一途な「あの人」が好きでした

 私は、よく「あの人」に恋愛相談をされた。

 あの人というのは私が片思いをしている同じクラスの男子だ。

 彼と私は友人で、席が近いこともあって、よくお喋りをしていた。

 クラスの中では割と、彼と仲が良い方だと思う。

 彼とお喋りをする時間が楽しくて、隣に居られるのが嬉しくて、私はずっと浮かれていた。

 仲良しの関係が崩れるのが怖くて、側に居られるなら、もう少しこのままでもいいやって思っていた。

 そしたら、彼に好きな人ができた。

 いや、それは少し違うか。

 彼には元々好きな人がいて、その子は私とそれなりに仲が良い女友達だった。

 時折、匂わせてはいたんだ。

「———さんって、恋人いるの?」

 とか、

「———さんって、好きな人いるのかな?」

 とかさ。

 今思えば露骨だね。

 それでも、私は気が付かないふりをしていた。

 そして、ある日突然「気になるあの子」の相談を受けて、嫌な事実を目の前に突き付けられる羽目となったわけだ。

 私に近づいたのは「あの子」の情報を得るためだったのか。

 しょうもないキーホルダーなんてプレゼントしやがって。

 その気がないなら寄こすなよ。

 あの日、目が合って笑ってくれたのは、赤くなった頬は、ただの気のせいだったのか。

 家に帰って泣きながらシャワーを浴びていた私は、そんな怨恨と苦痛を嗚咽に混ぜ込んで吐き出した。

 ある程度は気持ちが落ち着いた今でも、人気が無い教室で真っ赤な顔になって、

「大事な話があるんだけど」

 と、話を切り出したことだけは許せないな。

 普通は勘違いするよね。

 告白されるんだって。

 あの一瞬で浮かれて、そこから一気に突き落とされてしまった私の心臓を労わってほしいよね。

 表情を崩さずに、そのまま恋愛相談に応じた私の演技力を表彰されたいな。

 あの日の浮かれた自分を消してしまいたくなるよ。

 それでも私は相談を受け続けた。

「あの子」の話でもいいから彼とお喋りをし続けたかったんだ。

 もしかしたら、碌に接点の無い「あの子」のことは諦めて私を見てくれるようになるかも、なんてバカみたいな願いがあったことも認めるよ。

 でもさ……

 好きな人の好きな部分というものは、いつまでも見ていたいものだと思うけれど、恋愛相談で挫けず「あの子」を追い続ける彼の一途さを見せつけられるなんて、そこに愛おしさを感じてしまうなんて、酷い皮肉だ。

 おかげで、私の心は抉られきってボロボロだ。

 きっと穴が開いて風が吹き抜け、ヒュウヒュウ鳴っている。

 治せるのは彼しかいないのに、彼はこっちを見てくれない。

 救急救命士もかかりつけ医も不在だ。

 私から見て彼は結構酷い奴なんだけれど、私たちの恋がマンガにでもなって主人公が彼か「あの子」になるなら、きっと悪役になるのは私の方だ。

 容易に想像がつく。

 だって、叶わないことを知っていてメインヒーローにくっついている片思い女性なんて、ウザいだけでしょう?

 それでも、「あの人」と「あの子」がくっついてからはちゃんと諦めて、意地悪もちょっかいもかけていないから、ただの可愛そうな失恋者として同情票は得られるかな?

 いや、薬にも毒にもならない、パッとしない子として忘れられちゃうだけか。

 こちらも容易に想像がつく。

 まあ、これは現実で物語なんかじゃないから、そんなことを考えても仕方がないのだけれど。

『薄情者……』

 私は、休み時間になると隣のクラスにいる「あの子」に会いに行く「あの人」を眺めて、溜め息をついた。

 彼らが付き合ってから、私は「あの人」と挨拶以外の言葉を交わしていない。

 というか、彼は授業や掃除の時間以外の全ての時間を彼女につぎ込んでいるから、多分クラスの誰とも碌に会話をしていない。

 ハハ……ほんと一途だね。

 そういうとこ、まだ好きだな。

 机に突っ伏して実にならない恨み言を咲かせていると、トントンと肩を叩かれた。

 彼かな? って心臓をはね上げた私の思考回路を誰か壊してほしい。

 私の肩を叩いたのはクラスメートの男の子で、たまに少しだけお喋りをする知り合い以上友人未満の人だった。

 放課後、話があるから一緒に帰宅してほしいらしい。

 私は多分、恋愛脳だ。

 彼の頬が真っ赤に染まっているのを見て、恋愛関係だろうなと思った。

 「あの人」のように恋愛相談を持ち掛けてくるのか、あるいはストレートに告白か。

 共に帰宅しながら、どっちだろうかと言葉を待って、彼から出て来たのは愛の言葉。

 告白の方だった。

 言葉は「———さんが好きです。付き合ってください」と非常にシンプル。

 けれど、真っ赤に染まる目元と可愛い笑顔に心が惹かれて胸が鳴った。

 私、きっと惚れっぽいんだね。

 彼と「あの人」は随分と違う人なのに、こんなに心臓が暴れて顔が熱くなるんだから。

 心が揺れるんだから。

 一途な「あの人」が好きな私は、一途に「あの人」を愛していたわけじゃなかったのか。

 まあ、「あの人」は私の一途な想いなんて一ミリも望んじゃいないだろうが。

 きっと、ドブに捨ててほしいとすら思っているはずだ。

 そんなことをツラツラと考えて、気がついたら、私は彼を振っていた。

 初の恋人を作るチャンスだったのだが、たいした後悔も無く振っていた。

 その瞬間、ああ、私は思ったよりも一途だったのかな? そして、ちょっとだけ綺麗だったのかなって、そんな独り善がりを脳に浮かべ、ホッと安心した。

 まあ、そんな自分勝手さが嫌いで、同時に嫌悪するのだが。

 私は苦笑いを浮かべ、フラれて涙を流してしまう彼の背中をポンポンと撫でた。

 あの日、本当は私もその場で泣いてしまいたくて、そして、誰かにこうして欲しかったから。

 同情して、私は背中をさすった。

『ああ、これ、今、結構残酷な事をしてるんだろうな』

 そう思いながら、嗚咽で浮き沈みする背中を撫で続けた。

 けれど、彼は可愛いね。

 私なら同情すんなって腕を振り払ってやるところだけれど、彼は大人しく撫でられてくれるのだから。

 それでも、心の内では私への恨み言を吐いているのだろうか。

 けれど、それも仕方のないことだ。

 私のために泣いてくれるだけ、きっと御の字なんだろう。

「俺を振ったのは、まだ、———が好きだから?」

 涙でガラガラになった声が、そう問いかけてきた。

 知っていたんだね。

 そっか。

 何となく彼は類友な気がする。

 その臆病さと誠実さに、ほんの少し報いてやりたくなった。

「多分、そうだよ」

 そう返したら彼は余計に泣いて、しゃべれなくなってしまった。

 ハンカチは既に自分の手を拭くのに使ってしまっていて汚れているから、代わりにティッシュを差し出した。

 彼は鼻をかむと今度は真新しいティッシュを数枚重ね、目元に押し当てた。

 やっぱり、使いかけのポケットティッシュ一つでは涙を拭いきれなかったみたいだ。

「ティッシュ、無くなっちゃった。ごめん……」

 彼は小さく謝ると肩を震わせ、嗚咽を漏らした。

 私よりも背は高いだろうに、膝を抱えて泣いている姿が妙に小さく見えて、なんだか抱き締めてやりたくなった。

 けれど、感情の根っこが同情だから止めといた。

 結局、私は彼が泣き止むまで背中を撫でて見守るだけだった。

 やがて泣き止んだ彼はヨロヨロと一人で帰って行く。

 私も帰宅後、何故か泣いた。


 翌日、教室について席に座ると彼が私に話しかけてきた。

 「あの人」じゃなくて、昨日私に告白してくれた方。

 なんでもなかったかのように、まるで親しい友人のような調子で話しかけてくる。

 この人に昨日の記憶は無いんだろうか。

 それとも、私は白昼夢でも見ていたのだろうか。

 首を傾げていると、彼は赤い顔でこそッと耳打ちをした。

 どうやら、背中を撫でて側にいてくれた私の「優しさ」とやらに惚れ直してしまったらしい。

 友達から始めたいのだそうだ。

 そして、いつか振り向いてくれるのを待つのだという。

 中途半端な優しさは雑に相手の怒りをいなし、汚い自己防衛に使われるだけの唾棄すべき卑怯な手段だ。

 そうだというのに、あの残酷背中なでなでを優しさと解釈するとは。

 優しいのは彼の方だろう。

 おまけに随分と一途で誠実だ。

 ……私は、もう少し自分の純粋さ、一途さ、誠実さを信じていたい。

 綺麗だと思っていたいんだ。

 「あの人」以外でもいいんだね。結局、誰でもいいんじゃない? なんて言葉をセルフで投げかけて、回収しきれずに沈むのが嫌なんだ。

 こんな思考からも分かる通り私は自分勝手で、本来、こんなにかわいい人間に惚れられていいような存在じゃないんだよ。

 だから、どうか、これ以上私の心臓を鳴らさないでほしい。

 心臓に工事中の札が立てられて、「あの人」しか治せないはずの穴が急速に彼によって埋められてしまう。

 工事反対のクレームも行政職員の指導も無視して、ネズミや虫の一匹も通れぬ綺麗な心臓へと生まれ変わっていくのを感じる。

 別に、「あの人」への一途はそこら辺にぶん投げてしまってもいいかな、彼に一途でいられればいいのかな、なんて思い始めてしまった。

 本当に、待ってくれよ。

 ああ、もう、こんなチョロい心、百円追加で取れてしまうクレーンゲームの景品じゃないか。

 私は熱いため息を吐いて机に突っ伏した。

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