今日はハンバーグが食べたい

@moyu_kiquasar

第1話 幼馴染と恋

 突然だが私には世間一般にいう幼馴染というのがいる。

 私は今日彼女に、突拍子もなくこういわれたのだ、好きな人がいる、と。

 いつもと同じく今日起こったこと、思ったこと、明日することを日記にまとめつつ、彼女はなぜ私にそのことを告げたのか、その意味について考える。

 彼女がそうした行為で自分の想いを恋だと定義したかったのかもしれないし、私にその恋路を後押ししてほしかったのかもしれない。そうではなく、ただ私に知っておいてほしかっただけかもしれない。

 その理由はさてあれ、私は彼女にどう接していくべきなのだろう。

 空想や小説を抜きにして、幼馴染というのは血縁やお家などのしがらみのない兄弟のようなものだと私は考えている。そうであるから、特に彼女との接し方を変えなくていいというのは、私たちだけに通じる考えだろう。

 ただし、相手はそうとは限らない。相手というのは彼女の恋愛対象のことである。

 彼女のことを考えるのであれば、その彼とやらにプラスではない印象を与えかねないので、この生まれながらの付き合い方についに変化を見出さなければならなくなるだろう。

 それにしても、私のほうから気をつかって距離をおくような真似をすれば彼女はきっと傷つくだろうから一度彼女とは話し合いをしたほうがよさそうだ。

 そう考えがまとまったので私は日記を閉じ、いつもと同じように眠りにつくのだった。

 時刻は21時を少し過ぎたころだった。



 突然だけど私には幼馴染という存在がいる。

 私が彼と出会ったのは、私にまだ物心がつく前のこと。

 母の言葉の通りならば私たちは同じ病床で育ったとのこと。

 私にとって幼馴染というのは家族とさしたる違いのない存在。

 家に帰れば彼はいつも隣にいて、一緒にご飯を食べて、同じ本を共有して、そういう何とも言わんがたい関係性がわたしたちの世界に成り立っている。

 だからもし、もしその均衡が私たちのなかでくずれてしまったら、私たちはどういう風にかかわっていけばいいんだろう。

 そんなことを考えていたからか、今日私は彼に変なことを言ってしまった、恋をしている、と。

 嘘を言ったつもりはないけど、彼に真意が伝わるように言ったつもりもない。

 ただ、彼はそのことに何を考えたのだろうかと思いながら目を開くと、彼に借りた本を読んでいる最中だったと気づく。

 まだ夜も長いし、日付が変わるまでには読み切るよね。



 翌朝、天気は快晴だった。その文字とは裏腹に空の色が鈍く思えるのは、季節柄仕方のないことなのかもしれない。一度開けたレースカーテンを閉じ、ダイニングテーブルに向かうと玄関のほうから音が聞こえた。私はそれを気にせず、自室に戻り制服に着替えることにした。

 私がリビングへ降りると彼女はもう朝食をとり始めていた。

「おはよう」

「おはよ。もう先に食べ始めちゃってるよ」

 彼女は私の挨拶に答え、ソースのかかった目玉焼きをご飯と一緒にかきこむ。

 目の前の獲物(ごはん)に夢中な彼女は口周りが汚れていることを全く気にしていない様子だった。

「いただきます」

 よそってきた味噌汁を口に含みながら彼女のほうを見やる。

 彼女は昨日私に向けて普通なら勇気のいるような告白をしてみせたが、当の本人はそんなことがあったのかと言わんばかりに、気にした仕草のないようだった。

 それは彼女が自分の情事にラフな人間だからなのか、もしくはそのことを考えないように努めているからなのかはこれまでの彼女との人生で量れる筋の心情ではないだろう。

 彼女自身から切り出すにせよ、切り出さないにせよ私たちは私たち自身の関係性について話し合う必要がある。なるべく早めに、できれば今日中にすませようと思う。

 そんなことを考えていたら彼女と一瞬、目があったような気がした。



 今私の目の前には黒目黒髪の青年が腰を下ろしていた。

「いただきます」

 彼がまめなのかそれともおばさんのしつけがよかったのか、この男は律儀にいただきますをいう。まあそれが私にもうつったんだけど。

 私は両親の職業に対して明るいわけじゃないからなんとも言えないが、彼らの仕事が忙しいことで、彼のおうちには小さい頃から厄介になっていた。

 昨日のことがあったにもかかわらず、彼はいつものように私に接している。彼の表情に変化がないのはいつしか彼が言っていたように、感情の起伏が小さいのではなく表情のプリセットが少ないからなのかもしれない、それとも彼が何とも思っていないか。

 何にせよ私たちの関係性は恋の告白程度では変化しないことがわかった。仲良し。

 過度に触れず適度に温度が感じられる、この距離感が私にとって生来から心地よいと感じていた。彼が何も気にしていないなら、この言葉に敢えて補足とか訂正とかをする必要はないということだろう。

 彼の方に目をやると、なぜかこちらを見ているらしかった。かわいいだろ。

 歯磨きに行くときに、洗濯を終えたおばさんとすれ違ったのでごちそうさまと一緒にお礼を告げると頭をなでられた。やはり私はかわいいらしかった。


 地の文というか、喋るより考えることが多くなるのは私たちが両方ともに読書家であるからなのだろうか。今もその記録を淡々と更新しつつ、学校について考える―ちなみに私は今彼と一緒に登校している最中だ。

 私たちが通うのは県立全日制普通科の後南高校というありふれた学校の中の一つだ。少子化に伴い徐々に定員を減らしつつある高校ではあるものの、周辺の高校と比べると部活の種類が多いらしくそれを目当てに入学する人も数いるらしい―私たちが選んだのは家が近いからで、両方とも帰宅部。ということでわたしたちの代は倍率が高かったのだが無事二人そろって登校することができている。

 噂をすればじゃないが校舎が視界に入ってきた。

「そういえば、文理選択はどうするんだ」

「2年に上がる前にあるんだっけ」

「そう、だからクラス分けにもろに影響するらしいな」

「そっか」

 幼稚園から中学まで何かとセット扱いされた私たちは、何の計らいか同じクラスになることが多かった。だけど高校ではその因縁というか何というかは通用しなかった。単純に入試の結果からクラスが編成されているからだ。

 そういうこともあって、私たちが高校で一緒にいる時間はとても短く感じていた。

「だったら同じクラスがいいな、ゆう君とは」

「でもお前、多分文系だろ」

「えっ、ってゆう君は文系じゃないの!?」

 不覚だった。

「だってゆう君、本好きじゃん」

「まあ、好きだけどさあ......お前、俺が医者になろうとしてるのわすれてたのか?」

「あ、そっか......」

 私がお馬鹿さんだった。生徒玄関についたので靴を履き替える。

 そう、彼は小さいころから医者を目指していた。おじさん......彼のお父さんは地元の大きな病院の開業医で、彼はその跡を継ぎたいとかんがえているそうな。

 私はてっきりそこの事実関係をはき違えていて、国語が得意だから文系と早とちりしていた。

 じゃあ、私が文系に......っていうのは無理な気がするし、そもそも目標があるからなあ。

「じゃあ同じクラスになれないじゃん!」

「まあだからと言ってそういうわけじゃなくないか、文理混合とかもあるだろうし」

「そうだけどさ。なんかなあ」

「というかお前的には俺とは離れた方がいいんじゃないか、今後のことも考えて」

「???.........今後のことというと?」

 何かあっただろうか。今後というのはどうしてでてきたのやら。

「あれだよ、あれ。お前昨日好きなやつがいるって言ってただろ」

「たしかにそんな感じのことは言ったけどあれは......」

「だからそいつのことを考えるなら、少しこれからのことを考えた方がお前にもいいだろ?」

「やっぱそうなっちゃったかあ。ひとつ言っておくけど、ゆう君はちょっとした勘違いをしているよ。ぼくが君に伝えたのはぼくに好きな人がいることじゃなくて、ただ恋をしているということだけだよ」

「それは同義じゃないのか?」

 私はその勘違いについて訂正しようと思ったが、チャイムがなってしまいそうだったのでしかたなく彼のとは別の場所にある教室へと向かうことにした。

「また昼休みにね」

 当たり前だが彼は不思議そうな顔を残して教室に消えていった。

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