平和利用のための色彩魔法

一式鍵

色彩魔法の平和利用

 空は青い。青は赤く染まり、やがて闇色に落ちる。なんてことのない、物理学の知識で語り切る事のできる自然現象。青は赤に、赤は黒に。


「人間はこの現象を自発的に再現できるのじゃ」


 教授はな口調で言った。


「超加速を加えられると、人間はレッドアウト、そしてブラックアウトという状態に陥るのじゃ。高速移動の魔法なんかを誤って使うとこうなることがあると報告されているのじゃ」


 眼球の毛細血管が破裂して視界が赤く染まり、そしてやがて意識を失うということだ。僕はそれを映画で知った。


 くして教授はその通りの解説をした。


「さて、そんな話は実はどうでもよくての。人間というのは『色』に支配されているとも言える」


 の権威――それがこの教授の正体だ。魔法界の中で最も派手でかつ破壊力の少ない魔法系統だ。それ故に研究者自体がとても少ない。


「色に支配されているってどういうことですか」


 僕の隣に座っているジョセフィンが言った。僕の幼馴染にして、魔法学校の特待生だ。つまり秀才である。


「色。この場合は欲を表す言葉ではなくての。文字通りのという意味じゃ。ジョセフィン、光の色は何で構成されている?」

「三原色というのを聞いたことがあります」

「そうじゃ、さすがはジョセフィンじゃな。おい、そこの、隣の、なんじゃったか、アルベルト。アルベルトじゃな?」


 突然名前を呼ばれて僕は視線を泳がせる。


「ちょっと、アル、呼ばれてるわよ」

「あ、うん。はい、教授」

「うむ、アルベルト。ではその三原色というのはなんじゃ?」

「赤、緑、青、でしょうか」

「うむ、意外にも答えられたな。結構結構」


 珍しく褒められた、気がする。この教授はなかなか人を褒めない。ジョセフィンくらいじゃないだろうか、毎回なんだかんだで褒められるのは。


「人の感性というのは、この色の組み合わせによって影響を受けるのじゃ。例えば赤い色を見れば人は活力に満ちるし、青い色を見れば冷静になる。緑は……まぁいいじゃろ。とにかく人は思いのほか、色に作用を受けているのじゃ。これはな、言語ことばなんかよりも遥かに強い影響力を持っているのじゃ」


 教授はそう言って指を鳴らした。パッと七色の光が散る。生徒たちから歓声があがる。教授は幾分機嫌よく鼻を鳴らす。


「こういうアトラクションでも、諸君らは脳に認識された色によって歓声をあげたのじゃよ」

「教授」

「なんじゃい、ジョセフィン」

「音もそうなんじゃないですか?」

「音もな、すなわち色なんじゃよ」


 はい?

 

 僕はついていけなくなった。ジョセフィンはまだ食らいつく。


「音も色として認識されているということでしょうか」

「そう。脳に格納される時には、色情報として保存されるのじゃ。脳というデータベースに格納する際には、というものがあるのじゃな。その情報なのじゃ。押しべて記憶というのは色なのじゃ。逆にいえば、色によっていくらでも記憶というものを作ることができるというものなのじゃ」

「それって教授、もしかして」


 ジョセフィンの横顔は、鋭利だ。


 数秒の沈黙が僕の肌をチリチリとさせた。


「色を自由に操ることで、人を操ることもできるということをおっしゃっていますか?」

「うむ、さすがはジョセフィンじゃ」

「先日、隣国からの捕虜が多数行方不明になったと聞きました」

「うむ、さすがはジョセフィンじゃの」


 教授は目を細める。


「捕虜で実験なさったのですか」

「人間の本能を刺激しただけじゃよ。しかも効率的に」


 その目が物騒に輝いた。


「色彩魔法は最もしいたげられてきた分野じゃ。じゃがな、この実験結果により、色彩魔法は地位を確立することができたのじゃ。脳内に色を塗り込めば、それで人の行動を制御できるのじゃ。わしはその技術も長年の研究で確立させておった。もはや我が国は無敵と言っても良い。味方には鼓舞、敵には恐怖。いかなる感情も行動も自由自在じゃ。同士討ちさせられることも実証済みじゃ」

「教授は、そんなことのために」


 ジョセフィンの唇が戦慄わなないている。


「平和な魔法だとおもっていたんです、私」

「平和な魔法は平和な世の中では価値がある。されどな、ジョセフィン。この群雄割拠の時代において、平和な魔法なんてものは道楽にすぎんのじゃ」

「でも、だからこその」

「綺麗事ではの、飯は食えんのじゃ、ジョセフィン」


 教授の声は幾分寂しそうでもあった。


「味方を幸せにし、敵を駆逐する。その後に作られた平和の中で、平和な魔法の価値を発揮する。全てが平和利用できる魔法によって為されるのであれば、いずれ破壊にしか使えない攻撃魔法のようなものはなくなっていくじゃろう。そしてその先に、真の平和が訪れた暁には、わしの色彩魔法は本来のアトラクティヴなものに戻れるのじゃ」


 それは詭弁のようにも聞こえる。が、正しいことのようにも聞こえる。


「でも教授」

「ジョセフィン。平和の価値を叫ぶのは、平和になってからにした方が良いのじゃ。平和を夢見て、平和を目指す動機を持つのは良いことじゃ。されど、平和でもない世の中で平和を叫んだところで、それは虚しいものなのじゃよ」


 教授は静かにそう言った。


 僕は手を挙げた。


「教授は本当は――」

「であるとしても、それを語ることに価値はなかろうよ、アルベルト」

「僕は……教授の魔法が人を傷付けないことを祈ります」

「わしもそう思っておるよ。本心ではね」


 教授は寂寥せきりょうを感じさせる声音で、そうこたえた。


「ほんとうの平和利用を求めるためには、どうにかして平和を作るしかないのじゃ」


 教授は両手を打った。ぽん、という音と共に、七色の光が散った。

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