スケベ先輩

 放課後、少し騒々しい部室で、意地悪な目をした男子生徒が私に問いかける。

「———さんってさ、———のどこが好きなの? まあ、いい奴だとは思うけどさ、正直、パッとしないし、取り柄ないじゃん。あんな奴より、俺の方がよくない? 俺、結構男らしいし、運動も得意だよ。この間も、後輩に手作り弁当渡されちゃってさ、困ったな~。いや~、意外とモテちゃうんだよね~、俺」

 黙れ。

 モアイ像の擬人化如きが、笑わせてくれる。

 お前に比べれば、私の彼氏は国宝級の美を誇っている。

 国宝を扱える鑑定士が私しかいないだけだ。

 便乗した後輩女子が口を開く。

「わたしぃ、彼氏はもう少し男らしい人がいいなあ。———先輩ってぇ、優しいけどぉ、それだけっていうかあ。頼りないしぃ。私の彼氏にはぁ、無しよりの無しっていうかぁ~」

 そのアヒル口を引っ張って、キツツキみたいにしてやろうか?

 汚らわしい山賊が……

 まるで私の彼氏を自分の物みたいに。

 誰が、お前のような校則違反のケバケバメイク女に宝を明け渡すものか。

 私は性格が優しくてかわいい彼と生涯を平和に過ごすから、お前は、このご時世にそぐわぬヤンキー崩れのイキリ男でも引き連れ、屑ニートを養う駄目人生でも送っていろ。

 私は奴らを無視して読書に勤しんでいるわけなのだが、その視界の隅ではモアイと山賊が顔を見合わせ、ね~とウザったく笑い合っている。

 あの岩塩みたいなツラを削ったら楽しいだろうか。

 涼やかな表情の後ろに静かな怒りを溜め込んで、私はイライラとしていた。

 私は元々、口が悪い。

 小学校で習ったチクチク言葉など比にならぬほど口が悪い。

 物心ついた時にはこの調子だが、こんな罵詈雑言を吐き捨てて外を練り歩いていたら、両親、小学校の教職員、PTA、近所の老人たち、ありとあらゆる大人に怒られてしまう。

 そのため、私はあまり言葉をしゃべらぬようにして生きてきた。

 しかし、そうしていたら今度は話すことが不得意になってしまった。

 脳内では流暢に話している罵詈雑言も、実際に言葉にして口から出そうとすると、途端にガタガタに崩れ、

「黙れ! このモアイ像が! このカス! 不細工! 屑! 岩塩! 不細工! モアイ! モアイ!!」

 とか、

「うるさい! ケバ女! アヒル口! 雑魚! 雑魚! 馬鹿野郎! あっち行け! 山賊! 雑魚! 雑魚!!」

 みたいになる。

 自分でもドン引きするほどの語彙力の無さだ。

 これで両腕をブンブンと回しでもしたら、翌日から色々な意味で人間が寄り付かなくなってしまう。

 それを避けるため、私は無表情な顔面を鍛え上げ、基本的に余計なことは言わず、物静かに教室の隅で読書する人生を送ってきた。

 そしてここに、大人しいデザインの眼鏡、綺麗に手入れしたロングヘアー、女性にしては高身長などと様々な要素が足されることで、私は、自分で言うのもなんだが、クールビューティー系のミステリアスな女性という扱いを受けるようになっていた。

 だが、私は弓道も茶道も習っていないし、純文学は読まない。

 勉強も運動も嫌いだし、真面目過ぎる人間も不良も嫌いだ。

 学級委員長にも図書委員にも、生徒会長にだって興味はない。

 偏見を積極的に払しょくする気は無いが、かといって助長する気もないので、普通に教室でソシャゲをし、クラスの女子が男性について語り合う場に混ざり込み、スマートフォンで流行っているくだらない動画を見てクスクスと笑う。

 その度に、

「へ~、意外な趣味だね。———さんって、もっとまじめな感じだと思ってた。ふ~ん」

 と言われたし、勢い余って男性の腰とお尻について熱く語った時には、その場の女子全員から二度見され、ヒソヒソされた。

 アイツらだって、似たようなことを言ってニヤニヤしてたくせに。

 何故、私が男性の身体にニヤニヤしちゃいけないんだ……

 ともかく、自分を出すと小馬鹿にされることや、なんだか微妙な空気になることが少なくなかった。

 だが、仕方がないだろう?

 私はそういう人間なのだから。

 大体、私が一番初めに彼に惹かれた理由を知ってるか?

 腰だぞ?

 私は去年、水泳の授業で偶然目撃した彼の腰にくぎ付けになった。

 美しい水を纏う白いお肌に、キュッとくびれた、けれど決して軟弱ではないセクシーな腰。

 いや、お腰様。

 こんなエッチなお腰をお持ちの男性は一体どちら様なのかと、視線を上げてお顔を拝見したら、これまた笑顔の可愛らしい国宝級のイケメンだったためハートを射抜かれたのだ。

 同じクラスだったことを神に感謝しつつ、徐々に距離を縮め、大分仲良くなるころには性格や姿、仕草や態度など、彼の好きなところが増えていって溢れるほどになった。

 彼の隣に居る時だけ、ほんの少し口の悪さもおさまり、尖った心が猫のように丸くなって眠るようになった。

 どうしても隣に居てほしい。

 笑顔を独り占めにしたいし、彼を笑わせるのも、その笑顔や幸せを守るのも私でありたい。

 そんな思いが強くなって、私は彼に告白した。

「俺も———のこと、好きだよ」と優しく笑ってくれた彼の顔は、今でも脳に焼き付いて鮮明に思い出せる。

 ともかく私は口も性格も悪いし、人嫌いで怒りっぽいし、天然ちゃんではないし、スケベだし、概念的に硬いものよりもやわらかいものが好きだ。

 勤勉な方ではあるから、全てのイメージが間違っている! とまではいわないが、定期的にその真逆をいっている。

 ちなみに、彼はとっくにそのことを知っていて、「———は、意外と楽しい人だよね」と笑ってくれた。

 狭量な心の持ち主である私は、同系統の言葉を言われると、言われ方やシチュエーションによってはイラっとするのだが、彼の言ってくれた言葉だけは心から嬉しかった。

 まあ、その後はしゃいでモチモチと腰を揉んだら怒られたのだが。

 そんな目に入れても痛くないほど、いや、むしろ目に入れたいほどかわいい彼だが、ここ最近イキった部員たちから「なぜ私が彼のことを好きなのか」を問う形式で、彼を貶し、ついでに自分や他のイキリ男子の株を上げるよう仕向けた、悪質な嫌がらせを受けている。

 言葉一つ一つは軽いが総合すると重く心にのしかかり、彼がしゅんと落ち込む。

 そうでなくても、自分の最愛が馬鹿にされて喜ぶ人間などいない。

 いたら、そいつは人間失格だ。

 私が断言しておく。

 最初にからかわれた時点で、私は脳内でキレ散らかしていたわけなのだが、彼らは悪質レベルが高いので冗談で済む雰囲気を作り上げ、キレたらこちらが悪くなるように場を調整していた。

 いや、もしかしたら私がうがった目で見ているだけで、本当に冗談を言っているつもりなのかもしれない。

 まあ、そうだとしても、何一つ面白くない屑の冗談で到底許せるものではないが。

 ともかく、私は言葉でキレることができない人間だし、注意しても「本気にすんなって!」と嗤われることが予想される。

 これに加え、後から「実際、俺のどこが好きなの?」とか、「———も、他の人がいいとか思うの?」といった調子で拗ね、心を閉ざして針を逆立てるハリネズミみたいになるのがかわいすぎた。

 そういったことから、彼本人にはフォローは入れるものの、浅ましい賊には「腰」「性格」「顔」とだけ答えて、後は無視をするという最低スタイルでここ三日ほど過ごして来た。

 しかし、いい加減、私の麗しい彼があんな低俗な連中に馬鹿にされるのも我慢ならないし、彼がへこむ姿だって見たくない。

 何より、彼氏が馬鹿にされているというのに涼しい顔で本を読むなんてこと、他ならぬ私が、許容できない。

 人間の屑から、彼氏の不安を払しょくし、愛情を一直線に注ぎ込むイケメンの彼女に成り上がるべく、私は奴らの前で彼への愛を示し、イキリモアイと山賊たちを黙らせることにした。

 方法は行動のみ。

 軽薄な言葉など使わぬ。

「———」

 私は本を閉じてスッと立ち上がると、優しく彼の名を呼んだ。

 モアイと山賊を無言で退かしつつ、真直ぐに彼の元へと向かう。

「何?」

 不思議そうにキョトンと顔を上げる彼が可愛らしい。

 談笑していた騒がしい雰囲気が少し静かなものになり、狭い部室内にいる部員たちの視線を独り占めにする。

 私は内心でニヤリとニヒルな笑みを浮かべると、椅子に座った彼に目線を合わせるべくしゃがみこんだ。

 そして、唐突に唇を奪った。

 びっくりする彼の両頬に手を添え、逃げるなよ、とニッコリ目を細めて牽制する。

 大人なキスをしようかとも思ったが、あまり場を騒がせ、海外の映画のラストシーンのようなソワソワ感を与えても悪いので、触れるだけの可愛らしい、非常に健全なキスにとどめた。

 けれど代わりに、触れる時間は普段よりもずっと長い。

 しばらくして、そっと唇を離すと、目線を下げて口をパクパクとさせていた彼が、

「い、いつもよりも長いね……」

 と、真っ赤な顔で溢した。

 周囲の想像力を掻き立てる、非常に良い反応。

 流石、私の彼だ。

 これだけで十分、私の深い愛は周りに伝わったことだろう。

 少なくともモアイと山賊は石化し、ハッと正気を取り戻すと妙にバツが悪そうな表情になってモゾモゾとしている。

 まあ、私の奇行に驚いて言葉に困っているだけかもしれないが。

 ともかく賊は黙ったし、彼への貶しに私を巻き込むことは不可能だと理解したことだろう。

 ひとまず、私の目的は完了した。

 だが、人目に照れてモジモジとし、今度はお前らラブラブだな!? という方向で盛り上がる部員たちに照れ笑いを浮かべる彼に、愛しさが止まらない。

 私は可愛らしいキスをお代わりし、愛しい胸元に入り込むと、彼が、

「やめてよ、恥ずかしいよ!!」

 と涙ぐむまで抱き着き、頬ずりをした。

 彼には「やりすぎ!」と叱られたのだが、私は、人目がある、というか意図的に人目を集めたので、かなり自重したつもりだった。

 露骨には嗅がなかったし、どんなにしたくても大人なキスはしなかった。

 どこを、とは言わないが揉まなかったし、必要以上に触れることも、唇以外にキスをすることもなかった。

 人目がなければR15になりかけのセクシーな感じになっていたところだが、彼のかわいい姿は独り占めにして、決して誰にも分けたくなかったので、そういったことは絶対にしなかったのだ。

 そうやって頑張って我慢したというのに、影での私のあだ名は「スケベ先輩」になった。

 不名誉過ぎる。

 こんなことならギリギリを攻めておけばよかった。

 それに噂が部室を飛び出て広がり、クラスメートまで、

「あっ! スケベ先輩、そこのノートとって」

 と、平然と呼びかけてくるのは如何なものか。

 最近、やたらと人目を感じるのだが……

 加えて、どうやら周囲は彼が私に子犬のようにくっついて愛想を振りまいている、というイメージを勝手に抱いていたようなのだが、それが逆転し、私がワンコで彼が飼い主になった。

 あの日、散々抱き着いて甘えた後、椅子の上に正座させられて説教されたからだろうか。

 まあ、彼を滅茶苦茶に困らせた後で恥ずかしそうな彼に叱られるのが大好きだから、ストレートに私得だったが。

 少し前に流行った、イタズラ猫が首から下げさせられているようなプラカードを私も下げたいのだが、何度頼んでも一向に作ってくれる気配がない。

 イタズラの頻度が増えることを見透かされているのだろうか。

 残念だ。

 まあ、私の性癖はともかく、新たなイメージについてはその通りで、ケンカした時も、その他の日常的なかかわりでも、私は彼に勝てたことがない。

 何かあった時にどんよりと落ち込むのは私の方だし、寂しさに耐えられなくなるのも私。

 もしも別れたら、三日くらい家に引きこもって泣き腫らすのも私の方だ。

 いや、違うな。

 不登校からの自宅警備員生活まっしぐらだ。

 少なくとも転校はする。

 まるで失恋した平安貴族のようだと思うが、仕方がないだろう。

 私の心は彼に対してのみ脆弱なのだから。

 また、彼も私と同じで話すことは得意ではないが、私と違って思っていることを伝えようと一生懸命に言葉を考えて口にする。

 ケンカなどの際には、丁寧に言葉を話す彼に説得されてしまうし、そもそも彼の隣に居るとあまりイライラもしないので、冷静になれるのだ。

 惚れた弱み、寂しがり屋、口下手、癒し、色々な要素が合わさって、基本的に私が負ける。

 意固地になって謝れない私を見かねて、彼が先に謝ってくれる時もあり、表面的には私が勝って見えることもあるが、実際には彼が勝ちを譲ってくれているだけで私の負けだ。

 けれど、それを変えようとは思わないし、むしろこの関係性を気に入っている。

 私のような馬鹿野郎は、愛しい人に首根っこ掴まれているくらいがちょうどいいと思うから。

 そして私がスケベ先輩になってから、彼への揶揄いが今までのものから私たちの親密さを冷やかす、賑やかしのようなものに切り替わった。

 だが、そちらについては、彼が「困ったな」と言いつつも満更でも無さそうに笑ってくれるし、賑やかしを口実に人目もはばからずに彼に引っ付き、

「彼は私の物だ! 触ったり傷つけたりしたら覚悟しろよ!! この性根の腐った山賊どもが!!!」

 という威嚇を穏便にできるので、問題ない。

 まあ、彼を抱っこしすぎると叱られるし、噂にも拍車がかかるのだが。

 本当に健全な事しかしてないんだがな。

 オーラがスケベだ! とか、獣っぽいとかって言われてしまうんだよな。

 皆、ちょっと騒ぎ過ぎじゃないか?

 まあ、ともかく、私がスケベなことには変わりがないし、モアイや山賊たちの嫌なイキリアピールが減少したのもありがたい。

 だから、まあ、何だかんだとスケベ先輩呼びは悪くない。

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