キミコ

@tsutanai_kouta

第1話


菅原が会社を出ると雨が降っていた。

空を見上げ溜め息をついたが、憂鬱ゆううつなのは

天候だけが理由ではなかった。


菅原は手の中のスマホに視線を落とし、

もう一度、溜め息をつき、電源を入れた。

予想通り異常な量の着信、メッセージが

届いている。全て1人の人間からのものだ。

─と、スマホが鳴る。聴き慣れたクラシックの着信音がデスメタルに感じた。

電話に出ると…


「遅い! 退社時間になったら電源入れろよ! すぐ○○駅まで来い! 20分以内な!」


と怒声が響き、電話は切れた。

電話の相手は小池 君子。一応、まだ菅原の彼女である。仕事中も数分おきに連絡してくる君子に対して「会社で勤務中はスマホの電源を切るというルールが出来た」と強引な嘘をつき、会社に居る間は君子を遮断しゃだんすることに成功していた。


菅原はタクシーに乗り込み、白髪頭の運転手に「○○駅まで」と行き先を告げると、君子からの大量のメッセージを手早くチェックし始めた。1つ1つの内容は見なくともパターンは分かっている。

まず『会いたい』などの甘えから始まり、次に『何故返信しない』の恨み言になり、激しい罵倒ばとう恫喝どうかつを経て、『ごめんなさい』『嫌いにならないで』と泣きが入り、最終的に『死ね』とくるのだ。


だが今回は少しパターンが違った。

泣き言以降、文章ではなく画像がいくつか届いている。手ブレしていて明確な画像じゃない。なんだか凄く不穏ふおんなものを感じた。


画像を凝視ぎょうししようとスマホを顔に寄せた時、運転手が「えっ…!」と声を洩らした。思わず顔を上げるとタクシーの前方50メートルほどに目的地の駅とロータリーが見えた。距離があり、多くの人が行き交っている場所なのに、不思議と君子の姿は鮮明に見える。いや、君子だけ周囲の人間よりひとまわり大きく見えるような…。


次の瞬間、運転手は急激にハンドルを切り、無理やり反対車線にタクシーを移動させた。慣性で菅原は車窓に叩きつけられてしまった。打ちつけた頭をさすりながら運転手を見ると、運転手は強張った顔で「ヤバい」「ヤバい」と繰り返している。


会話できる感じではないが、それでも目的地から遠ざかる一方なのはマズい。あとで君子が荒れ狂うさまを想像したら、このままにしてはおけなかった。


菅原は勇気を振り絞り、

「なんで駅から離れてるんですかっ!?」

と聞いてみた。


運転手は信じられないものを見るように菅原を一瞥いちべつすると「あんたアレが見えなかったのか!? マジで言ってんのか!」と怒鳴った。


(アレ? なんだ? 運転手には何が見えたんだ?)


菅原は、もう一度スマホを見た。

ブレた複数の画像を見つめ、それが何を撮影したのか理解できた瞬間、スマホを放り投げてしまった。


それは君子が自ら手首を切り裂き、大量の血がしたたり、床の上に大きな血だまりが出来る様子が断片的に撮影されていた。


画像が送られてきたのは今から2時間も前であり、その出血量を見て菅原は君子がすでに亡くなっていることを確信した。


呆然としながら菅原が後ろを振り返るのと運転手がバックミラーを見たのは同時だった。そして2人は同時に悲鳴をあげた。



かつて君子だった“モノ”は、獣のような

四つんいで車に迫っていた──。





 ─了─

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キミコ @tsutanai_kouta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ