「お節介さん」の裏事情(お節介の裏事情)

 放課後、ひっそりと佐藤を呼び出すと、彼女はそれに応じ、待ち合わせ場所に時間よりも五分ほど早くやって来た。

 黒坂は「クラスで挨拶をしてくれる人はいますよ」系のしがないボッチだったので、放課後、本当に人目につかない場所を知っている。

 旧校舎の空き教室はエアコンが稼働していないどころか、そもそも設置されていないので雪のチラつき始める夕方には冷え込むが、佐藤は、

「寒いね」

 とだけ笑って、文句の一つも言わなかった。

『佐藤も、コートとか着てくればいいのに。いや、俺は空き教室の冷たさを知ってるから対策で来たけど、普段こんなところに来ない佐藤には分からないか』

 自分だけ黒いダッフルコートを着ていることに罪悪感を覚える。

 黒坂は手短に用件だけを伝え、佐藤を速やかに帰宅させることにした。

「佐藤、どうして俺が、家でダラダラする時間を減少させてまで、佐藤のことを呼び出したか分かる? お願いだから、本当に、俺に関わるのを止めてくれ。毎日お弁当食べようって言いに来るけどさ、俺、毎回断ってるし、嫌がってるって分かるだろ? なんで俺が、名前も知らないクラスメートの、興味の無い話聞いて、神経すり減らしながらメシ食わなきゃいけないわけ? 部活もやってない、家帰って寝るか、若干マイナーぎみのゲームやって暇潰しするだけの俺が、佐藤たちの輪に入れるわけないじゃん。馬鹿にされたりとかするのは、もちろん腹立よ。けど、お誕生日席に座らされて微妙な笑顔で『ご趣味は? へえ~、そうなんだ。今度見てみるね』って、気を遣われるのも結構心に来るんだわ。トラウマなんだわ。佐藤は俺に気を遣ってるって実績があればいいのかもしれないし、もしかしたら哀れな俺のためにご学友を! って思っているのかもしれないけど、ほんと、迷惑以外の何物でもないから。家出の時に置き手紙書いて、泣きながら出てくみたいなのじゃないから。ほんと、俺も、そろそろあったかいとこで飯食いたいから。あと、よく分かんねー女子に動物虐待してる変態扱いされるのも嫌だから。とにかく! もう俺に二度と関わらないでくれ!!」

 鬱憤というものは、気が付かない内に体内に溜まって濁り、腐るものらしい。

 迷惑だから昼飯に誘わないでくれ、とだけ言うつもりだったのに、ボソボソ、グチグチと理由までつけて話してしまった。

 普段、誰にも話したことの無い心情を話すと、爽快感と共に喪失感を覚える。

 何か取り返しのつかないことをしてしまったような感覚がして、黒坂が無駄に心臓を震わせていると佐藤が、ふーっと長いため息をついた。

「なるほどね。アンタの言いたいことは、よく分かったわ。それこそ、痛いほどにね」

 佐藤は頭と肩をそれぞれ片手で押さえながら、苦々しく言葉を出す。

 口調や雰囲気がいつもと異なっているのも気になるが、それよりも、彼女の顔が青ざめ、なんだか体調が悪そうであるのが気になった。

 心配になり、風邪でも引いているのかと問えば佐藤は苦笑いで首を振る。

 それから少し思案した後、佐藤は肩を押さえたまま、

「少し不思議な話をしてもいいかしら?」

 と首を傾げた。

 その姿には妙な威圧感がある。

黒坂が引き気味に「どうぞ」と頷くと、彼女は少し変わった自分の能力について話し始めた。

 佐藤には他者への強い共感能力があるらしい。

 他者の言葉を聞いて似たような気持ちになるとか、泣いている人を見て自分も泣けてくる、といったような一般に見られる共感の話ではない。

 相手の心情など聞かずとも、あるいは顔や姿など見ずとも、自分の近くにいる強い感情を持つ者と自分の感情をリンクさせてしまうらしい。

 この能力は物心がついた頃からずっと佐藤とともにあり、かつ感情を取得する範囲はちょうど教室内と同じ面積らしい。

 すれ違う人間の負の感情を共有する程度ならばまだしも、ほとんど毎日通い、長時間拘束される教室内で他者の負の感情を共有し続けるのは辛い。

 学級崩壊が起こったり、いじめが起こったりしてしまえば、あらゆる種類、ベクトルを持つ負を共有することとなり、最悪、自我が崩壊してしまう。

 そこで佐藤は自主的に学級内の問題を解決し、人間関係を整えることで、自分と共有してしまう程の強い負の感情を持つ者が出ないよう、教室の環境を整備することにした。

 それが「お節介」と呼ばれる彼女の行動の裏事情だったのだ。

 話をそのまま受け入れて、なるほど、佐藤も大変だったんだな、と同情するにはかなり無理があるだろう。

 だが、佐藤の言葉を虚実や中二病による妄想と断定するには妙な現実感があった。

 特に、自分の両親の間で板挟みになり、二人の間で何が起こったのかさえよく分かっていなかったのに、懸命に二人の仲を取り持ち、離婚の危機を回避したという話には聞き入ってしまった。

 これが全くの嘘だというのならば、彼女は将来、立派な詐欺師になれる。

 一通り話し終えた佐藤は妙にすっきりとした表情を浮かべていた。

「ここまで来たら察していると思うけど、私が明君に構うのは、明君が強すぎる負の感情を慢性的に蓄積してるからよ。おかげで、明君の近くに行くと全身怠いし、肩は重いし、頭痛はするし、なんか、胃の調子も悪いし、ハッキリ言って、最悪よ。明君が転校してきた時は絶望したわ。本当は私もアンタみたいな根暗構ってないで、素直に私のことを慕ってくれる可愛い女子たちに囲まれて、キャッキャとしてたいのよ。うぐっ! 今、精神的に傷ついたわね! 胸の奥が痛い!!」

 いけしゃあしゃあと語っていた佐藤だが、黒坂が精神的に傷つくのと同時に胸を押さえ、その場でうずくまった。

「今のは佐藤さんが悪いだろ!? 俺の繊細な心を無駄に傷つけやがって!」

 黒坂が文句を飛ばすも、かえって睨み返されてしまった。

 よほど痛いのか、佐藤は涙目になっている。

 佐藤の様子を見ていると、本当に彼女は自分と感情を共有しているのかもしれない、という気になってくる。

 しかし黒坂は体の怠さや痛みが生活の一部になってしまっていて、今一つそれらについての自覚がない。

 また、明確な悩みなども持っていなかったため、慢性的に負の感情を溜め込み、他者を害するまでになっているとも思っておらず、佐藤を信じ切ることが出来なかった。

 彼女の話を扱いあぐね、しばし思案していたのだが、やがて意を決したように口を開いた。

「俺の感情が分かるってことは、転校したばっかの時に、みんな二年生で、しかも冬になってるから、それぞれグループ作ってるのに、早く友達作れとか言われて困ってたのも分かる? あと、俺がちょっと一人を満喫してたくらいで、居場所ないの? とか、なんかあったの? とか聞きやがって、こっちは高校生だぞ、自ら望んでボッチを謳歌してたのに決まってんだろ、邪魔すんなよって、内心、担任にキレてたのも分かったりする?」

 この調子で黒坂は、ボッチを周囲になじませようとすることで生まれる同調圧力と、そのせいでかえって生まれる惨めさを語り、自らの名前にケチをつけ、二時間連続する数学の授業に文句をつけ、やたら運動部がもてはやされ、帰宅部は白い目で見られることを愚痴った。

 その姿、まさに止められない、止まらないと言ったところだろうか。

「大体、そんなこと根に持つなとか、傷つきやすいよね(笑)とか言うかも知んねーけど、そういうこと言ってる奴ほど、言い返すと泣いたりキレ散らかしたりするし、根に持つじゃん。中学んときの女子が良い例だわ。俺? 俺は被害に遭ってないよ。俺の親友がフルボッコに遭って、事情も分かんねー先生と加害者女子に囲まれて、理不尽に泣きながら謝らされてるの見て、不用意な事を言うのはやめようって思ったからね。ああ、そうですよ。俺は、親友が詰られているのを助けることもできずに見ていたチキンでユダですよ。ごめんなさいね。いだっ!」

 佐藤は当初、黒坂の実の無い愚痴を、相槌を打ちながら聞いていたのだが、彼のお喋りが三十分を超えたところで、うるさいアラームを止めるが如く頭にチョップをした。

「明君、私が共有するのは感情だけで、明君の思考を読んだり、思想を知ったりはできないからね」

 黒坂は痛恨の一撃を受けた。

「どうしてもっと早くに言ってくれなかったんだよ!? うわぁぁぁ! 恥ずかしい! あんな、あんな、ドヤ顔で語る前に教えてくれても良かっただろ!?」

 黒坂は顔面を真っ赤にしてしゃがみ込み、絶叫しているのだが、佐藤の方は流石プロといったところだろうか。

同じ羞恥心を共有しているにもかかわらず、赤面すらしていない。

 涼しい表情で、何で! 何で! と呻く黒坂を眺めている。

「だって、楽しそうだったんだもん。実際、話している時は、ちょっと気分が楽になったでしょ。明君は体調の悪さに無自覚だから気が付いていないかもしれないけれど、話してる時だけは怠さも取れて、肩も楽になったのよ。ひねくれ過ぎてて今までは明君のことを扱いあぐねていたけれど、なるほど、話すのが特効薬なのね。そうと決まったら、今日から毎日、話をしてよ。ほら、連絡先渡すから、何かあったらしゃべって」

 佐藤はそう一方的に捲し立てると、スマートフォンの画面に某メッセージアプリの友達登録画面を出して、黒坂に差し出した。

 しかし、黒坂は嫌そうに顔を背ける。

「嫌だよ。俺、別に話したいことないし。なんで、同級生にカウンセリングしてもらわなきゃいけないんだよ。大体、体調不良がどうこう言うけど、俺はそんなに辛いと思ったことないし、学年変わるまであと数か月だし、一か月と待たずに冬休みが来るだろ。その間くらい、我慢してくれよ」

 問題児を宥めるような口調で佐藤を諭すと、彼女は両手を腰に当て、ムッと口を尖らせた。

「そうね。私も、普段ならそうしているわ。いくら私でも、どうにもしかねる子っていたし、慢性的な子は特に扱いが大変だからね。でも、アンタはその中でも重いのよ。ホント、肩にダンベル背負ってる感じよ。おまけにね、私、偶然職員室で先生たちが、来年も私と明君は同じクラスにする予定だって言ってたのが、聞こえちゃったのよ。一年は無理よ! 一年は! 三年の気苦労が多い時期にショベルカー背負って歩けないわよ!」

 佐藤は鼻息を荒くしたまま、そう捲し立てると黒坂の尻ポケットからスマートフォンを奪いとった。

 そして素早く画面を操作し、強制的に友達登録を完了させた。

「わあ! 痴漢だ痴漢! スリで痴漢って、最低だからな!」

 盗る時にお尻に触れてしまったのだろう。

 黒坂は佐藤からスマートフォンを奪い返すと、距離をとって威嚇した。

「うるっさいわね。ガタガタ言うと揉むわよ。全く、繊細な男の子ですこと。ちょっと! 痛いんだけど! 本当に傷ついたの? ごめんなさいね。あと、友達として一応忠告しておくけど、スマホにロックはかけた方が良いわよ。人の手に渡った時、碌な目に遭わないから」

 いっそ感銘を受けてしまう程ふてぶてしい態度で言い放つ佐藤に、もはや黒坂は、

「佐藤さんが言うと、説得力あるな」

 と、苦笑いを浮かべることしかできなかった。

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