あの頃から私はメモを持ち歩いていた

綾瀬 りょう

第1話 あの頃の私は若かった

 小説家を小学校5年生くらいの頃から目指していた私は、それはもう毎日オリジナルの物語を考えていた……と言うことはなく、作品を実際に描き始めたのは中学生に入ってからだ。

 それまでは日頃生活をしていて浮かんだネタを考えては「ふふふ」と笑うとても愉快な子供時代を送っていた。この物語は絶対に面白くてみんなの心を鷲掴みにすると、確信めいたものを抱いていたのを覚えている。


 小学校の卒業シーズンになると、将来の夢について聞かれるようになる。私は小説家になりたいと言って馬鹿にされるのが嫌だったから「司書になりたい」と話していた。

「なれるわけない」と否定されるのがとても怖かったのだ。だってまだ挑戦もしていない段階で「なれる」か「なれないか」なんて分からないし、何より自分が憧れたことは誰かの言葉で恥じるものではないと考えていた。

 

 実際に作家になれなかったとしても本に関わる仕事をするのが夢だった。

 細かく言えば司書さんに憧れてその後小説の編集者さんにも憧れた。

 最終的には小説家になりたいと抱いた夢は十数年色褪せることなく、胸の中に輝いている。


 そんな私に対して母親はとても寛容な人だった。ある時正直に「小説家になりたいんだ」と話したときに一切否定することはなく「頑張りな」と言ってくれた。

 数少ない母親に自分が認められたと思った瞬間。すごく嬉しくて「絶対になってやる」と心に決めていた。


 と言いながらも面白い作品などを読むと刺激され、新しいネタが沢山浮かんできた。学業という一番大切なものを蔑ろにできなかったから私の頭はオーバーヒート。考えたネタを作品に起こすまで覚えていることなんてできやしない。

 なんとなく相談した私に母親は「馬鹿だね、メモに残しておくんだよ。それは将来宝になる。どんな小さなものでもいいから」と言っていた。


 純粋な私は母親の言葉を聞いてすぐに小さなメモ帳を買った。「これいっぱいにネタを考えつくのかな」と考えていたけど、それはすぐに達成され、新しいノートを次々に買うことになった。


 時は流れ幼少期に言われた「メモを取ること」は自分にとって常にしないといけないとても大切なルーティーンになった。


 社会人になってもその癖はなくならず、私は仕事中に小さなメモ帳をポケットに入れるようになっていった。

 持ち歩いていたのは一冊のメモ帳で、もちろんネタを書き留めるだけではなく、仕事のメモもちゃんと書いている。


 ある日仕事中に業務の確認をしたくポケットを探ると、メモ帳がない。私は慌てた。それは入社してから一番慌てたかもしれない。

 当時好きだったロボットアニメの夢小説をそのメモには書いていたのだ。殿下に恋する乙女の気持ちと、政治に悪用されないように必死に動くヒロイン自分の分身。どうしようこれを原作好きな人に見られたら私は終わる。

 というか、入社1年目の私は馬鹿だったから自分が小説を書いていると言いふらしていた。その後に入社してくる子には話していないから、噂程度に情報が漏れているだけで、それ以上は誰も知らない。

 私の大切なメモを誰かに見られるわけにはいかない。

 そう思い通ったところを見返しても見当たらず、仕方なく常務に当たりながら探していた。

 すると後輩が「あの、これ先輩のですよね?」と顔を背けながら私が探していたメモ帳を手渡してきた。

ありがとう見たな?」と思いながら私はそれを受け取った。


 いや、読んだなら、もし作品を知っていたなら話したかったけどあれはあくまでも私の妄想夢小説。そんなものを見られてしまい、今後その子とどう接すればいいか悩んだかは、忘れたしまった。

 だが、メモ帳を落としたことにより受けたダメージはその後も時折あり増えていく一方だった。

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あの頃から私はメモを持ち歩いていた 綾瀬 りょう @masagow

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