素直じゃないけど優しい彼女
昨夜、突然の雨に降られて律を自分の家に上げた俺。(変な意味ではない)あの後一緒に夕食を食べて、各々の時間を過ごしたところで律の迎えが来た。玄関先に立っていたのはやっぱり東さんで、俺の予想は的を射ていた。まあ、それもいいことなんだけれど。
進展と言う進展がなかったんじゃないか…?
と考えに考えまくって今日に至る。現在授業中だけれど、珍しく律のことにしか頭にない。いつもなら半分半分で分割できているはずの脳が、今日だけ結構バグっている。ああ駄目だ、全然集中できない。心なしか頬が火照っている気がする。
情けないな、男のくせに。本当は律に頑張ってアタックしていくところなんだろうけど、全く勇気が出ない。ああなったらいいな、こうなったらいいなで考えが止まっており、行動を起こす気にまったくなれていない。そんな、ずっとおどおどしたままで良いわけがない。俺が動かないと何も始まらないし、律だって振り向いてはくれないだろう。考えるだけで行動に移せない勇気のなさ、早く直したい。けど、やっぱりこれも考えるだけで行動に移せないや。はあ。
そう考えていると俺はくらりと頭痛を感じて、瞼をゆっくり閉じてしまった。
***
目覚めた瞬間、飛び込んでくる蛍光灯と薄青のコントラクトカーテン。明らかに教室ではない景色に少々困惑し、ゆっくりと上体を起こす。
そういえば俺、授業中に寝て…?!
やばいと頭を抱えそうになった途端に、頭がずきりと痛む。唾を飲めば喉が痛み、のんやりと熱を孕む体が熱い。もしかして、熱があったのかな。
その時、がらがらと保健室の戸が開く音がして、誰かの足音が聞こえた。足音の主は、俺の寝ているベッドのコントラクトカーテンに近づき、ひょっこり顔を覗かせた。
「起きたの。なにか欲しい物ある?」
ぶっきらぼうで淡々とした口調。いつも隣の席の彼女。
「え、律…?」
「ん、ごめん。私のせいだよね」
ベッドの隣に置かれた椅子に腰かけ、しゅんと俯く律。しおらしい彼女の姿はかなり珍しい。前世でもあまり見たことがなかった。
「そんなことないって。大体言い出したの俺だし、律が気に病む必要はないぜ」
「馬鹿」
で、出たー!と内心俺は大興奮。律の可愛さといったらまず一番にこの天邪鬼な発言だ。嬉しいと思ったときに「馬鹿」が出るらしい(前世の本人曰く)ので、俺の言葉を受けて嬉しいと思ったのだろうか。
言動が素直じゃなくても、俺に最大限優しさをくれているところがたまらなく愛おしい。やっぱり俺は、律が好きだ。
「はは、そんなに俺が心配だっ痛!!」
「生意気言ってると、飲み物買ってきてあげないから」
「すみません買ってきてください…」
思いっきり脇腹をつねられた、ちょっと痛い。しかしめそめそと財布を差し出す俺の手を、律はぐっと押し返した。どうしたものかと彼女の顔を見ると、ちょっとだけそっぽを向いてしまった。
「別にいい。奢ってあげる」
「…ありがとう」
ふんわりと微笑んでお礼を言うと、彼女も薄く微笑み返してくれた。
「はい、これで良かった?」
「うん、ありがとな」
そう言ってスポーツ飲料を手わたす彼女。俺は早速キャップを開けると、二口程飲んだ。喋るときはどうにもならないけど、食べたり飲んだりは喉が痛む。早く治ったら、ご飯沢山食べたいんだけどなあ。
「てかさ、今昼休み?」
「うん。三時限目に倒れてからぐっすりだったよ」
「はは、まあな。先生にあとでお礼言わなきゃな、運んでくれたんだろうし」
そう言いながらスポーツ飲料をこくりとまた一口。
「ううん。私が運んだよ」
「えっ?!」
倒れた男子生徒を横抱きにする高嶺の花、俺の立ち位置がかなりツラい。クラスの律ファンから多分反感を買ったな、俺ただのモブAだもんな。
「颯の友達、みんな心配してたよ」
「あ、そうなのか…」
前言撤回。心配してくれてありがとうみんな。
そんな感じで自分の中で喜劇にも似た問答を繰り返していると、不意に腹の虫が鳴いた。律の前という最悪な場所で。
「…ふっ、お腹空いた?」
「は、はい…」
恥ずかしさでいたたまれない、けど。ちょっと笑った律が可愛くて、もうどうでもよくなってしまった。口元を手で隠すようにおしとやかに笑う律は、ふーっと息を吐くと鞄からなにか取り出した。
よくあるゼリー飲料や、プリン、ヨーグルト。おまけに、恐らく彼女の昼ご飯だったであろうタッパーに入った林檎が机に並べられた。ゼリー飲料とか、プリンとかは、恐らくさっきついでに買ってきてくれたのだろう。
ありがとう、とお礼を言ってから受け取り、付属のスプーンを使ってプリンを口に運ぶ。しかしその前に律に視線を向けた。
「食べさせてくれたりは、?」
「え、しないけど。自分で食べてよそれくらい」
「はい、すみません」
「謝らなくていいよ」
彼女の買ってきてくれたプリンを頬張りながら、隣で弁当を食べる律をちらと盗み見る。おそらく料理上手な彼女が作ったのだろう、色とりどりのおかずが入ったお弁当を食べていた。わずかに頬を緩ませて幸せそうに食べる彼女に、前世の面影が、少しだけ俺の瞼にちらついた。また律が、好きになった。
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