ヨリトもつられてキリマンジャロコーヒーを飲んだ。

 ここの喫茶店は昔から馴染みのある定番のジャズが流れている。

 ヨリト君のプロポーズの言葉は心地のいい店内のBGMと共にさらりと流れていった。


 ――俺もお前のこと好きだから。


 私の脳内で繰り返されるヨリト君の言葉。

 コーヒーを飲みながら誤魔化したくなる大切な言葉。

 同じくヨリトもコーヒーを何回も口に含んでは、ルイカの熱のこもった言葉に動揺を隠しきれていない。

 お互いコーヒーカップをソーサーに置く。


「と、とにかくこれから俺はお前と付き合いたいんだ。わ、わかった?」

「もちろん! ヨリト君、これからもよろしくお願いします」


 正しい返事はこれでよかったのだろうか。お互いに確信を持てたのだろうか。

 これでよかったんだと、私は確信を持てた。

 ヨリト君もさりげなく、何気なく私に面と向かって「好き」だと伝えてくれたから手紙からの告白は成功したと言ってもいいんだと思う。

 一緒に店内を出た後、私はヨリト君に手を繋いでアピールをされていた。

 片手をぱっと差し出してきたので、私は迷わず彼の手を繋いだ。

 舞台の上で七変化をする君の姿は、誰よりも輝いて見えるから。

 何色にでも染まれる彼のことが私は大好きです。


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