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日直の号令で、昼休みが始まった。
他に比べて少し長い休憩時間は、音山も含めて大体の生徒が好きなようだ。
周囲の雰囲気が、騒がしく明るいものへと変わっていく。
『今日は、友達の所へ行く気分じゃないな』
音山は鞄から弁当などを取り出して、一人で昼食を取り始めた。
イヤホンを両耳に着けて音楽を聴いている間は、外の情報を一切遮断して、自分だけの世界に浸れる。
この時間は、一人部屋に籠って温かい毛布の中に入り込んでいるようなものだ。
好きなリズムが流れて、音を聴く。
瞳は画面に映し出された歌詞を追う。
音山にとって、好きで仕方のないこの時間。
けれど、あまり油断してはいけない。
ちょっとした好奇心で、他人様の毛布を荒らし回る猛者が、稀に現れるからだ。
そう、スマートフォンを覗き込んで、
「音山さん、何をきいているの?」
と、無邪気に笑う、及川春のように。
急にぬくもりを引き剥がされて、音山の心臓が大きく跳ねる。
だが、動揺を悟られぬよう、腹に力を込めて「うおっ!」という間抜けな声を体内に収めると、ゆっくりと及川の方へと振り返り、そっとスマートフォンを閉じた。
イヤホンを片方に着けたままで、
「急にどうしたの?」
と、困り笑いを浮かべた。
「いや、音山さんって、暇な時はいつもイヤホンをしているでしょう? 何をきいてるのかなって、思っただけだよ」
ニコニコと微笑む及川は、ショートぎみの短い髪を持つ女子生徒で、普段はあまり関わる事の無い人間だ。
体育で数回ペアを組んだことはあるし、掃除の班などが一緒になれば世間話程度はするので、音山の名前を知っていることも、話しかけてくることも意外ではない。
だが、
「音山さんって、ノリッノリで体を揺らしてるじゃない。さぞポップなやつを聴いているんじゃないかと思ったんだけれど、どう? 当たった?」
と、上乗せしてくる情報から見られるように、自分が思う以上に自分の姿を見ているのは意外だった。
『見られてた! 友達でもないのに! 友達でもないのに! 私は及川さんの行動なんて浮かばないのに!!』
音山の小心者な心が小高い丘を転げ回って、スキーのように頂上から明後日の方向へとジャンプする。
他人の少々変わった行動というものは人目を引いてしまう。
そこに友人であるか否かは関係が無く、また、高校の教室という狭い空間で気分が上がってズンズンと体を揺らせば、裏でヒソヒソと噂されるなど当然のことだった。
ほんのりと染まる頬を押さえつつ、今後は自分の行動を少し改めることを誓った。
「———だよ」
わりと流行っていて、テレビでも紹介されていたアーティストの曲を口にした。
途端に、及川の表情が明るくなる。
「音山さんも、———きくの!? 私も、このアーティストさん好きなんだ! 私は、ココの歌詞が好きで、ココが特に好きなの!」
フンフンと興奮して、及川は自分のスマートフォンを取り出す。
そして音楽アプリを起動すると、お気に入りの歌詞や他の曲をいくつも画面に映し出す。
いくつかは共感し、相槌を打って、少しだけ自分の感想を述べると、及川は満足したらしく自分の友人のもとへと帰って行った。
及川が、もうこちらへは意識を向けていないことを確認すると、音山はホッと安心して、再びスマートフォンの画面を眺めた。
そこに映し出されているのは、及川に話したのとは全く別のアーティストだった。
爆発的に流行っていて、誰もが知る○○さん! というほどではないが、確実に人気がある、決してマイナーではないアーティストを音山は気に入っていて、かなり高い頻度で聴いていた。
しかし、素直に答えて「誰?」と聞かれれば、一応そのアーティストについて少し説明をすることになるだろう。
特に気に入っている曲をいくつか教えて、微妙な反応を返され、「今度聴いてみるね」という、ほぼ確実に果たされることのない約束を交わすことになる。
それが面倒で嫌だったので、音山は半分だけ嘘を吐いた。
『まあ、———も好きだし、別に今聞いてなかっただけだよ。一番好きじゃないだけ』
ふと思いついて、音山はメッセージアプリから及川のアイコンをタップし、彼女のホーム画面を出した。
すると、メッセージアプリと連携した音楽アプリからお気に入りの曲が登録されており、かつ、本人の一言メッセージの部分には、先程も話していたお気に入りの歌詞がガッツリと書かれているのが確認できた。
数行にわたって書かれているそれは、とても「一言」には見えない。
「おぉ……」
予想通りだったが、動揺して思わず感嘆とドン引きの中間の声が漏れた。
『なんというか、まあ。いや、別に悪いわけじゃないし、首を突っ込むつもりも、文句を垂れるつもりも、全く無いよ。ただ、私には無理な芸当かな』
苦笑してメッセージアプリを閉じ、音山は引きこもり音楽鑑賞に戻った。
音山は、好きな物のシェアが苦手な性格だった。
抱え込み、誰にも見せず閉まっておきたいと思うほど独占欲が強いわけではない。
偶然に好きな物が被れば、その共感を楽しむことが出来たし、自分以外にもそれを好む人間がいるのだと安心できた。
仲の良い友人に教えることも稀にあった。
だが、及川のように積極的に他者の好むものを知ろうとしたり、反対にあまり親しくない人間に好きな物を伝えていく気にもなれなかった。
インターネットが発達した現代、各種SNSを利用して不特定多数の人間へ好きなものを広めることや、仲間を見つけることが出来る。
だが、音山はそういったことをする気にもなれなかった。
『絶対に言えないわけじゃないんだけれど、極力、好きな物は内緒にしたいな。好きであればあるほどに。でも、本当は好きな物は好きだって、言えたほうが良いんだろうな』
及川のキラキラとした笑顔を思い出す。
好きのシェアが得意な及川の周りには、いつでも同じように輝く笑顔が溢れていた。
好きが連鎖して、広がっていくのが耳に飛び込んできた。
音山がボーッとしている内に、昼休みが終わってしまった。
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