色③。~ 色の無い世界で ~

崔 梨遙(再)

1話完結:約900字。

 名古屋の広告代理店にいた頃の話。大体、20年くらい前のこと。



 僕には友人がいた。同じ年齢の先輩、加納君。僕は彼と出会ってから、今でも彼を尊敬している。営業成績が良く、ギターはプロ級、僕は加納君に憧れた。営業のコツ、パターン、トーク、いろいろ教えてくれた。研修などの社内教育が無く、何でも“とりあえず、やってみろ!”というイケイケドンドンな会社、営業未経験だった僕は、加納君が教えてくれたことでかなり救われた。ギターも教わった。僕は元はベース(下手だが)、だけど、ギターの練習もしていた。音楽に触れている時の加納君は、輝いていた。


 加納君には、不思議なところがあった。いきなり、赤いペンを差し出してきて、


「これ、青?赤?」

「青です」


と、妙な質問をしてくるのだ。僕は、不思議に思ったが理由を聞けなかった。


 初めて一緒に飲みに行ったとき、理由を教えてくれた。加納君は、色盲だったのだ。いつも、黒と白とグレーしかない世界にいるとのこと。だから、彼は絵が嫌いで、美術館には行かないらしい。色彩を楽しめないのでつまらないとのことだった。その代わり、水墨画は好きだと言っていた。黒と白の世界なので、健常者と同じように楽しめるからいいらしい。


 僕は、時々絵を描いていた。加納君に見てほしくて、白い背景に黒一色で書くようになった。これが、難しいけど楽しかった。そして、絵を加納君に見てもらった。加納君は、喜んでくれた。加納君は色彩画が嫌いなだけで、絵のセンスもある。広告のデザインもセンスがあるのだ。僕の絵に対して、的確なアドバイスもしてくれる。僕達は、一緒に色の無い世界を共有して楽しんだ。


 それから僕が転職して、その数年後に加納君も転職した。僕が名古屋を離れてから、もう20年、その間に会えたのは数回。1年に1度も会っていない。2~3年に1回しか会えていない。加納君が結婚して子供が出来たということもある。加納君は、いつも忙しい男なのだ。



 それでも、僕は加納君の友人であり続けたいと思っている。僕は、一生加納君を尊敬し続けるから。そんな人物と出会えた僕は、きっと幸せなんだと思う。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

色③。~ 色の無い世界で ~ 崔 梨遙(再) @sairiyousai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ