スケッチ
紫陽花の花びら
第1話
恋をしている。堪らなくあの人が好きだ。想いはとめどなく溢れてだして来る。息をすることさえ忘れてしまうほどに。
この想いを書き留めることができたなら、読み返しては幸せに浸るだろう。
メロディーをつけられたなら、エンドレスで歌っていたい。
ダンスが踊れたら、その歌を歌いながら、心のおもむくままに踊り狂う。
なのに現実の私と来たら何もできやしない。あの人への想いを抱え、案山子のように、ただ立ち尽くしているだけなんだ。。
ふと見上げると、憎らしほど青々とした空が広がっている。
突然埃を被った記憶の引き出しが開いた。幼い頃の記憶が嫌でも蘇える。
「花ちゃんの絵はさ、色を塗ると下手になる! 鉛筆で描いてるときは、とっても上手なのにね」
そう言って仲良しのゆーちゃんがケラケラと笑っている。
できないことを数えるより、できることをやれば良いと言われた気がした。
スケッチブックを買い、鉛筆と絵の具を持って、夏の静かな林にむかった。
大好きな木漏れ日に包まれて、
スケッチブックに思うがまま、あの人への想いを描く。
目の前の風景のなかで、あの人が笑う。気が付けばあの人は隣にいた。鼓動は高鳴り、ほてる頬に優しいキスをしてくれるあの人。
スケッチブックのなかで、私を見つめる瞳は優しく温かい。
携帯が不思議な世界へと迷い込ませる。
小さな液晶画面のなかに広がる無数の色と見えない光。そこで繫がった現実と似非世界は、私だけのもの。
不器用な想いが、その世界に私色が絡まっていく。
心の瞳に映る、あの人の言葉は、絶え間なく寄せては返す波のよう私を揺さぶる。
海風を纏い、あの人は吹き抜けていくだけの、決して触れられない存在なのだ。それでも私の心は諦めきれないでいる。
少しだけ憂鬱になった私は、スケッチブックのあの人に何色をのせようかと悩んでいる。どれもこれもそぐわない。いっそ、このままモノクロの世界で戯れていようか。
あの人の光は、日ごと眩くなっていってしまう。
それに引き換え、私の世界は色褪せていく気がして、心は後ずさりをはじめてしまう。
あの人の世界が何かを発信したと知らせる音が、遠くに聞こえている。
空しさを押し殺し、あの人の世界へのみ込まれていく。
恋をしている。それだけのこと。それだけのことなんだ。
スケッチ 紫陽花の花びら @hina311311
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