第26話 冒険者ギルド

 朝のギルドは当たり前のように混雑していた。


 掲示板には人が群がり、わりの良い依頼を勝ち取ろうと屈強な男達が罵声を飛ばしながら取り合っている。

 受付の方には勝ち取った依頼用紙を受理してもらおうと、これまた熟練そうな冒険者が並んでいる。


 その混雑のおかげか、わしらに目を向ける者が少ない。

 視線を向けた者達はわしを一瞥して目を見開き、そしてジェニに物珍しそうな視線を向ける。


 水色を極度に薄めた綺麗な長髪に、触れたら消えてしまいそうな美形。それに人間のような長さであるが、尖っている耳。

 本当にあの髭面の村長の子とは思えない程の容姿をしている。


 一方、ジェニは周りの視線に気づいているのか、無視をしているのか、目をキラキラさせてギルド内を見回している。

 やがて『受付』の文字に気付いたのか、率先してわしの袖を引っ張り歩いていく。


 しかし、あのカウンターの高さはジェニの身長的に合ってない。

 ジェニの場合、丁度鼻辺りがカウンターと同じ高さだろう。


 受付に着くと、受付嬢は態々立ち上がってカウンターから身を乗り出しジェニに話しかける。


「今日は何の用事かな? ご依頼ですか?」


 受付嬢はわしには見向きもせず、ジェニにそう微笑みかける。


「僕の冒険者登録をお願いします!」

「冒険者登録ね。……え?」


 受付嬢はジェニを見て瞬くと、顔を上げわしを睨みつけた。

 これはあれだ、「こんな可愛い子に、なに冒険者登録させようとしてるのよ!!」って憤慨してるというところか。


 受付嬢の気持ちはよく分かるが、ここで冒険者登録しなければ今後国境を越える時の身分証明書にならない。

 それにここでジェニに今更冒険者登録するのはやめておこうなんて言えるはずがない。そうなると最悪、ジェニは泣くだろう。


「どうしたんですか?」


 ジェニはわしと受付嬢を見比べてそう首を傾げながら問う。


「あ、いえ。何でもないのよ。……あなた、本当に冒険者になるの?」

「はい! 僕の夢で、お母さんもそうだったんです!」


 ジェニはそう言って笑顔を作る。

 それに受付嬢は「うっ」と胸を抑える仕草をすると、わしを一瞥してジェニに優しく声を掛ける。


「そう……分かったわ。でも命知らずなことはしないって、お姉さんと約束できる?」


 お姉さんて。多分、いや確実にジェニの方が年上だ。


「分かりました、約束します。それに僕には相棒のリド爺がいるので大丈夫です!」


 ジェニはわしを見ながらそう言いきった。

 うん、可愛い。わしの心臓にも何か刺さるような感じがした。


「……お爺さん、ランクは?」

「わしか? わしはBじゃ」


 そう言うと受付嬢は険しい顔になる。

 なんかモメる予感しかしないのだが。毎度冒険者ギルドに来るたび、モメているような気がするな。


「お孫さんの前だからってカッコつけるのはやめなさい。

 本当のランクは? 冒険者カードを見せて」

「……」


 わしは『収納』の中からカードを取り出し、渡す。

 渡す瞬間、ジェニの顔を見たが不機嫌そうだ。


 冒険者カードを受け取った受付嬢は、カードを魔道具に通さずともBの文字が見えたのか目を見開いてわしを見る。

 

「……っ! 失礼しました。こ、これなら安心ですね。早速そちらのお孫さんの冒険者登録をさせてもらいます!」


 そう言うと、受付嬢はそそくさと奥に引っ込んでいった。


 ふむ、わしのランクを大声で言わなかっただけマシじゃな。

 ふとジェニを見る。すると視線に気付いたのか、不思議そうにこちらを見てきた。


 わしが無言だったからか、ジェニは考え深そうに話を切り出す。


「リド爺、B級だったんだ。正直、C級だと思ってたよ」

「はは、老衰がある以上そう思われても仕方がないからのう。……そうじゃ、ジェニのお母さんは何ランクだったんじゃ?」


 そう問いかけるとジェニは迷う素振りを見せた。

 

 あっ、まずい事を訊いたかもしれない。そう思った時にはもう遅し。

 ジェニは口を開いていた。


「父さんが言うには、お母さんはS級だったらしいよ。『氷華』って二つ名があったって」

「S級……」


 はて、どこかで聞いた事があるような。

 わしが記憶の引き出しを漁っていると、先程の受付嬢がカードを手に戻ってきた。


「お待たせしました。えっと……」


 受付嬢はジェニの方を見て、困り眉を作り固まる。

 そう言えば、この受付嬢はジェニの名前を訊いていなかったな。

 わしはそう気づき、首を傾げているジェニに耳打ちをする。


「名前じゃよ、名前」

「あっ!」


 気付いた様じゃな。


「僕の名前はジェニファーだよ」

「……ジェニファーちゃん、このカードに魔力を流してもらえる? 魔力の流し方は分かるわよね?」

「はい!」


 ジェニは元気よく頷き、カードを摘んで魔力を流す。

 するとカードが薄っすらと発光した。


「はい、ありがとう。もう大丈夫よ」


 受付嬢がそう言うとジェニは頷き手を離した。


 受付嬢はそのままカードリーダーらしきものに通すと、ホログラムキーボードに情報を打ち込み、登録の手続きをしていく。

 そして受付嬢はホログラムを見ながらこちらに登録料の支払いをお願いしてきた。


 それに対してジェニはポケットから大銅貨二枚を取り出し、カウンターに置く。

 受付嬢はそれを一瞥すると、数えるように一枚一枚手に取り「確かに、受け取りました」と言いキーボードを打ち始めた。


 それにしても本当にどういう仕組みなのか知らんが、あのホログラムは第三者には情報が見れないようになっている。

 おかげでわしにはホログラムウィンドウ自体は見えるが、中の文字が見えることはない。それはジェニも同じだろう。


 ジェニに目を向けると、非常に真剣な目でそのホログラムを凝視している。

 まあそうか、村にはこういった魔導具の類が殆どない。だからジェニにとってはこれが初めての魔導具体験なのだろう。


 やがて手続きが終わったのか、受付嬢はジェニにカードを渡す。


「これで晴れてジェニファーさんは冒険者になりました。おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「最初はGランクからのスタートとなります。

 これから実績を積み重ねて、立派な冒険者を目指しましょう。

 ……説明は以上です。パーティー登録して行かれますか?」


 受付嬢は最後にわしに目を向け、パーティー登録するかを訊いた。

 もちろんYESだ。


「そうじゃな、お願いするとしよう」


 わしは冒険者カードをカウンターの上に置く。

 それを見倣ったのかジェニもカウンターの上に自身のカードを置いた。


「承りました。

 ではパーティー申請を受理します」


 受付嬢は二枚のカードを通すと、何かを打ち込みカードを返してくれる。


 思ったがこの受付嬢、割と手際がいいのう。

 それでも、先程の説明を省いたのが頂けないが。


 それにしても――


「お二人のパーティー申請は正式に受理されました」

「ありがとう。ジェニ、いくぞ」

「うん」


 わしはジェニの手を引いて足早に冒険者ギルドを去った。

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