Vtuberゲームワールド転生 ~配信ポイントでスキル補正スローライフ・サバイバル~

久我拓人

~Vtuber転生~

『――以上で説明を終わります。それでは皆さま、良いワールド・クリエイトライフを』


 何がなんだか分からないまま。

 ゲームマスターを名乗る少女の説明は終わった。

 周囲は騒然としている。

 当たり前だ。

 いきなり過ぎるし、説明されても訳が分からなかった。

 そもそも、自分の体がどうしてこんな事になってるのかも分からないのに。

 ボクは呆然とした感じで少女の説明を聞くことしかできず、状況を把握するのに精一杯……いや、状況すらひとつも理解できなかった。

 だって。

 ボクの身体、女の子になってるし!

 柔らかいし!

 なんなら、まわりにいる人たちみんな、Vtuberの姿をしているし!

 どうなってるの!?

 そこを説明してよ!

 そもそも、ここってどこなの!?

 と。

 そう叫ぼうとした瞬間――


「ッうわ!?」


 体が浮いた。

 違う。

 真っ暗だった部屋の中の、地面が無くなった!


「――シズカくん!」


 名前を呼ばれた気がして、ボクはそっちを見る。

 妖精みたいな姿をした女の子が、ボクに向かって手を伸ばしていた。ちょっとぬいぐるみっぽい感じがしたVtuber……どこかで見たことがある。

 ボクは手を伸ばした。

 でも。

 そんな女の子の手を取れるはずもなく――取ったところで助かるはずもなく。

 ボクたちは、落ちていった。


「うわあああああああああああああああ!?」


 いったい自分に何が起こっているのか、そもそもここはどこなのか――何も理解できないまま空から落とされる。

 空?

 じゃぁ、今までボクたちがいた真っ暗な場所は空の上だったのか?

 もしかして天国だったのか?

 ボクらは死んでしまったあと?


「ひいいいいいいいいいいいいい!?」


 風が顔に当たる。

 その冷たさと痛さと落下の怖さが、これが夢じゃないってことを痛いほど伝えてきた。

 だからこそ、より一層と恐怖がせまる。

 落ちてるってことは、重力があって、つまりその先には地面があるってことだ。

 遥か下方に見える世界。

 広かった。

 陸地があって、山があって、海も見える。

 でも。

 日本じゃない。

 どこか知らない島だ。

 まるでゲームの世界で見るような。

 そんな島が眼下に広がった。

 大平原とも言える場所には川があって街のような物もある。お城もある。道が続いていて遠くには海もあるし、森もあるし、山もあるし――


「えええええ!?」


 と、声を出したところで風の音に掻き消された。

 驚いた声をあげたのは、きっとボクだけじゃないはず。

 だって――

 だってだって!


「ドラゴン!?」


 山が見える方角から赤黒い色をした巨大なドラゴンが飛んできた!

 リアルっていうか、アニメを見ているみたいな印象だ。恐ろしくクオリティの高いアニメ。まるで超絶作画を見ているような気分になる。

 真っ赤なドラゴンは、凶悪な黄金色の瞳がこちらを睨みつけて、落ちていくボクたちに向かって咆哮するように口を開いた。


「ひいいやあああああああ!?」


 落ちる恐怖と食べられる恐怖。

 そんな一生のうちに同時に感じられるはずのない恐怖を同時に味わい、ボクはもう悲鳴をあげることしかできなかった。


『クエスト【レッドドラゴン討伐】が開始されました。メインクエストに設定しますか?』


 そんな時に目の前にウィンドウが現れて、さっきのゲームマスターを名乗る女の子の声が聞こえてきた。

 ご丁寧に文字付き。

 ハイとイイエの選択待ち状態。

 ええい!

 こんな時に何を言ってるんだ!

 という文句を言いたかったけど、迫ってくるドラゴンがいてそれどころじゃない。

 何より、こっちは落ちてるんですけど!?

 そうこうしていると、ドラゴンが落ちるボクたち目掛けて飛び込んでくる。まるで体当たりをしてくるみたいだ。

 でも、目の前に表示されてるウィンドウのせいで上手く状況が見えない。ウィンドウぐらい透過設定にしておいてくれ! 不親切!

 とにかく前が見えないのでウィンドウを消したい。


「い、いいえ!」


 と、叫んだ瞬間――


「ぐえっ!?」


 まるで後ろから襟首を思いっきり捕まれ、引きずられたように喉が締まった。ウィンドウは消えたみたいだけど、衝撃と苦しさで視界がブレる。

 なんだ、何が起こったんだ!?


「え……えぇ!?」


 苦しさと衝撃がおさまり、目を開けると――巨大なドラゴンの足があった。どうやらボクの服――セーラー服の上着がドラゴンの足にある鱗か何かに引っかかってしまったらしい。

 翼が空気を打つ音が聞こえ、ボクの身体は落下移動から水平移動に変わった。

 みんなが落ちていくのが見える。

 そこからドンドンと引き離されていった。

 あぁ。

 空を飛ぶのってこんな光景なのか……


「いや、そ、そうじゃなくて――!」


 さっきドラゴンの討伐がどうのこうのって表示されたよね。

 つまり、このドラゴンは敵ってこと?

 そうなると、このままではいずれ殺されてしまうのでは!?

「やばい!」

 逃げないと!

 ボクは慌てて体を揺らした。どこへ向かっているのか分からないけど、このままでは確実にドラゴンと向き合うことになってしまう。

 ジタバタとボクはガムシャラに腕や体を動かした。

 もともと鱗に引っかかっていた程度なので、それですぐに服が外れたらしい。


「あ」


 ボクは再び地面へと向かって落ちていった。

 助かったのか、助かっていないのか。

 もう何にも分からない。


「ひいいいいいいいえええええええええ!?」


 叫ぶことしかできず、どんどんと近づいてくる地面が見えて、恐怖がせり上がってくる。

 そこに見えるのは森。

 大きな森が近づいてくる。

 いや、近づいてきてるんじゃなくて、ボクがどんどんと落ちていってるんだ。

 死ぬ。

 わけが分からないまま、ボクはこのまま落下死する!


「ぁぁぁぁあああああああああ!」


 もう叫ぶことしかできなくて。

 アッと言う間に近づいてくる森の中に――水が見えた。

 池?

 湖?

 違いってなんだっけ!?

 ボクはそのまま森の中にある湖の中へと落ちた。

 衝撃でもみくちゃにされたみたいで、どうなったのか分からない。

 でも痛みは――無い。


「がぼ、ごぼ、ぼばばばばばば」


 助かった!

 生きてる!

 良かった!

 運がいい!

 で、でも!

 でも、お、泳げない!

 どうしたら!?


「がばあぼばばばば!」


 叫んだところで、声は声にならなかった。

 それどころか目の前に酸素ゲージなんてものが表示されて、それがみるみる減っていってしまう。

 息苦しさなんてものは感じてないけど、やばいやばいやばい!

 ゼロになると窒息してしまうのは明白だ!


「がぼぼぼ……ごぼ!?」


 青く透き通るような綺麗な水の中、突然視界の中に何かが入ってきた。

 ゆらゆらと揺れる……髪の毛? ピンク色の鮮やかな髪の毛がゆっくりと近づいてきた。

 なんだ、と思ったら――それは人魚の少女だった。

 長いピンク髪を揺らし、エメラルド色みたいな足……足? ひれ? とにかく、魚の下半身をくゆらせながらボクへと近づくと、そのまま抱きかかえるようにして浮上してくれる。

 酸素ゲージがなくなる――!

 はやく、はやく!

 そんな願いを聞き届けてくれたのか、人魚の女の子はボクを水面へと連れて行ってくれた。


「――ぷはぁ! はぁ、はぁ、はぁ!」


 息ができた……!

 助かった!


「あ、あっちまで、連れてって」


 湖の真ん中に置いていかれるわけにもいかず、ボクは人魚の女の子にしがみついた。

 こくこくこく、とうなづいてくれる人魚の女の子。

 ちゃんと言葉が通じて良かった。

 と、同時に画面にまたウィンドウが表示される。


『クエスト【人魚のお願い】が開始されました。メインクエストに設定しますか?』


 またゲームマスターと名乗った女の子の声が聞こえた。


「い、いいえ」


 とりあえず前が見えないので、ウィンドウを消しておく。

 そうこうしている間に湖岸へと近づいてきた。

 足が付くようになって、なんとか四つん這いの状態まで水がかぶらないような位置まで人魚はボクを運んでくれる。


「はぁ、はぁ……た、助かった……」


 ボクはそのまま這うようにして湖からあがると、振り返った。

 人魚の女の子はボクがちゃんと水から上がれるのを待ってたみたい。


「あ、ありがとう!」


 ボクの言葉が聞こえると、人魚はこくこくとうなづいて――ちゃぽん、と音を立てるようにしてまた湖の中へともぐっていってしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……そ、それにしても――これがボクの声?」


 ボクから女の子の声がしている。

 まるで声優さんみたいなカワイイ声だ……

 ボクは間違いなく男だったわけで。

 それが女の子の声に……なっているどころか――


「うわぁ」


 四つん這いで湖を覗き込む。

 水面に反射した自分の顔は――かわいいかわいいVtuberの姿だった。

 いや、うすうす感じてたけど。

 セーラー服を着ている時点で、そうだとは思っていたけど。

 改めて自分の姿を見ると実感してしまう。


「ボク、Vtuberになってる」


 美少女、と自分で言ってしまうのはどうかと思うけど……でも、ボクが依頼してデザインして描いてもらったヴァーチャルの肉体であり、アバターであり、それが僕自身になっているのは間違いない事実だ。

 なにより夢じゃないっていうのはイヤでも分かっている。風もにおいも水の冷たさも光の加減も森の静けさも、すべて現実的な感覚がある。

 まるでアニメのような世界。

 そう。

 どうやらここは――


「ワールド・クリエイトの世界……」


 世界の名立たる有名ゲームメイカーが集って作り上げられた新作ゲーム。

 ワールド・クリエイト。

 大規模没入型MMORPGともリアル系異世界生活RPGとも呼ばれていた、まったく新しいゲーム。なにをするのも自由という触れ込みだったし、なんでも出来る、というプロモーションも見た。

 その結果が――これ?

 いやいや、新し過ぎるでしょ……

 ゲーム世界に入ってしまうなんて……


「そんな馬鹿な」


 ともかく、そのゲームの中……という話……らしい。

 あのゲームマスターと名乗る銀色の少女の話が事実であれば――なんだけど。


「ど、どうしよう」


 本来なら、みんなと同じところに墜落するはずだった。

 水の中に落ちたから生きてるんじゃなくて、たぶん最初の落下だけダメージが無い設定になってるんじゃないかな。

 けど、運悪くボクはドラゴンの鱗に引っかかってしまって、こんなところに運ばれてしまったわけで。

 クエストウィンドウが邪魔で見えなかったけど、真下には街みたいなのが見えた。たぶん、あの街が拠点になるはずだったんだよね。

 でも、ボクは強制的に大移動してしまった。

 こんなところで、ひとりぼっち……


「はっ!」


 呆けている場合じゃない。

 よく見たら服が濡れてる。

 それってつまり、ゲームの中でも濡れるという判定があるわけで。リアル系だって言うのなら、このままでは低体温とかそういうステータス異常になる可能性が高い。

 そうじゃなかったとしても、濡れて張り付いている状態は動きにくいので脱いだほうが良い。

 何がなんだか分からないけど、とにかく街から離れてしまったのは確実だから、サバイバルをしないといけない。

 確か、服が濡れたままだと数時間で死ぬとか危ないとか、そういうのを聞いたことがある。

 漫画で読んだことがある。


「簡単な、衣装にしてもらって……良かっ、た、っと」


 お金が無いし、キャラデザを要望できるようなセンスはボクにはない。だから、キャラデザをしてくれる絵師さんには、シンプルで、という注文をしたのを覚えてる。

 普通にカワイイ学生の女の子っていう感じなので……服も真っ黒なセーラー服。でも、本当に可愛く描いてくださったので、絵師さんにめちゃくちゃ感謝の感想を送ったのを覚えている。

 まさか今、自分の体になるとは思ってもみなかったけど。

 でも。

 どうやって脱げばいいのか分かんないような複雑なデザインじゃなくって良かったぁ~。

 なんて思いながらもセーラー服をすべて脱いで、設定どおりだったシンプルな下着も全部脱いで――全裸になった。


「あははは……いいのかな、これ」


 うわぁ。

 完全に女の子の体だ……えぇ~……うわぁ……こんなふうになってるのか……へ~……

 なんて思っていると――ぱぱぱぱーん、という音楽と共に、ボクの体がうっすらと光った。


「なになに!? レベルアップ!?」


 謎の光に驚いていると、再び目の前にウィンドウが表示される。


『おめでとうございますシズカ・ムオン。あなたは世界で初めて『ヌーディスト』の称号を得ました。以後、配信ポイントに特別ボーナスが加算されます』

「……え?」


 配信?

 配信っていうと、その、Vtuberの配信……ってことはつまり……

 ボクの姿って、リアルタイムで……見られちゃってるわけ?


「え、え、ええええええええええええええええええ!?」


 ボクの悲鳴にも似た絶叫が、森の湖に響いたのは。

 言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る