上面

 救世主が死んだり生き返ったりしてうんざりするくらいのときが過ぎた。人類の多くは内燃機関の車に乗っている。宇宙も未だ身近なものではない。空はいつも灰色だからな。

 俺はそれほどでもない大学を卒業し、社会の歯車になり損ねた。いつの間にか無職になった俺は旧友に呼ばれる。

 普段行かないような値段の高いファミレスで俺は旧友とドリンクバーのジュースを啜る。


「調子はどうですか?」


 久しぶりに会った金髪碧眼の旧友は高そうなスーツの首に煌びやかな輪袈裟をかけていた。丸眼鏡の下の細い目線は胡散臭いとしか形容できなかったが、まあ昔からこんな感じか。変わっていなさそうだ。


「全然最悪だよクリス。宗教勧誘なら辞めておけ。俺には金がねえぞ」


 俺の台詞を聞いてクリスは破顔ニヤニヤした。これが友人じゃなければ馬鹿にされていると思うところだな。


「銃を撃ったり撃たれる覚悟はありますか?」


 具体的にはクリスの所属する教団が組織を拡大するにあたって戦力が不足しているらしい。今時は宗教団体がその組織を拡大するにしても信仰や収入源を守るために戦力がいる。信仰心はあとで養うとしてとりあえず勧誘をしていこうということになり、俺が勧誘された。俺はそれを受けた。金がなかったので選ぶことができなかった。

 教団で一か月ほど訓練を受けて俺は『最初の日』を迎えた。実戦だ。

 教団の教区を拡大するにあたって元からそこに根付いているヤクザを殲滅するらしい。これまでヤクザとの敵対を避けていたが、ついに正面戦力が形になり作戦を行うことになった。


ツバメの聖女の名において、これを執行する。復唱!」


 アーマーとヘルメットでガチガチに武装した俺の隊の隊長が決まり文句を唱える。見た目は着膨れデブという感じだ。ツバメの聖女とは我らの教祖であり偶像アイドルだ。俺も一目しか見たことがないが、未成年でありながらこの世界を変えるために立ち上がったらしい。


ツバメの聖女の名において、これを執行する」


 俺も隊長と同じような装備で着膨れしていた。

 ここまではトラック移動だから良いとしてここから先は自分でこの重さを支えなきゃいけない。ヘルメットとアーマーだけで総重量十キロ。これにライフルやら斧やらを持っていかなければならない。得物がなければ仕事にならん。


「同胞諸君、投薬せよ」


 アーマーに括り付けたポーチから薬の入った注射器を取り出し静脈に刺す。

 教団の収入源の一つ、回復薬だ。事前投与しておけば戦闘が終わるまで銃弾が胴体を貫通したくらいの傷を自動で修復する。中で止まったら死ぬほど痛いらしいが。

 俺たちはトラックから降りてヤクザの事務所を襲撃する。三階建ての小さな雑居ビルだった。散弾銃持ちがドアノブを吹き飛ばして中に入り、ヤクザに蜂の巣にされる。頭部は無事だから死んではいないだろうが、しばらく回復に時間がかかるか。とりあえず負傷者を放置して先にヤクザを片づける。


「シャブ中のカルトがなんぼのもんじゃ!!ワシらはてめえらより前からシャブやってんぞ!!」


 薬をやっている歴でマウントを取れても困る。銃弾を浴びせて黙ってもらおう。我らの集中砲火がヤクザを挽肉に変える。


「我の信仰と献身を見よ!!」


 室内に突入してすぐに乱戦になり、各々が各々戦う形になった。にわか仕込みの組織にまともな作戦行動はできない。

 銃弾の雨の中で俺は若いヤクザに出会った。未成年のガキが無骨なリボルバーを俺に向けて来る。銃弾が俺の胸部を叩く。アーマーが貫通を防いでも衝撃は俺の身体を打ち付ける。だが回復薬が効いているならばすぐに治る。距離を詰める。

 あまりに近距離だと銃を撃つよりも銃で殴りつける習性が人間にはあるらしく、俺はライフルの銃身を握り銃床ストックでそのヤクザの顔面をぶん殴った。

 顔面の骨を砕いた感覚があった。ヤクザは床に倒れる。倒れたヤクザの頭をブーツで踏みつけた。首の骨が砕けたと思う。

 これが俺のファーストキルだった。

 夜明けの太陽が俺の目に映る。黒い空が紫色に変わりそして薄れていく。とにもかくにも黒一色の夜空が明けた。遠くに飛ぶ鳥が見える。

 作戦行動は成功しこの事務所のヤクザは皆殺しにされた。我らの方は重傷者はあれど死者はない。完全勝利と言っていい。あとは他の隊の首尾次第だ。

 ヘルメットを脱ぐと頭が軽くなった。鳥は俺の上を飛んで行った。その鳥はツバメのように見えた。

 オスカー・ワイルドの『幸福な王子』にツバメが登場する、あのツバメはその死の間際幸せだっただろうか?

 俺はツバメの聖女の教団に拾われたことで居住食に困らないようになった。今度は俺が教団に奉仕し、恩を返さなくちゃいけないだろう。

 

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