第5話 じいさん、村さ帰るだ

 土煙が晴れると、ポイズン・スモールスライムと地面に深く突き刺さった石槍の姿が露わになった。


 毒性の空気を霧散させたとはいえ、ポイズン・スモールスライムの死体がある限り毒性の空気は生まれ続ける。


 それにスライム系の魔物は殆ど何でも食べる。仲間の死体すら食らうのだ。

 もし、他のスモールスライムがこの死体を食らってしまうとポイズン種に進化する可能性がある。早く除去しなければいけない。


 わしは布マスクと手袋を【収納】から取り出し、まず手袋を両手にはめる。そして布マスクをつけた。

 布マスクでは心許無いが、ないよりかはマシだ。


 杖と覚束ない足を急いで動かし、死体の元へ行く。


「あよっこらせ」


 掛け声を出しながら膝をついてしゃがみ、【収納】から筒を取り出しポイズン・スモールスライムの体液を中に入れる。


 普通のスモールスライムと違って少々毒々しい見た目をしている為か、少し「うっ」とえずく。だがここで大きく深呼吸すると毒性の空気を吸い込む可能性がある。

 浅く息を吸い、次の筒に持ち替えて体液を入れる。


 あともう一本分その作業をすると、殆どの体液を採り終わった。残りの草などに付着している体液はもう十分もすれば蒸発するだろう。

 そして――


「《毒魔石》か。これはまた珍しいものが手に入ったのう」


 毒魔石、魔物の核である魔石が毒属性に染まったものをそう呼ぶ。

 実際【鑑定】でもそう書かれている。


=====

《F級毒魔石》

 等級:F

 毒魔法に染まった魔石。

 これ本体を媒体とし、毒魔法を発現させることが可能。

 保有魔力:35

=====


 説明に書いてある通り、毒魔石が保有している魔力を使って毒魔法を行使することも可能だ。毒魔法の適性のない者でもこの毒魔石を媒体とすれば、毒魔法を発現できると事が凄いところである。


 だが、魔導に精通している者達はそれを勿体ないと考えているようで、武器防具や魔導具の素材にするのが一般的だ。


 他にも属性ごとに多種多様な染まった魔石が存在する。それを一括りに《属性魔石》と呼ぶと、いつぞやに見た知識書に載っていたはずだ。


 因みに属性魔石は人工で作り出すことは不可能だとされている為、属性系の魔物からしか取れない。なのでとても希少である。

 このくらいの毒魔石だと大体大銅貨五枚だろうか。


 ……わしとしたことが、つい昔の事が面白いように思い出せるものだから考え事に浸ってしまってたわ。


 ……この深く突き刺さっている石槍は抜けそうにないのう。仕方ないここに放置しておくか。

 

「さて、そろそろ帰るとしようかのう」


 わしはそう呟いて「のっこらしょ」と立ち上がり、杖を突いて歩き出した。

 そしてまた思考し始める。


 さてポイズン・スモールスライムの体液を一先ず回収したのは良いものの、どう処理するかが問題だ。

 焼却? いやそれはダメじゃ。絶対有害な毒素を含んだ煙が出てしまう。それを村で焼却しようものなら死人が出てもおかしくはない。


 ならば冒険者ギルドか商業ギルドで売るしかないか。

 早めに手元からこの毒体液は無くしておきたいし、空筒が一つもない。明日にでも街に行って買わなければいけないだろう。


 わしは明日、近隣の街『ルー』に行くこと決めたのだった。




 村に帰ってきた頃には空は夕焼けに染まり、野鳥が巣に帰っていくのが見えた。


 わしの家の前に来ると何故かロタが壁に背中を預けて寝息を立てていた。

 行きに見かけた時とは違い、ちゃんと服は着ている。


 よく見たら手に持っている物はあの時渡したローブだった。

 恐らく律儀に返しに来てくれたのだろう。

 こういう所はしっかりしているロタにわしは心温まる思いだ。


「おい、ロタ。起きんか」


 わしはロタの肩を揺すりながら声を掛ける。


「んん……あ?」


 するとロタは薄っすらと目を開け、わしを認めると目を擦りながら立ち上がる。

 そしてローブを渡してきた。


「ふぁ~……それ返すぜ。本当に助かったよ」

「それならよかった」


 そう返しつつわしは【収納】にローブをしまう。

 そしてロタの体を見ていて気になったことがあったので、それを質問する。


「あの背負っていたファイアハウンドはどうした」

「ああ、あれは解体ができるシギアスのおっちゃんに頼んで解体してもらったんだ。

 解体料として少し肉取られたけどな。毛皮とか牙は明日隣街のルーへ売りに行く予定だ」

 

 ロタはそう言って「ははっ」と笑う。


「そうか、よかったのう。……ルー?

 突然じゃがわしも付いて行っていいかのう? わしは買いたいものがあるのでな」

「あぁもちろんいいぞ」


 ロタはそう言って歯を出してニカリと笑い、サムズアップする。

 これは間がいいのう。道中ロタがいてくれると心強い。


 そんなことを思っているとロタは急にひらめき顔になり、口を開く。


「……そうだ! 爺さんも肉要るか? 今なら塊一個青銅貨四枚だぜ」


 まさかのセールス。

 ロタにこんな知能があったなんて……わしは感動したよ。


 確かファイアハウンドの肉は筋肉質だが美味と聞いている。ならば買うのは吝かではない。だが、その一塊がどれほどの大きさかによって変わってくる。


「因みにその一塊とはどれくらいの大きさの事を言っておる?」

「あー……っと」


 ロタは口を半開きにして少しそう言うと、近くに落ちていたそれなりに大きな石を拾ってわしに見せてくる。


「これくらいだな!」


 見た感じ500グラム以上はありそうだ。


「おお……買う事にする」

「よっしゃ! ちょっと待っててくれー!」


 嬉しそうな笑顔を見せたロタは駆け足で自分の家に戻っていった。

 自分で狩った魔物でお金を得られるのが嬉しいのだろう。


 少しほっこりしているとロタが手に葉で包まれた生肉を持って現れた。


「これだぜ!」


 そう言って目の前に差し出してくる。

 なのでわしは【収納】から青銅貨を四枚取り出し、ロタに渡して受け取る。


「まいどあり!! ……これ言ってみたかったんだよなぁ……!!」


 そうロタは嬉しそうにはしゃいで家に戻っていった。


「今日は焼肉かの」


 わしはロタの戻っていく後ろ姿を見ながらそう呟いたのだった。






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