年末年始の穏やかカップル(年末大掃除!)

 年末の大掃除、私は自分たちの部屋を片付けていたわけなのだが、洋服ダンスの中に埋もれた鈍い銀の輝きを見て、ドキッと心臓が鳴った。

 期待で胸を膨らませながら布の塊を押しのけ、線の細いチェーンを引っ張ると、小さな花の飾りが可愛らしいネックレスが出てきた。

「あった!! ありがとう神様!!」

 嬉しさのあまり、ネックレスをギュッと胸に抱き、心の中でも神へ感謝を述べる。

 私の中で鈍く光るネックレスは、誕生日に恋人からプレゼントしてもらった物だった。

 大切に保管し、日常的に身に着けていたのだが、ある日、忽然と姿を消してしまった。

 無くしたことに気が付いた私は、大慌てで家中をひっくり返し、その日に出かけた場所にも訪れ、必死で探し回ったのだが、結局、見つかることは無かった。

 彼は気にしなくてもいいと言ってくれたのだが、それでも心の中に引っ掛かり続け、ふとした時に探し続けてきたネックレス。

 これが見つかって、私のテンションもかなり上がっていた。

 早速、綺麗な布でネックレスを磨き始める。

「どう? 掃除は進んだ? お? なんだ、サボりか~?」

 彼は別の場所を片付けてくれていたのだが、休憩がてら遊びに来たのだろう。

 ニマニマと笑いながら忙しなく手元を動かす私を見て、彼は悪戯っぽく笑っている。

「違うよ~。コレ! コレ見つけちゃってさ、磨いてたんだ。ふふふ、このネックレスよりも優先することなんてないからね~」

 自慢げに笑い、チャリッとネックレスを見せてやれば、彼も「おお~」と感嘆の声を漏らす。

「どこにあったんだ?」

 ネックレスの大捜索では彼のことも巻き込んだため、出所が気になるようだ。

「タンスの中だよ。タンスなんて、もう何回も開けているのに、今日になってやっと見つかったの。困った子だよ」

 フン! と両手に腰を当てれば、「まあ、見つかったからいいだろ」と彼が笑う。

「確かにそうなんだけれどね。そっちはどう? 進んだ?」

 そう問いかければ、今度は彼が自慢げに小さなぬいぐるみを見せてきた。

 縫い目の荒い、フェルト生地の猫で、一目で手づくりと分かる品だ。

「あ、懐かしいね。まだ持っててくれたんだ」

 彼から猫を受け取り、懐かしい気分で眺めていたのだが、右足に彼のイニシャルが、そして左足には私のイニシャルが縫い付けられているのを見つけると、当時のロマンティストな自分が思い出され、恥ずかしくなってしまった。

 ぬいぐるみから目線を逸らしつつ、彼の手元に返した。

「君にとってのネックレスみたいに、俺にとっても、これは大切な物だから。それなのに、鞄につけようとすると、怒られたなー」

 猫の頭についた細いゴムをビヨンビヨンと伸ばし、悪戯っぽい瞳でこちらを見てくる。

 ちょっとした非難の視線に、ウッと言葉を詰まらせた。

「だって、恥ずかしかったんだもの」

 猫のぬいぐるみは、高校時代に家庭科の時間で作った物で、本来は誰の手に渡ることもなく、大人しく私の机の中で眠るはずだった。

 しかし、クラスの目立つ女の子が「手づくりのぬいぐるみを渡して告白すると、成功するらしいよ」と、根拠のよく分からない噂話を持ってきてクラス中に広めたため、好きな子がいる女子は、完成後に意中の男子へ渡す、という暗黙の了解が形成されてしまった。

 おかげで、家庭科の作品が完成するにつれて男子も女子も色めき立ち、クラス全体がソワソワとしていた。

 当時、引っ込み思案だった私は勇気が出せず、彼にぬいぐるみを渡さないつもりだった。

 だが、その話を聞いた派手な女子が、

「あ、それなら私がぬいぐるみあげちゃおっかな~。だって、———君、結構イケメンだし。私の彼氏には悪くないよね~」

 と、バーゲンセールの半額品を買い物かごに入れるかのような軽薄さで、ぬいぐるみ片手に彼の元へと歩き始めたのだ。

 アイツにだけは、絶対にとられたくない。

 そう思った私は、不出来なぬいぐるみを鷲掴み、コーナーで差をつけろ! と言わんばかりに机で挟まれた通路をくぐり抜け、素早く彼の元へと到達すると、「好きです、付き合ってください!」と、告白付きでぬいぐるみを手渡した。

 私の行動が突拍子もなく、とんでもないものだったことは確かだが、教室には、ほとんど全員の生徒が揃っていたというのに、

「ありがとう。俺も好きだよ。付き合おう」

 と、照れくさそうに笑ってぬいぐるみを受け取り、告白まで受け入れてくれた彼の度胸と懐の深さも、中々のものだろう。

 我ながら、いい男を捕まえた。

 そうして私たちは付き合うことになったのだが、告白の方法がアレだったために、名物カップルのようになってしまい、クラスメイトが飽きるまで、逐一いじられるようになってしまった。

 そんな中、彼が例のぬいぐるみを鞄につけていたら、クラスメイト達のいいカモだ。

 そうでなくとも、ぬいぐるみを見ていると自分の早まった行動が思い出され、恥ずかしくなってしまう。

 私は、彼が鞄につけようとするたびに阻止していた。

 そして、ぬいぐるみを付けるか否かで小競り合いを繰り返し、最終的に、鞄につける代わりに、ぬいぐるみ本体は外側のポケットに仕舞うということで決着がついたのだ。

「でも、今思えば、あの時は意地になっちゃってたのかも。私、もう少し素直になれてたらよかったな。本当は、つけたいって言ってくれたの、嬉しかったんだ」

 当時の小競り合いも、今考えれば、ケンカというよりもイチャつきの延長線のようなものだった。

 随分と気合の入ったバカップルだったんだな、と当時の自分たちに照れ笑いを浮かべる。

 すると、彼が尻ポケットからスマートフォンを取り出し、

「そっか。それなら、これからはスマホにでもつけようかな」

 と、上機嫌に笑った。

 早速ぬいぐるみを付けかねない勢いだ。

「いや、スマホにつけるには大きいでしょ。というか、どこにもつけなくていいよ。恥ずかしいしさ」

 女子高生の鞄のようになってしまうだろう彼のスマートフォンを想像し、苦笑いを浮かべると、

「結局、恥ずかしいんだな!」

 と、彼が揶揄い交じりの笑みを浮かべて、モシャモシャと髪を掻き回してくる。

 それからもじゃれ合い、過去の物を見つけるたびにおしゃべりをしていたせいで、掃除はあまりはかどらなかった。

 でも、私たちらしい、楽しい年末だと思った。

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