~お人形のご主人さま~
屋根はできた。
じゃぁ次は壁、ということで。
「石で家の壁を作ろう」
と、ボクは湖岸にあるたくさんの石を集めてベッド付近に並べていく。
最初に土台になる大きめの石を並べていって、その上に少し小さい石を積んでいくような感じかな。さすがにお城の石垣みたいなのは作れないだろうけど。
「んぅ?」
しかし、その計画はいきなり頓挫する。
頓挫?
「頓挫ってどういう意味だっけ」
『計画や物事の進行がくじける、という意味です』
「くじけるでいいの?」
『検索するとそう書いてあります。私の記憶違いではありません』
そう言われてしまったら、そうなんだろうなぁ。
と、思うしかない。
いや、インターネットに載っている全てのことが正しいとは限らないけど。でも、言葉の意味程度なら間違いが載っている可能性も低いだろう。
というかAIが検索て。
「語句ぐらい網羅しているのかと思った」
『他の国とは違い、日本語の習得には時間を要します』
それはまぁ、そうか。
AIにとっては、日本語は微妙に扱いにくいのかもしれない。
『そもそも言葉は変化するものです。時代に付いていくのはやっとなので候ござる』
ぜったい間違ってるよね、その言葉遣い。
『冗談です。英語で言うとアメリカン・ジョーク』
合ってるような、間違ってるような?
「いやいや、そんな現実逃避をしている場合じゃない」
石を積み上げて壁にするという話だが……湖岸にある石はどれも丸い。どこからか流されてきた設定なんだろうか、角が取れた丸い石ばかりで、角ばったような石は無い。
一段目の土台になる石は、それこそ地面に埋めるような感じで並べたので問題は無かったが、その上に積む二段目からが問題だった。
言わば、楕円形の上に楕円形を並べるというか。大げさに言えば、卵を積み上げるような物。
どうやってもグラグラになってしまう。
「二段程度なら問題ないけど、これを壁のように積み上げるとなると……」
ぜったいに崩れてしまう。
失敗が目に見えているのに挑戦するのは、無謀というよりもアホの領域だ。
「でも、壁は絶対に欲しい」
さてどうするか。
「セメントは無理だし……いや、でもセメントがないと崩れるし……う~ん。セメントみたいな物……」
ボクは考えながら礫器を地面に突き付けた。
何か良いアイデアが浮かばないか、と地面をガシガシと掘っていく。そのうち、土の山ができていった。
「いっそのこと土で壁を作る? 土壁ってあったよね。え~っと……あれって粘土っぽい……粘土? 粘土があった!」
そうそう、粘土!
粘土があれば、石が崩れないように固められるし、なんならお皿とかも作れるんじゃなかったっけ?
「よし、とりあえず――掘るか」
粘土って赤土みたいなヤツだったはず。とりあえず近くの地面を掘るとして……
「ついでだ、竪穴式住居にしよう!」
壁を高く積むのは大変だから、少し穴を掘って、そこを壁の代わりにすれば一石二鳥になるはず。
壁と穴、半分ずつで燃費がいいと思う。
掘った場所から粘土が出てきたら、もっとお得だ!
「おっしゃぁ!」
方向性は決まった。
というわけで、ボクはベッドを解体して屋根の下に当たる部分をガシガシと掘っていった。
更に、掘った土を並べた石に被せるようにして、より一段目の土台を安定させる。堤防の小さいバージョンみたいな感じかな。
そのままガンガンと地面を掘っていくと、土の色が変化した。
「もしかして粘土?」
鑑定!
鑑定士のスキルを使います!
じ~っと見るとウィンドウが表示されて――
「やった、粘土だ!」
名称こそ『赤みがかった土』となっているけど、説明欄には『少し粘り気のある土。用途が豊富にある』と表示されている。
これぜったい粘土だ!
というか粘土っていう名称も出してくれないのかよ、この鑑定スキル!
「でも運がいい。日頃の行いの良さが出てるのかも」
『不確定な要素です。運のパラメータが影響していると考えるのが通常では?』
「え、そうなの?」
まぁ、確かにゲーム世界なのでそういう要素もあるのかもしれないが。
「でもリアルラックでしょ、これは」
もしも運のパラメータがあるのなら、そもそも何のスキルであげられるのやら。
巫女? 僧侶? 神官?
もしくは、良く天に祈るということでギャンブラー?
そういう意味では、街にはカジノとかあったりするんだろうか。
ギャンブルスキルをあげて、ポイントとか稼げば……まぁ、配信受けはしそうだし、そういうプレイヤーがいてもおかしくはないよね。
もしくは、他人にポイントが譲渡できるのなら、そういう勝負をするのもアリかもしれない。
「ボクには無縁だけど」
なにせ、こんな誰もいないところでひたすら穴を掘って石を積み上げているだけの配信だ。
誰が見てるんだ?
早送りでもなければ、ひたすら地味な作業が続いている。
「うへ~」
結局、石を運んで二段目を粘土で固めたところでその日は終わってしまった。
「あ~……ありがとう、シレーニ」
泥だらけになった手を洗いに湖に行くとシレーニが魚を獲ってきてくれる。ぱくぱくとシャボン玉の泡が空へと昇っていく。
なんか言いたいことがあるのかな、と湖に顔を近づける。
「お疲れだね。充分に休んでね」
そう聞こえてきた。
「ありがと。魚、大切に食べるよ」
にっこり笑って、シレーニは深くもぐっていった。
実際のところHPとかスタミナゲージは減っていない。最大値が削られるようなことも無いのだが、精神的な疲れはアバターに影響するのかもしれないな。
なんて思いつつ、魚を食べてその日は寝た。
翌日――
「ポイントは……やっぱり減ってるか」
配布されたポイントは1680だった。
なんと前日の約5分の1……ぐらい?
めちゃくちゃ減った。
「やっぱり脱ぐべきなのか……」
いや、しかし――なんというか、こう、プライドのような、羞恥心というか、え~っと、その……
『おはようございます、ムオンちゃん。どうしました?』
「シルヴィアは脱いだ方がいいと思う?」
『はい。スカートが土で汚れているのが、たいへん気になります』
「う……」
ごもっともな提案だった。
しゃがんで作業することが多く、スカートに慣れてないので地面に擦れていることが多い。確かに、土で汚れてしまっている。
「仕方がない」
別に全部は脱がなくていいよね。
というわけで、この日はスカートだけ脱いでぱんつ丸出しで作業をした。ちゃんとスカートは水で洗って干している。
ベッドルームの屋根から長めの枝を立てかけて、物干し竿にした。
スカートがひらひらと風に揺れている。
なんという演算処理の素晴らしい風景か。
あと、女の子のスカートが干してある風景というものが素晴らしい気がする。
うん。
洗剤もそのうち欲しいよね。
「よし」
朝食を食べてからは作業の再開だ。
石を積んでは粘土を掘って、並べて、水を付けたりして整えて、とかやってると――
「……飽きた」
『途中で投げ出すのは悪手ですよ』
「そうだけどさぁ。あ~、なんか別のことがしたい」
ボクは水で練るようにして固めた粘土をぐにぐにといじり、適当な形で伸ばしていった。そういえばシルヴィアが人形か何かがあれば、こっちに来れるみたいなこと言ってたっけ。
よし。
適当に体を作って……頭と手足を棒みたいに伸ばしたのをくっ付けて……
「できた!」
『なんですか、それ』
「シルヴィアの体」
AIも、バカにしているのですか、と怒ったりするのかな、と思ったら――
『良いですね。ちょっとそこに置いてもらえますか』
「え?」
いいの、これで?
半信半疑のまま、言われたとおりに粘土を置く。人形っていうよりも、四角い物に丸と棒をくっ付けただけのような物。
逆にこれが動くと不気味で怖いのだけど……
『わたしのデータをその子に送ります。インストール中は電源を落とさないでください』
「粘土の電源ってどこだよ」
『気分です』
なんて言っている間にもキラキラと粘土人形が光る。まるで天から光が降りてきているような……神さまでも降臨するんじゃないか、みたいな雰囲気。
そのまま粘土を見ていると、ぐにぐにと自動的に動いて――段々とシルヴィアの形になっていった。
ただし、小さいけどね。
まるで自動的にフィギュアができあがるようにして、シルヴィアの形となった。ちょっと変わった3Dプリンターを見ている気分だ。
色は茶色いままで、粘土そのもの。
「これって色はそのまま?」
ここまでディティールが細かく作れているのだから、色も欲しい。
『今からテクスチャを貼り付けます』
そんなことできるのか。
なんでもありだな。ゲームマスターだし、シルヴィアに関して言えばチートし放題だから、当たり前といえば当たり前だけど。
髪の毛の銀色から肌の色、そして服の色が貼り付けられていき――シルヴィアの体が完成した。
ちょっとしたフィギュアだ。
飾るだけでも、いいかも。ベッドルームに置いておくと良さそうだな。
そう考えると、別衣装バージョンとかも欲しい。
定番のメイドさんとか、バニーとか。
なんて思っていると、シルヴィアのウィンドウが消えて……パチパチと粘土シルヴィアがまたたきをして、目を開けた。
「えぇ!?」
「どうしました、ムオンちゃん」
うわぁ、口が動いてる。
というか、声までするんですけど……?
え、スピーカーとか粘土の中に内臓されてるわけ?
「どうしたもこうしたも……マジで?」
「マジです」
ちっちゃいシルヴィアが、いえーい、とピースした。
「すごい。ちゃんと指先までディティールが細かい……爪まで作ってある」
「触ってもいいですけど、スキル【セクハラ】が解放されますよ? もちろん、最初の一人目であると輝かしい称号が手に入ります」
「うげ」
そのスキルは持っているとかなり恥ずかしい……
「嘘ですけどね」
「嘘なのかよ!」
相変わらずAIのくせに嘘をつく。
「さぁ、ムオンちゃん。命令をしてください。なんでもできますよ!」
「じゃぁ、魔物を倒してきて」
「分かりました。勝率は0%ですけど、よろしいですね? 無残にバラバラにされる私の姿を配信して、リョナ勢を喜ばすニッチな配信を目論むとは天才ですね」
「あぁ、ごめんなさい!」
さすがに勝てるわけないだろうし、ちっちゃいシルヴィアが魔物に蹂躙される様子は見たくない。
というか、なんだよその配信者。
天才じゃなくてサイコパスだよ……
「じゃぁ、他の命令を……」
と、言われてもな。
石を運ぶのも、土を掘るのも、この小さい体じゃ無理だろうし。木の実を集めるのも効率が悪そう。
応援してて。
という命令はさすがに虚しいし。
「粘土でなんか作って」
妥協案的な命令をしてみる。
「了解です。お皿でも作りましょう」
「あぁ……!」
そういえば、粘土って焼いたら固まるんだっけ。
でも、かまど……じゃなくて、登り窯? なんかそういうので焼く必要があるんだよな。
温度が足りないか。
でもやってみるのは面白そう。
「よし、シルヴィア。粘土でお皿を作ってくれ」
「了解しました」
シルヴィアがそう答えた瞬間――
『おめでとうございますシズカ・ムオン。あなたは世界で初めて【ドール・マスター】の称号を得ました。以後、配信ポイントに特別ボーナスが加算されます』
無機質な音声でシルヴィアの声が響いた。
目の前のフィギュア・シルヴィアじゃなく、ゲームマスターの方だ。
「ドール・マスター?」
「はい。スキル【ドール・マスター】。お人形のご主人さまですね。なんと倒錯的なスキルなのでしょう。あ、今のムオンちゃんはお人形遊びをしていても問題はありませんね。見た目は大丈夫です」
良かったですね、とシルヴィアが笑う。
「ボクの中では、充分に倒錯的だけど?」
これでもいい年齢の大人の男なので。
「はぁ~」
まぁ、いいや。
「ボクは引き続き壁を作るから、シルヴィアはお皿を作ってね」
「それは心の壁でしょうか。ならば私も心のお皿を作らねば」
「真面目にやってください」
「がんばります」
気合いを入れるAI。
果たしてこの【ドール・マスター】スキルは当たりかハズレか。
やっぱりスキルレベルを上げるのが怖い。
なんにしても。
人手ならぬ人形手が増えたことを喜ぼう。
「よし、ボクも頑張るぞ」
ぱんつ丸出しで、なんともマヌケな姿だけど。
壁造りを再開するのだった。
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