恋愛定期更新
ヤバい、定期が切れそうだ。
ここ一週間ほどその予兆はあったのだが、本格的に切れそうになってきて、いよいよ更新を迫られた。
そう、本格的に倦怠期が始まったのだ。
この世の全てのものに倦怠期がある。
そんなことを、知り合いの誰かが言っていた。
なんだか、分かる気がする。
食べ物、仕事、本、彼、大好きなものには、偶に飽きがきてしまうから。
嫌悪を感じてしまう時があるから。
まあ、仕事は元からさほど好きではないが。
だが、それでも少しは頑張ってみよう、と張り切っていた心が唐突に息絶えたりするのだ。
仕事に関しては、嫌でもやり続けるしかない。
気が付けば前よりはましになっていて、一応の倦怠期が終わってくれる。
食べ物や本のような趣味の類なら、少し離れてみればいい。
気が付けば、また好きになっている。
けれど、彼への倦怠期を解消するのは中々に難しい。
彼とは同棲しているし、当然、彼はいつも通りに過ごす。
私たちは普段かなり仲良しだから、相手も当然そのつもりでちょっかいをかけてくる。
普段なら気にも留めないペットボトルをくるくる回す動作も、いつもは好きで仕方のない笑顔も、しまいには、何気なく私を呼ぶ声にさえもイラっとする。
ああして欲しい、こう変えてほしいと願うものもあれば、そう言ったものすら全くないのにイラつくだけのものもあるのだから、どうしようもない。
けれど、倦怠期にかまけて好き勝手に当たり散らしたり、冷たくそっぽを向き続けていたりしたら相手だって不快だろうし、最悪、別れることになりかねない。
そうなった時に酷く後悔するのは自分だ。
普段は、彼が好きで仕方がないのだから。
切れかけの定期を更新するように、だいぶ減ってきた愛情を更新しておかなければ。
無賃乗車はできるが、その状態で彼と過ごしたら本当に別れを切り出してしまいそうだ。
それを本気で嫌がれている今のうちに、更新手続きを終わらせないと。
『さて、意気込んだところで、どうしようかな。この間は結局、今どうしてもイライラするから放っておいてって言っちゃったんだよね。その前は、イライラしてる私にケーキを買ってきてくれた……これは、これはかなり不味いぞ! よくない傾向だ。甘やかされている内に、人間の屑に成り下がってしまうかもしれない。何とかして自力で更新する方法を探さなければ』
彼のどこが好きだったのかを思い出そう。
私は数年前の日記帳を引っ張り出した。
○月×日
今日は彼が何気なく荷物を持ってくれた。さりげない優しさが愛おしい。
○月△日
男性の魅力は腰だと思う。市民プールで見た、あの綺麗なラインが忘れられない。スマホのカメラで連写する私に、彼は照れていた。あの眩しい笑顔……ごちそうさまです。
△月□日
マイ ダーリン イズ ベリー ビューティフル インポータント トレジャー。
世界で最も美しく重要な宝。一生大切にします。笑顔が良い。性格が良い。顔が良い。なんかもう、全面的に素晴らし
心に深刻なダメージを負った私は、静かに焚書が決定した日記帳を閉じた。
付き合いたてのテンションとは恐ろしい。
写真のフォルダーは後から見返そうと心に決めつつ、私は音楽で気持ちを切り替えてみることにした。
しかし間の悪い事に、再生履歴の中では失恋ソングばかりが幅を利かせている。
そんなに私を失恋させたいのだろうか。
まあ、この履歴をつくり出したのは、数時間前までの自分なのだが。
その次は、お気に入りの恋愛マンガを読んでみた。
そして、再び心に深刻なダメージを負った。
ちょうど彼氏とケンカしたヒロインが、「———のこと、嫌いになりたいよ」と涙ながらに語っていたのだが、これに対し、
『こっちは嫌いになりたくないって言ってんのよ! いいですね、三秒後に彼氏が駆け付けてヨシヨシしてくれて!!』
と、無意味にケンカを売る始末だった。
逆切れをしてしまって申し訳ない。
普段は、このヒロインも物語も好きなのだが、今の私のメンタルとは絶望的に相性が悪いらしい。
そういえば私は、辛い時や頑張っている時に頑張れと言われると、キレ散らかしたくなる性格だった。
うっかりと自ら地雷を踏み抜いたわけだが、ふと、天啓が舞い降りた。
『いっそのこと、めちゃめちゃ彼に近づいてみるというのは、どうだ!?』
すぐ隣の彼にバフッと抱き着き、
「おわっ! 急に何!?」
と、驚く彼の胸元に顔を埋め、部屋着越しの暖かさを堪能する。
匂いフェチなので、猫吸いのように彼のことも吸っておく。
『癒しだ。いい匂いがして、温かい。浄化されていく。しょうもない怒りが浄化されていく……あ、これ、結局甘えてしまったな。彼に頼らずに更新するつもりだったのに』
心の内に甘い熱が満ち、無事に更新が済んでホッと安心する私の頭を、彼がポムポムと撫でている。
次こそは自力で更新する方法を探そうと心に決めつつ、ふと、彼の更新方法が気になった。
彼はどうやって倦怠期をやり過ごしているんだろうか。
『私に頼ってもいいから、ちゃんと更新してほしいな。出来るだけこうしていたい』
センチメンタルな気分に浸りながら胸元を嗅ぎに嗅いでいたら、
「嗅ぎ過ぎ!」
と、呆れ気味に怒られてしまった。
だが、そんな姿がかわいくて仕方がない。
倍の勢いで嗅いだら、彼が全てを諦めてくれた。
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