おしどり

夢月みつき

第1話「おしどり」本文

 冬の白から、春の色へと移り変わる季節とき

 私は、長年連れ添った妻との別れを経験した。



 まだ、寒さの残るある日の夜に妻は、病院のベッドで息を引き取ったのを、私の長女からその翌日に聞いたのだ。

 私も、また家のベッドで妻ほどではなかったが、娘夫婦に介護を受けて、日々を生きて来た。




 それは、私自身の為ではなかった。愛する妻の為、そして可愛がっている孫娘の為にそうしてまで、生きることを選んだ。

 むろん、娘夫婦には日々、感謝してもしきれない。申し訳ないとも思っている。


 それまでは、生きるために毎日、懸命だった、が……

 もう良い、妻がこの世にいないのなら。それももう疲れた。



 娘夫婦よりも、愛娘まなむすめのように大切にして来た孫娘が悲しむ姿が目に浮かぶ。

 

 長年、病に苦しむ孫のことが一番気がかりだが。

 私はその感情すらも、妻の死という突然の、衝撃で麻痺してしまったのだろう。



 娘は、私に何も話さなかったが、妻の納棺でセレモニーホールに行った時、孫娘に隣の部屋で話していたのを聴いてしまったのだ。

 私に話すなと、妻は誤嚥ごえんをして、それを病院が助けられなかったと、そう聴こえた。



 気を使ったのだろうが、私に話さず、孫に話すなど激しい憤りを覚える。

 だが、もうそれもどうでも良い。

 妻はもう、この世に、私の元からいなくなったのだから。



 気は強いが、温かく私に長年、良くついてきてくれた妻。

 お互い年は取ってはいたが、私より先に逝くなど。夢にも思わなかった。

 それから一年が過ぎたある日の夜、私の元に妻が、夢枕に立った。



『あなた、あなた……』

「おお、迎えに来てくれたのか……?」



 私は、一瞬、我が子達や孫娘の顔が横切った。

 だが、私はそれよりも、妻に逢えた喜びで迷わず、笑顔を浮かべ手を取った。



 終わり

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