美容師の異世界無双~BARで飲んでいたらエッチなお姉さんに絡まれて、気付けば大草原の真っ只中~

鋏池 穏美

第一章 エッチなお姉さんと始める異世界美容師ライフ

第1話 エッチなお姉さんと二日酔い


「つぅ……」


 頭が割れるように痛み、たまらず目を覚ました。胃がムカムカとし、吐き気も止まらない。


 これは完全に二日酔いだ。


「昨日は飲みすぎたな……」


 とりあえず水を飲もうと起き上がったところで、異変に気付く。


「なんで店にいるんだよ……」


 霞む視界とふらふらの頭で辺りを見渡し、自分が家ではなく、店にいるのだと気付く。そう、念願叶ってオープンさせた自分の店、美容室「coloréコロレ」の店内。こだわって購入した、待ち合いのふかふかソファの上で寝ていたのだ。


 シャッターは閉まっているので、今が朝か夜かは分からない。ただ店内の洒落たデジタル時計には、4月2日(火)の午前5時24分と表示されている。とりあえず火曜定休なので、そこだけは安心出来た。


「ああ……ダメだ。全然昨日のことを覚えてない……ええっと……確か……」


 二日酔いのがんがん痛む頭で、昨日の夜のことを思い出そうと試みるが、断片的な記憶しか浮上しない。確か昨日は4月1日、エイプリルフールで、行きつけのBAR「Valhallaヴァルハラ」のイベントに参加して──


「そうだ……なんか金髪の変なお姉さんに声をかけられて……」


 なんとなくだが思い出した、の存在。昨日はエイプリルフールで、ハロウィンなんかではなかったはずなのだが……


 声をかけてきたお姉さんは、なんと言えばいいのか──


「そうだ! めちゃくちゃエッチな格好したお姉さんだった!」


 そう、めちゃくちゃエッチな格好だったのだ。もうなんと言うか「エロい」を具現化したような格好で、言ってしまえばラノベや深夜アニメでよく見る、「異世界のエッチな女神様」のような格好をしていた。


 動きや口調もねっちょりとしていて、なんだかとんでもなくいい匂いもした。


「それで……えっと……」


 なんとかエッチなお姉さんとのやり取りを思い出そうとするが、頭に霞がかかったように朧げで、なかなか記憶が浮上してこない。


「そういえばあれだけエッチなお姉さんだったのに、誰も気付いてないみたいだったよな……」


 思い出した記憶では、自分がエッチなお姉さんと話しているのにも関わらず、BARのマスターが「さっきから誰と話しているんですか? 酔いすぎですよ?」と、水を出されたような気がする。


「あれ……? もしかして酔いすぎてエッチなお姉さんの幻覚でも見てたのか……?」


 いやいやそんなことはない──と、頭を振る。が、二日酔いだったせいで気持ち悪くなってしまう。とりあえずバックルームに移動し、従業員用のトイレで吐いた。


 吐いたことで多少すっきりしたのか、断片的にだが、エッチなお姉さんとの会話を思い出してきた。


***


「さっき聞こえてきたんだけど、あなたが世界で一番なのかしら?」

「んぇ? そう! 俺は世界一だ! 切るのも得意だけど! 染めることに関しては誰にも負けない!(訳:俺は自称世界一の美容師だ! はさみで切るのも得意だけど! 髪の毛を染めることに関しては誰にも負けない!)」

「染める?」

「ああ! どんな状態でも好みの色に染め上げる自身はある!(訳:髪の毛がどんな状態でも、相手の好みの色に染め上げる自信はある!)」

「好みの色に染め上げる……? 精神干渉的なことかしら? それに斬撃も得意となると……あなた優秀なのね? もう一度聞くけれど、誰にも負けないくらい強いのかしら?」

「あったりまえだ! 誰にも負けない!(訳:美容に対する思いは誰にも負けない!)」

「そう。じゃぁ……私のお願い聞いてくれる?」

「お願い? トラブルか?(訳:髪のトラブルか?)」

「ええそうよ。ちょっとトラブルって感じかしらね?」

「明日は休みなんだけど……これも何かの縁だな! とりあえず明日お店に来てくれたら対応するよ! 全力でトラブルを解決してみせる!(訳:全力で髪のトラブルを解決してみせる!)」


***


「そうだ……それでエッチなお姉さんが明日じゃなくて今すぐじゃないとって強引に……」


 エッチなお姉さんが強引に腕を引っ張るので、自分の店──「coloréコロレ」に連れてきたのだ。そこで──


 唐突にキスされたのだ。


 もちろんエッチなお姉さんのエッチなキス。


 そうしてエッチなキスの後で、お姉さんが意味の分からないことを言っていたと思い出す。


「戦士を探しにValhallaヴァルハラまで来てみてよかったわ。あなたみたいな戦士に出会えるなんて思わなかったもの。今の口付けは。私の力を譲渡する契約よ? 私が戦うと世界が壊れてしまうから、こうして契約者を探しているの。とりあえず力が馴染むまでは時間が少しかかるわ。その間、思い描いてみて? その思いに対応して私の力が変化してあなたに馴染むわ。ああ、言語変換もしておくから心配しないで。転送は明日の朝だから、それまでにお願いね?」


 と。


 そこまでで俺の記憶は途切れているのだが、変な夢を見た気がする。夢の中でエッチなお姉さんが「あなたはどうなりたい?」と問いかけて来たので、「coloréコロレでみんなを幸せにしたい」「美容師としてカットは勿論だけど……ヘアカラーを極めたい!」「いずれは移動サロンも実現したい!」と、今の願望を叫んだ気がする。


 ……とりあえずここまで昨日のことを思い出しはしたが、やはり夢だったのではないかと思う。正直この世界にあれほどエッチなお姉さんが存在するはずがない。それほどにお姉さんはエッチだった。


「夢だよ夢……まさかあんなエッチな格好のお姉さんがいるわけないもんな……」


 そう呟き、とりあえず外へ出ようとシャッターを開ける。ゆっくりと開いていくシャッターの隙間からは、心地よい朝の光が差し込む。


 そうして外には見慣れた大通りが見え──


「ない! なんだよここは!」


 と、外に飛び出して辺りを見渡し、「どこだよここは!」と叫ぶ。


 coloréコロレの外に広がっていた景色は、見慣れた大通りではなかったのだ。一面に広がる大草原。大草原不可避とはまさにこのことなのだろう。


 夢の続きかと思い、頬をつねるが痛い。


「え? 夢じゃない?」


 状況が理解出来ずに困惑していると、coloréコロレに向かって走ってくる人影が見える。人影はぐんぐんとcoloréコロレに近付き──


「うわうわっ! エッチなお姉さんだ!!」


 昨日のエッチなお姉さんが鬼のような形相で走って来るので、とりあえずcoloréコロレの中に避難しようとしたが──


「逃げないでっ!」


 と、体当たりされ、coloréコロレの中へと二人で転がりこむ。


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