第38話 盗賊退治
中途半端な時間だが、食事を済ませた後。
少し
林を抜け、森を抜け、川の上の橋を渡り――また林に入った。
その頃には夜は明け、辺りも明るくなっていた。
もう直昼時である。
この林道を通るのは久しぶりだな。と思いつつ歩いていると10人以上の規模の気配がこの道の向こうの方で集まっているのを感知した。
馬もいるっぽいな。
これは馬と四人の人間を取り囲んでいる……? 家畜の馬か? 行商人?
昨今、馬が野生として生息している場所は限られている。アルビアに野生馬が生息しているというのはあまり聞かない。
ならばあれは――。
直感が変だと告げているので、ジェニに一声かけて道を外れて林の中に入る。
「どうしたの?」
「この先に恐らく盗賊がいる」
「えっ!」
ジェニは驚きつつ顔をわしが視線で指した方に向けた。
だが感じ取れなかったようで、視線をこちらに戻す。
「馬の気配があることから推測すると、馬車がある可能性が高い。襲われていたら助けるぞ」
「リド爺ならそう言うと思いました……了解です」
などと小声で話すと少し駆け足で進む。
気配に近付くにつれて、悲鳴、怒号、馬の鳴き声が聞こえてきた。
ジェニに《身体強化魔法〈2〉》を掛け、わしは速度を上げる。
そして作戦を伝える。
「わしが先に出る。ジェニはその【錬金術】と魔法を使って翻弄してほしい」
「わかった……!」
馬車と人だかりが見えてきた。
盗賊らしき男達は馬車を取り囲み、馬車を蹴ったり馬の足を切り落としたり御者を脅したりしている。幸いあの豪華そうな馬車の中の人間は出て来ていないようだ。
……ふむ、あまり強いのは居なさそうじゃな。
決めた。わしは今回魔法を使わずに戦う。
ある程度、魔法を使わないわしがどこまでやれるか知っておかなくてはいけない。
もし強い気配を隠しておる奴がおったら魔法を使う事になるがな。
そう心に決めて、わしは【収納】から装飾も何もない長剣を取り出し、林から飛び出す。
一気に背を向けている盗賊の男に肉薄し、腰を断つ。
別たれた胴体と足が崩れるのを横目に、二人目の盗賊の首を掻っ切る。
そして一旦無防備にわしの姿を捉えさせた。
「てっ、敵襲ーッ!!!」
その言葉を放った瞬間、その盗賊は地面から生えてきた棘に突き刺された。
これはジェニの仕業だろう。これじゃ翻弄ではなく、確殺だな。
わしは辺りを見回す。
ほとんどの盗賊が地面からの棘を避けれず突き刺されていた。
避けたのは四人か。
「て、てめぇ! 何しやがる!!」
盗賊の中でも一際大きい図体でスキンへッドな男——恐らく頭——が前に出て来て、喧しく叫ぶ。
「何しやがるも何も、お前らが何をしている。
他所様の馬車を襲うなんて言語道断じゃ。
……盗賊のお主らに言っても意味はないと分かっているがのう」
わしは言葉に【威圧】を込めながらそう発する。
「だ、黙れ!! 俺達だって生活が懸かってるんだよッ!!」
盗賊の誰かが言った。
生活が懸かっているからと言って、人を襲っていいわけではない。
たとえその道しか無かろうとも。
少し気圧されはした様だが、間合いを取ってこちらの様子を伺っている盗賊の頭。
その距離大体、盗賊頭の背丈二人分。
ほう……?けして自分を驕っている訳じゃないが、わしの【威圧】を耐えるとは。
盗賊頭の後ろではジェニが一人ずつ、蔓で盗賊の口を塞ぎながら殺しているのが目に入る。だが、盗賊頭にバレては台無しだ。
わしは目線をずらさない様に気を付ける。
なんだ……?
こやつの瞳孔、濃いピンク色と茶色が入り混じったような濁った色をしている。
「来ないなら俺から行くぞ! ——【
「……ぐっ!?」
盗賊頭が一歩踏み込んだ瞬間、わしの体重が増した。
いや、これはわしに掛かる重力が増したのか。
「へんっ、口だけかジジイ……!
ロギス流――
盗賊頭が抜いた剣の切っ先が白を纏い伸びた――ように見えた。
わしはそれを回避し、盗賊頭の視界から外れて横脇から盗賊頭の首を斬り落とした。
力なく盗賊頭の巨体が前屈みに倒れる。
「ふん、拙い」
【深歩】。以前一度食らったことのあるスキルだ。
これは使用者の視界内――顔がはっきりと見える者限定らしい――にいる対象の生物の重力を0.5ずつ倍増させるという厄介極まりないもの。
つまりこれは重力を我慢し、視界内から一瞬で逃げ
盗賊頭が一歩しか進んでいない、つまりは1.5倍しかわしに重力を掛けなかったのが奴の敗因だ。
わしはフードを目深に被ったつもりなんだが……。この盗賊頭、暗視のスキルでも持っていたか?
そして白貫突。かの有名なロギス流の第四
剣先に集めるように魔力を瞬時に込め、白の閃光を纏って剣先を魔力の刃で伸ばすという技である。
わしもこう聞くと単純だとは思ったが、食らった側としてはたまったもんじゃない。技が決まれば光による目つぶしを食らう事になるのだ。
これでは避けてもその次の手で死ぬ。
だがこれも奴は単調過ぎた。予備動作からして頭を狙う気満々だったからな。
そんなもの、横に思い切り首をずらして【魔力感知】で光るであろうタイミングを見極めて目を少し閉じれば対処できてしまう。
何故あんな粗忽ものに第四階梯の技を授けたのかわからぬ。
宝の持ち腐れとはこのことだ。
そんな事を思いながらわしは辺りを見回す。
盗賊たちに恐喝されていた御者らしき男がこちらを見て恐々としているのが目に入った。
……わし、そんなに恐ろしい見た目しているだろうか?
そう思い、自分の身体を見る。
古ぼけた外套を目元が隠れるほどまでに深々と被った――不審者だな。
わしはフードを取り、御者の男に近付く。
するとあからさまに「ひぃ」と声を漏らし、尻を引きずりながら後ずさる。
「そんなに怖がらなくてもよい。わしはお主に何も要求せぬからのう」
そう言って手を差し出すと、震える手で恐る恐る手を掴んできた。
骨の芯から震えているのが伝わる。相当怖い思いをしたのだろう。
「あ、ありがとうございました……助けて頂いて」
「当然の事をしたまでじゃ」
そう返し、林の方に向かって「もう出て来ていいぞ」と少々大きめの声で言う。
するとしっかり届いたのか、林の中から素早くジェニが姿を現した。
「ジェニ、見事な魔法じゃった。流石相棒じゃ」
そう褒めるとジェニは、はにかみ照れたような仕草をした。
そしてわしは、御者を立たせた所から視線を感じていた場所に向かって目を向ける。
「っ!!」
豪華そうな馬車の扉の隙間から覗いている人間の目と目が合った。
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