第7話 じいさん、思い出す

 それから歩く事15分。

 わし達の前にラージマンティスという魔物が現れた。


「爺さんは下がって――」

「いやここはわしが

「……っ」


 わしが久しぶりに殺気を滲ませてそう魔物を睨みながら言うと、ロタはビクッと身体を弾ませてコクコク頷く。

 魔物は殺気を感じ取ったのか、顎をカチカチと鳴らしながら威嚇してくる。


 F級の魔物ラージマンティス。蟲系の魔物で全長1.5~3mある魔物だ。

 こいつはその中でもそこまでデカくない。大体2m弱という所だろう。

 成体になったばかりか?


 そんな風に考え事していると、魔物は油断を察知したのか突撃してくる。


「爺さんっ!!」


 背後からロタの迫真な声が聞こえてくる。

 これは決してわしが油断していたわけではない。敵の油断を誘うためにわざと無防備を晒していたのだ。


『止まれ』


 瞬間、空気が揺れるような圧が波紋が広がるように響く。

 すると魔物は駆けるのを止め、手足でブレーキを掛ける。

 そして横に倒れた。


「——は?」


 後ろからロタの惚けたような声が聞こえた。


 この魔物がわざわざ接近しなくてもスキルの間合いだったが、わしが無防備を晒すことで魔物はわしが取るに足らない相手と思わせる事が出来た。

 それによってこのスキルが効かなくとも、油断しているラージマンティスを斃すのは容易くなる。


 もしスキルが効かなければわしは《闇の矢ダークアロー》を瞬時に三発撃ち込むつもりでいた。


「ほれ、ロタも手伝っておくれ。

 こいつはまだ気絶しておるだけじゃ、さっさと止めを刺すぞ」

「……あ、ああ」


 返事を返したロタは魔剣を抜き、一撃でばっさりと魔物の首を刎ねる。

 そしてわしに向き直った。


「あれって【威圧】だよな? このスキルって相手を怯ませるだけじゃなかったのかよ!?」

 

 と前のめりになって聞いてくる。

 余りにも距離が近いものでロタの体臭が匂ってくる。

 コイツちゃんと体洗ってるのか?


「落ち着け、確かに【威圧】のスキルだが、わしのはレベルが高いからのう。

 ある程度のランクの魔物は気絶させることができるのじゃよ」

「すげぇ!! 俺も【威圧】のスキルのレベル上げることにするぜ」


 そう言って握りこぶしを作って決心するロタ。

 【威圧】のレベルを上げるには相当使わなければいかんからのう。なかなか難しいぞよ。


「ほれ、それより解体するぞ」

「あーい」


 わしたちはそうしてラージマンティスの解体を始めたのだった。




「お、見えてきたな! ルーの街!」


 街道を挟んでいた林を抜けて数分経った頃、ロタがそう声を上げる。

 指をさしていたのでその方向を見ると確かに街の市壁が見えた。


「あともう少しかの」

「そうだなぁ、三十分は掛からないと思うぜ」

「そうか」


 それだけの会話を交わして一度止めていた足を動かし始める。


 ふむ、見た感じ昔と比べて市壁の形は変わっていないようだ。

 という事はそこまで人口が増えていないのか。


 ルーの街といえば、狐の亜人の少女は元気にしているだろうか。

 もう五年は経っているか、では今は少女ではなく成人した女性じゃな。

 確かあの時は――。






◆◆◆


 雨雲が立ち込める中。

 わしは左手に木傘を右手に杖を持って宿に帰ろうと街中を歩いていた時だったか。


 不意に目についたのだ。


 路地裏の入り口、日陰になりそうな所にフードを被った少女がいた。

 フードから漏れている髪は狐色の髪。寒そうに自分の身体を抱いている。

 ぼろぼろのズボンの裾からはみ出している足は裸足で、痛々しい擦り傷が裸足と素手に付いていたのが印象的だった。

 

 わしは思わず声を掛けた。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい。こんな所にいると風邪を引いてしまうよ?」


 幼い少女に威圧感を与えぬように比較的柔らかい口調で問いかける。


 すると少女は少し顔を上げ、わしの目を真っ直ぐに見て直ぐにまた顔を伏せた。

 一瞬だがはっきりと頭に残った。


 その少女の瞳は澄んだ黄緑色だった。




『精霊憑き』




 そんな言葉が頭に浮かんだ。


「あっち行って」


 少女がか細い声でそう言った。声音は少し震えていたと思う。


「……お嬢ちゃん家は? 家まで送ってあげよう」


 わしは努めて優しい声でそう言った。


「家は……孤児院。だけど帰りたくない」


 少女は顔を伏せたままそう答えた。


 わしがその答えに沈黙していると、少女は顔を上げて口を開いた。


「私、いじめられてるの。おじいちゃんなら、助けてくれる?」


 これがこの少女との出会いだった。






◇◇◇


 会話した内容まで全て鮮明に思い出せた。

 この歳でこんなに記憶力がいいのは流石におかしい。

 やはり【不老不死】の能力の一つなのだろう。




「おー結構並んでるなぁ」

「そうじゃなぁ」


 列の最後尾に並んだわしらは門の方を見てそう感想を零す。


 だが列の消化スピードが意外と速いのか、ぐんぐん門が近づく。


 そしてすぐにわしらの番が来た。


「身分証になるものを出してください。無い場合こちらの水晶に触れた後、問題なければ入街税の青銅貨二枚を頂きます」


 わしは身分証になる冒険者カードを持っている為、入街税は免除になるはずじゃが、ロタは確か身分証になるものを持っていない。

 以前買い出しに行かせたときは入街税分の青銅貨を渡したのを覚えている。


「俺は身分証持ってないな」


 そう言ってロタは慣れたように水晶に手をかざす。


 あの水晶は確か悪意を判別する為の魔導具じゃったか。少しでも悪意があると黒色に光、悪意がなければ――。


 ロタが手をかざした水晶は白色に光った。

 

 ――このようになる。


「はい、問題ありませんね。では青銅貨二枚を頂きます」

「はいよ」


 ロタは青銅貨を衛兵に渡し、先へ通されていた。

 ここで厳重な都市ならば、滞在日数や入街理由を聞かれていただろう。


「身分証になるものを出してください。無い場合――」

「ほれ、冒険者カードじゃ」


 収納から取り出した冒険者カードを衛兵に渡す。

 実はアルビア王国で軍に所属していた際の身分証明書が残っているが、それを使うと間違いなく厄介な事になるのでやめた。


 衛兵は冒険者カードに掛かれた文字を読むように目を動かし、目を一点に留まらせる。


「っ! あ、はい問題ありませんよ」


 衛兵は一瞬顔を引き攣らせると直ぐにハッとした表情になり、冒険者カードを返して通してくれた。


 なんじゃ? あの冒険者カードに何かおかしな表記でもされていたか?


 わしは何故顔を引き攣らせたのか疑問に思いながら、門をくぐったのだった。

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