バイオニクス
不労つぴ
第1話
大学時代の友人である中村に呼ばれ、私は中村の家を訪れた。
中村は数年前に離婚し、今は独り身だ。
なんでも、中村の奥さんが愛想を尽かし、子供達を連れて出ていってしまったらしい。
最後に中村と会ったとき、酒の席で彼は、私に笑いながら「まぁ、俺が全て悪いんだよ」と言っていた。
中村は大学時代から、物事に集中すると他のことが一切手につかなくなってしまう悪癖があった。
なので、私は彼が研究に没頭しすぎて、家庭を顧みなかったせいなのではないかと予想していた。
彼と私は、大学の研究室の同期だった。
分野は生物工学。
もっとも、私は生物工学と全く無縁のところに就職したが、中村はそのまま院まで行って、博士号を取得した。
中村はそのまま大学の教授あるいは、生物工学で有名な企業にでも勤めるのだろうと、私達は思っていた。
しかし、彼はそのまま、当時名前も聞いたことのないようなIT企業に就職したと後になって聞いた。
彼ほどの人物なら、その分野でどこにでもいけると思っていたのだが、彼がまさか大学で全く違う道に進むとは予想だにできなかった。
まぁ、中村のことだ――何か目的があるのだろう。
そう私は思っていた。
「やぁ、木﨑。よく来てくれたね」
休日なのにもかかわらず、白衣を着た、ボサボサで癖っ毛の無精髭を生やした細身の男が私を出迎える。
彼が友人の中村だ。
「久しぶりだな、中村。お前また痩せたんじゃないか?」
大学時代から痩せていた中村だったが、今目の前にいる男は当時よりもかなり痩せていた。
頬は痩せこけ、目には隈ができており、肌も青白く、とても健康なようには見えない。
「最近忙しくてね。中々ね」
中村は笑いながら頭をポリポリと掻いた。
「こんなところで長話もなんだ。中に入ってくれ」
中村の家は中村一人で住むには、広すぎやしないかと思うほどだった。
家の中は、私の予想に反して意外に綺麗でホコリ1つなく、見る部屋全てに掃除が行き届いていた。
「こんなに広い家を1人で管理するのも大変だろう。家政婦でも雇っているのか?」
私の質問に中村は「いや」と言葉を返す。
「前までは雇っていたんだけどね。皆辞めてしまったんだ」
中村は苦笑しながらそう答えた。
「お前のことだから、家政婦を雇うより掃除ロボの方が効率が良いと思って、全員クビにしたんだろう?」
私は冗談めかして中村に言った。
すると、中村はふふっと笑って、
「木﨑。いくら私でもそこまで薄情ではないよ。確かに掃除ロボは優秀だが、今はまだ人間の方が優秀だよ。掃除ロボは私に食事を作ってくれないからね」
と言った。
「さぁ、ここが僕の書斎だ。入ってくれ」
中村に案内されて入った部屋は部屋中に古今東西様々な本が並べられており、部屋はアンティークな家具が置かれていた。
「さぁ、どうぞ」
中村に言われるがままに高級そうな座り心地の良いソファに、ガラスでできたテーブルを境にして、中村と向かい合って座る。
「そうだ、忘れるといけないからこれ」
私は中村に紙袋を渡す。
中身は駅で買った、有名な茶菓子である。
「わざわざ、すまない。後で皆といっしょに食べさせてもらうよ。木﨑は相変わらずちゃんとしてるね」
中村は嬉しそうに紙袋を受け取る。
「皆? 中村はこの家に1人で住んでいるんだろう?」
「いや、実は少し前から子どもたちと住んでいるんだ」
確か、中村には2人の娘がおり、それぞれ大学生と高校生だったはずだ。
さしずめ、不健康な父を心配して、娘たちが世話を焼きにやってきたというところだろうか。
「良かったじゃないか。これでお前も一人寂しくこんなだだっ広い家に住まなくて住むな」
「まぁね。子どもたちには感謝しているよ」
中村は嬉しそうに笑った。
「お前の子どもたちは今この家にいるのか?」
「あぁ。後で君に挨拶するように言っておくよ」
いつの間にか液体の入った1本のボトルがテーブルの上に置かれており、中村は氷の入った2つのグラスを両手に持っていた。
「いい酒が手に入ったんだ。君も飲むだろう?」
中村はそう私に聞いたものの、私の返事を待たず、既にグラスにウィスキーを注ぎ始めていた。
「おいおい。まだ昼だぞ?」
「久々の再開なんだ、たまにはいいじゃないか。そう言う君だって、早く飲みたくてウズウズしているように僕には見えるよ」
「相変わらず察しが良いことで」
中村が私にグラスを渡す。
「それじゃあ、久々の再開を祝して――乾杯」
カラン。
乾いたグラスの音が2人しかいない部屋に響いた。
バイオニクス 不労つぴ @huroutsupi666
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