虹色のきみと暮らす、世界のおわり

藤原くう

虹色のきみと暮らす、世界のおわり

 彼女を飼うために必要なものは、磁界発生装置と、放射線防護服と、それから根気だ。


 まず、彼女を飼うと決めた場所を磁界で覆う。檻はあってもなくてもいい。私は用意していない、庭園に放しがいにしているから。


 そうしたら、井戸を用意する。彼女たちは日中、その中に隠れてやり過ごす。強い光が苦手なんだそうだ。


 エサはなんでも。生きているものならなんでもたべる。


 中世の鎧みたいだね、といわれた防護服を着こんで、彼女がいる庭園へむかう。エアシャワーを浴びて、その先へ。


 たぶん、そいつらを飼ったことがない人は、ガイガーカウンターが必要なんじゃないかって思うかもしれない。そんなものは役にたたない。ピーピー泣くばかりだし。


 部屋のなかに入ったらまず、とびらを閉める。これ、大事。


「あ、やっときた」


 声がする。そりゃあ、彼女たちも生きているし、ヒトの言葉をしゃべるやつもいる。


 声がしたほうを見れば、そよぐ芝生に少女が座っている。月のひかりに照らされた彼女は、虹色にぼんやり輝いている。一枚の絵画のように、きれいでうつくしくて、恐ろしい。


 その虹色にひかる太ももにはネコが横になっている。彼女とおなじ色、おなじ組織をもったそいつは、少女のからだに溶けこみながら、怒っているのか喜んでるのかわからない唸り声をあげた。


 私は、ぎこちなく手を上げる。防護服は放射線をかなりの割合カットしてくれるけど、その分、うごきづらい。少女の隣にならんで座るのは、もってのほかだ。


「元気?」


「全然。まったく」


「そんな重たいものを着てたら、そりゃそうだよね」


 ぬげばいいのに、と彼女は言う。私は肩をすくめる。それができればよかったが、できるわけがない。たちまち、吐き気、めまいに襲われ、血を吐いて絶命することになる。


 彼女は放射線を発していた。その量といったら、一か月でまわりの環境をかえてしまうほど。ネコは、頭どころかしっぽまで2つに分かれ、木々は風も吹いていないのにゆれている。闇夜で揺れるさまは、誘蛾灯のよう。


 昔のひとが見たら、きっとおどろくに違いない。冥界にでも来たんだろうか、と。


 でも、これがいまの地球。虹色の帯に支配された地球の姿である。


 彼女もまた虹色にかがいていた。それどころか、体からは粒子のようなものが、天へ向かってのぼっている。


「放射なんだよ」


「なんに対する?」


「なんにって……そうだなあ、キノコの胞子みたいな」


 ふわふわ宇宙のかなたへ消えていくそのひかりは、胞子といえなくもない。だとしたら、この奇妙な寄生生物は、ひっそりとその数をふやしながら、どこへ向かおうとしてるんだろう?


「どこにも。あなたもそうでしょう?」


「……私はべつに、行くあてもないし」


「ふうん。若そうなのに、もったいない」


「それに、あなたの世話をしなくちゃ」


「ふふっ、ありがと。ほかでもないあなたが、わたしをここへ閉じこめてるってことは目をつぶってあげる」


「…………」


「でもどうして、お世話してくれるの? 別にほうっておいてくれてもいいのに」


 同意を示すように、顔だけ出したネコがぶしゃーっと鳴いた。彼女たちは、生きとし生けるものの生命力を吸って生きている。そばにいると、ひざを折りそうになるのはそのためだ。放射線を止められても、その不可思議な力まではまだ、止められていなかった。


 彗星に乗って、外宇宙からやってきたこの虹は、私たちを精神的にも肉体的にも犯した。磁力という対抗策が見つかったのは、総人口の半分がいなくなり、なにもかもが手遅れになってしまった後のこと。


 今や彼女たちは、我が物顔で地球を歩きまわって、子孫を宇宙へ飛ばしている。


 別に、こうして飼う必要はないんじゃないか。


 むしろ、自由にさせてあげたほうがいいのではないか。


 考えこんでいる私をよそに、少女はほがらかな笑みをたたえている。その笑みには、悪魔が迷える子羊にむける、蠱惑的なものがひそんでいるように思えてならなかった。


「イヤなら逃げればいいのに。そしたら、私も自由になるし、あなたも」


「…………」


 それ以上、話をする気になれず、私はきびすをかえす。


「ざんねん」


 そんな声が、くすくす笑いとともに聞こえてくる。ガシャンと派手な音をたてて、扉が閉まった。



 エアシャワーで放射性物質を叩きおとしてから、防護服を脱ぐ。重しから解放された体はスポンジみたいに軽かった。


 ふわふわした足取りで、棚へ近づく。タオルのよこには、写真立てがある。そこには、ありし日の少女がうつっている。私のとなりでピースする彼女は、当然、虹色になんか光っちゃいない。

 

 ため息が出た。汗が目に入ってしみる。涙は外をうろつく虹色のせいですっかり枯れきっている。


「ずるいよなあ」


 いまさら、はなれられるわけがないのに。それを知ってるくせに、あんなことを言うんだから。


 写真立てを倒し、更衣室を後にする。いつまで彼女といっしょにいられるのか、指折り数えながら。

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虹色のきみと暮らす、世界のおわり 藤原くう @erevestakiba

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