第40話 辺境伯との面会

 馬車は城壁の門の下を何の検閲もなく潜り過ぎ、街――ではないな見た所、城郭都市――の中に入っていく。


 約十年の間にチェノは城郭都市になったのか。

 魔王との戦で大打撃を受けたであろうアルビアにそんな余力が残っていたのか?

 ……ああ、戦によって逃げてきた人々がチェノに集まり、住み始めたのか。


 他の国に逃げればいいのにとも思うが、愛国心がある平民や未練、魔王国に歯向かってやろうと思っている人が集まったのだろうか。

 そんなところだろう。


 それよりも、もうそろそろ降りるかのう。

 先程から視線もチクチクと痛いし。


「ハンエル、わしらはもうそろそろ降りてええかの?」

「え? それはまたなんでですか?」

「ん? 護衛は完了じゃろ?

 これ以上この馬車にご厄介になってもダメかと思ってのう」


 そう言うとハンエルは一瞬呆けた後、瞬きをして口を開く。


「いやいやいや、厄介なんてことありませんよ。

 命の恩人にそんな事思う訳ないじゃないですか。それにソリアお嬢様が言った通り、領主様の邸宅で褒美を受け取ってもらわなくてはいけません!」

「お、おう。わかったぞ」


 余りにも気迫のある物言いにわしは返事をしてしまう。

 これでわしの領主の邸宅行きは決定した。




 わしらは領主の邸宅に入り、応接室にてソファーに座っている訳だが……。


「ソリア……よく無事に戻った。

 お父さんは嬉しいぞぉぉぉ!!!」


 感動的な? 再会を目の前で見せつけられていた。

 領主らしき顔の整ったチェリノース辺境伯は、盛大に親馬鹿を発動している模様。


 ジェニは特に洗脳などはされていなかった。

 馬車の中ではおてんば令嬢が捲し立てるように会話をしていただけで、特に問題は無かったと。


「お父様!! 苦しい!! 苦しいって!!」


 令嬢はその幼い手足で、領主の熱い抱擁を退けようとしている。

 中々シュールな光景だ。貴族でも中々珍しい方ではないか? 知らんけど。


 いつまでも抱擁していそうなので、わしは咳払いをしてこちらの存在に気付かせる。


「ああ、すまない。

 貴殿らが私の娘を助けてくれたようだね?

 私の名はクフ・チェリノース。以後お見知りおきを」


 衣服のしわを直すように叩くと、令嬢、辺境伯共にわしらの対面のソファーに座りそう口を開いた。


「ああ」

「ふむ……娘の恩人に向かって失礼だとは存じるが、身分証をみせて貰えるかな?

 そのなりだ、少し警戒せざるを得なくてね」


 そう言って辺境伯は手の先で、辺境伯の座るソファーの横に控えていた執事を指す。

 執事は辺境伯に一礼すると、わしらに近付いてきた。


「身分証を」

「ああ、ジェニも出してくれ」

「はい」


 わしらは執事に冒険者カードを渡す。

 執事は鼻に掛けたモノクルをクイッと上げると、目を通し始めた。

 そして確認を終えるとそのカードを辺境伯に「ご確認を」と渡す。


「ジェニファー殿と……リドル殿だね。

 ん? リドル? どこかで聞いた名だな」


 まあ、流石にこの国の辺境伯ともなれば、流石に何かしら反応はあるものか。

 仕方あるまい。


 執事は頭を捻る辺境伯に耳打ちする。


「なんだとっ!?」


 大声を上げて立ち上がり、驚愕の眼差しでわしを見る辺境伯。

 これは気付かれたっぽいな。


 こうなるから嫌だったんじゃよ。


 過去に戦場の英雄と持て囃されたわしじゃ。

 目の前の辺境伯はわしの歳でも戦えると思ったに違いない。それに令嬢を助けたという戦える実績があるのだし。


「お父様! びっくりしたじゃないの!!」

「ああ、すまん……。

 ソリア、リドル殿の戦いぶりは見ていたか?」

「え? 見てないわ……でも、十人近くいた盗賊が直ぐに静かになったの」

「そうか……」


 辺境伯は思案気な顔をして固まる。

 いやな予感がするな。


「リドル殿。軍に戻られるつもりはないのか?」


 やはりな。


「ないのう。今更こんな老骨が何も役に立てることはないじゃろう」

「そんなことはないだろう。

 盗賊を一瞬で殲滅するほどの腕だ。役に立たない筈がない」

「一瞬で殲滅できたのは、このジェニファーが居たおかげじゃ。

 わし一人で瞬殺などは到底できん」


 ジェニには申し訳ないが、言い訳として名前を出させてもらう。


「ほう?」


 辺境伯はジェニに目を向ける。

 値踏みするような視線だ。それに対してジェニは居心地悪そうに身じろぎする。


「確かに潤沢な魔力だ。

 ソリアを優に上回っている。リドル殿の言っている事は本当なのだろう。

 しかしだ、貴殿のその強者の気配にジェニファー殿を上回る魔力量。

 間違いなく活躍できると思うのだが?」


 その通りだ。

 確かに今のわしなら普通の兵士以上に活躍できるだろう。

 ロベール村で引き籠っていたあの頃よりかは、間違いなく活躍できる。

 しかし、今はこの国を守る意義を感じない。


 あの頃は、軍で出会った家族、友人と呼べる人々の為にわしは剣と杖を揮えた。

 

 今はもう

 全て遅いんだ。


 娘は恐らく死んでいる。息子も恐らく戦火の火の粉が掛かり死んでいる。

 なぜなら息子とは手紙で連絡を取り合っていた。しかし、ある時から連絡が来なくなったのだ。

 亡くなってしまったとしか思えない。


 わしは娘の墓参りと息子――ニアの生死の確認をしに王都に行く。

 何かに縛られるつもりはない。


「すまんが、軍に戻るつもりはない。

 言えんが理由があるんじゃ。察しておくれ」

「そうか……いや、すまない。無理を言った。

 もしその理由とやらがなくなったら、この指輪をはめてこの館を訪ねてくれ」


 辺境伯はそう言って中指にはめていた銀色の指輪をわしにむかって投げた。


「わかった」


 指輪はキャッチし、返事を返す。


 その後は褒美の話に移った。

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