第29話 襲撃者の過去

≪side:ハイル≫


「クソッ、クソッ、クソォォっ!!!」


 胸を貫かれた痛みが、悔しさと怒りに飲み込まれ口からどうしようもない言葉となって吐き出される。


 なんなんだあの老人は!! 二つの属性を混ぜ込むという高等技術を使い、更に追尾させてくるだと? どんな魔法操作だ!!


 こんなはずじゃなかった。


 ……だが、冒険者ギルドで見つけた割の良すぎる依頼に冷静な判断が出来なかった俺の失態だ。




◆◆◆◆◆


 俺達の拠点としていた街、バンベルグの早朝。

 小鳥が優雅に天空を飛び回る様は、この街の平和を象徴していた。


 そんな日、冒険者ギルドで俺達三兄弟は割の良すぎる依頼を見つけた。


「兄ちゃん兄ちゃん、取れた」


 俺とアレトが依頼争奪戦で負けた中、大柄のミベットが新品の依頼書を手に駆け寄ってきた。

 そしてその依頼書を差し出してくる。


 このパーティーのリーダーは俺だ。それ故受けるかどうかの判断を任されていた。


「ふむふむ……『老いた人族の亡骸を納品せよ』? 場所は第十一星のヴァテリオ帝国、ベントラム辺境伯領……。名は姓無しのリドル。ほう、B級冒険者か……」


 少し遠いがB級なら間違いなく倒せる相手だな。

 しかも老人だ、ステータスが弱体化しているのであれば万が一にも負ける可能性はないと見た。

 しかし、相手が魔法使いだったら? いやそれでも身体強化で上げれるステータスにも限度がある。大丈夫だろう。


 そして肝心の報酬は……?


 下部に書いてあった達成報酬をみた瞬間俺は目が飛び出そうになった。


「金貨一枚ぃ!?」

「「な!?」」


 文字が読めないのに依頼書を覗き込んでいた兄弟二人は、叫んだ俺の言葉を認識し、驚いたようだ。


「これは……受けるっきゃないよな?」

「そうだね」

「大賛成!」


 俺の言葉に同意する二人。

 そしてアレトが何かに気付き、指をさした。


「報酬欄、もう一つ書いてあるよ」


 それを見た瞬間、俺達は即受付に向かった。




 ヴァテリオ帝国に入る時ひと悶着あったが、俺達は何とか入国出来た。


 依頼を受けた際に開示された情報の一つによると、リドルとやらはロベール村という村に住んでいるらしい。

 

 俺達はその情報を元に、ひたすら旅をした。

 その道中、忌避の目で見られるのがなんだか気分が悪いため、俺達は変装のスキルを使って行動することにした。


 俺達はなんだかんだ魔族圏を出た事が数回しかないので、人間の国というのはやはり新鮮だった。



 そして俺達はルーに着いた。

 

 長旅で疲れていたこともあって、宿屋で一泊した俺達は朝一番で冒険者ギルドに向かう。

 その理由はロベール村がどの方角にあるかを聞くためだ。


 冒険者ギルドに着き、受付でロベール村の場所を訊いているとミベットが肩を叩いてきた。


「なに?」

「あそこの子連れ老人、特徴同じじゃない?」

「まじだ」


 ロベール村の最寄りの街だし、可能性は十二分にある。

 俺達はさっさと受付を離れると、ギルドの壁際を陣取って目標らしき老人を観察する。


 なんだ? あれは。

 熟練の戦士のような足運びに、無駄を感じさせない動作。

 全く隙が見当たらない。

 それに……あの老骨に纏いつくような、濃密な死の気配。


 あの老人は恐らく悍ましい程の命を奪っている。――それに強い。

 いや、それでもステータスが弱体化されているはずだ。


 俺はどうやってあの老人を殺そうかと、脳内で思い描きながら老人を睨みつける。


 ……あぁ、やはり殺気にも敏感か。


「なんだなんだ?」

「おい、なんか空気悪くね?」

「そうか?」


 敏感な者は場の空気の重さが増したような錯覚に陥る。

 これは俺達の殺気による効果だ。


 やがて老人は受付を終わらせたのか長髪の女児の手を引いて、足早にギルドを出て行った。

 俺達の殺気を受けてだろう、身の安全を確保するために早くその場を離れたかったに違いない。


「追うぞ」

「「おう」」


 俺達は【隠蔽】と【気配遮断】を使ってギルドの外に出ると、近くの建物の屋根に跳躍して上り、様子を見る。


 すると老人らはギルドから少し離れた位置で立ち止まっていた。

 

 これは好機! 良心が痛むのでなるべく街中で殺したくは無かったが、早めに先手を打った方がいいと見た。


「光の矢だ。構えるぞ」

「分かった」

「おし」


 全員が老人に光の矢を向けた所で、俺は合図を出した。


「放て」


 と。


 すると驚くべきことに老人は光の矢を易々と回避し、音速を少し下回る程のスピードでその場を離れていった。

 しかも、あの女児を担ぎながら。


 そのせいで土と岩を纏った衝撃波が周囲の店にぶつかり、酷い惨状を生み出している。


 あの老人……人族だろうに、良心の呵責はないのか!!

 平然とした顔でまだ走っているぞ。


 横でポカンとしている二人の肩を叩き「追うぞ」と言って我先に走り出す。


 なるほど……こんな奴だから我らの魔族軍の、それも幹部級から怒りを買うのか。

 こんな老人だからこそ、殺すのに躊躇いを感じることがないのは助かるが。



 遂に老人は市壁を飛び越え、草原を走り始めた。

 その後を追う俺達。


 不意に老人は立ち止まると、どこからか杖を取り出しこちらに構えてきた。


 あの老人は魔法使いなのか!?


「待て! 話を!!」


◆◆◆◆◆


 そこからは一瞬だったように思う。

 俺もミベットもアレトも、あの光の槍に貫かれ死んでしまう。


「ごめん、ごべんなぁ……!!」


 なんで、なんで、こんなに世界は無情なのか。


 我らが神々だって、俺達を見守ってくれているはずなのに。


 あの『悪』が勝って、俺達が負ける……?


 そんなの許されていい筈がない。


 俺達は今まで潔い行いばかりしてきたはずだ。


 なのになんで……!


 クソ……。


 あぁ、もう意識が薄れていく。


 俺は死ぬのか。


 ミベット、アレト。本当にすまない。


 俺が選択を間違えたばかりに、弟達まで……。


 最低な兄貴だ。


 今はそれすら声に出せないが、仲良くやってきた俺達は気持ちが通じ合っているはずだ。


 神様、最期にお願いだ。


 弟達だけは天国に行かせてくれ。


 俺はどうなってもいいから――。

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