第2話 この世界は……

 貴方は誰ですか?

 何かを察してくれたらしいメイド服の女性は、そんなことを僕に問うてきた。僕はそれに、来栖優真ですと答える。それを聞いた彼女はやはり、という顔をした後、少し悲しそうに軽く溜息を吐いて、僕に謝ってくる。


「クルス様、我々の問題に巻き込んでしまい申し訳ありません。私の名はヴィオラ。そのお体の持ち主であるエレオノーラ様の、世話役でございます」


 全く意味が解らなかった。

 恐らく顔にも出ていたと思う。そんな僕を察して、メイド服の女性ヴィオラさんが色々なことを懇切丁寧に教えてくれた。


 まず、僕は恐らく異世界から魂だけでやってきた存在であるということ。トラックに轢かれて死んだあと、僕はこの体に宿ったらしい。


 この世界について、聞いた話を僕なりに咀嚼するとこうだ。

 この世界は僕のいた世界の歴史から分岐した世界で、西暦二〇二五年にある独裁国が放った核によって第三次世界大戦が勃発したらしい。

 十年続いた戦争によって海面は三メートル上昇し、世界人口の九十二パーセントを死滅させた。終戦と同時に、この世界の人たちは二度とこんな戦争が起きぬようにと世界を統一に向かう。


 紆余曲折を経て、西暦二〇五九年に地球平和連合を作ると、年号を地球平和連合初代首相のマリア・レンフィールドにちなんでA.M.(アフターマリア)とした。


 A.M.三年。

 人類は異能体と呼ばれる特殊な人間を確認した。異能体とは放射能の影響で様々な能力を発現した人間で、例えば火を出したり、風を巻き起こしたりと、人によって違う能力を得るそうだ。


 二年後のA.M.五年。

 異形と呼ばれる者を確認。異形とは、先の異能体の特徴に加えて身体的に従来の人とは異なる特徴を得た人間のことで、例えばこの肉体の持ち主であるエレオノーラは吸血鬼型で、高い身体能力と引き換えに聖なるものが苦手になっている。

 やがて、異形は異能体とひっくるめて異物と呼ばれるようになり、自分とは違う異物に恐怖を感じた従来の人類はこれを迫害。同年、異能体と異物を保護する法案を提出した初代首相が反異物過激派によって暗殺され、反異物の世論が高まる。


 A.M.十二年。

 異物が迫害され、人として扱われない現状に異を唱えたヴィクトール・ヴラドを名乗る吸血鬼型の異物が、他の多くの異物や異能体を扇動して、僕の世界で言うイギリスを制圧しイステン公国樹立を宣言。


 イステン公国は異物の開放と自治権獲得のために地球平和連合国へ宣戦布告。異物たちの反人類感情を焚きつけ、瞬く間に他の土地を制圧して領土を広げた。


 一方、この体の持ち主でヴィクトールの娘のエレオノーラは、この国で一番強いドラゴン騎士団の部隊長として戦いながら、公国樹立以前に妻を殺された恨みから人類を激しく迫害する父に疑問を持つようになった。


 辛い話だと思う。父の気持ちもわかるし、けれど自分の国がやっていることは正しくないと思うって状態だもの。


 そしてある時、同じドラゴン騎士団の一員で、エレオノーラの幼馴染が地球平和連合のスパイであることが発覚。


 父からの期待と自分の正義感との間で、ただでさえストレスの多かった環境だったのに、親友に殺されかけて、その子が公開処刑されるところまで目の当たりにしたことでエレオノーラは完全に気が触れてしまったらしく、自室に引きこもるようになったようだ。


 ここからはメイドのヴィオラさんの予想だけど、現状に耐えかねたエレオノーラが儀式によって自分の命と引き換えに平行世界から魂を召喚したのではないかとのこと。それで僕が運悪く召喚されたのではないかと。


 正直、話の半分以上は理解できなかった。こんな可哀想な話があるかと。この体を見るに、たぶんエレオノーラは僕と同じくらいの歳の女の子だ。それが、こんな……。まるで何かの創作みたいだ。


「それで、なんだって言うんです」


 混乱と不安から、声色に批難の色が混じるのをヴィオラさんは心の底から申し訳なさそうに受け止めた。


「あなたには、エレオノーラ様を演じてもらいたいのです」

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