第4話 余所者な木曜日

 澤田は、落ち着かなかった。多忙を極める中、いつもの休憩時間に一服できなかったことも一つの原因だが、それ以上に彼に向けられた部下たちの視線が大きかった。

 喫煙室の撤廃工事が行われる土曜日、日曜日の休日2日間が終わった後、彼が化け物となってさらにスパルタを極めるのではないかという、部下たちの不安が疑いの眼差しに変化して彼の背中を焼く。

 4階の営業部がその状況であれば、喫煙者がもう一人いる6階の経理部も変わらない。


「井達、お前煙草やめないのか?」


 デスクトップパソコンと向かい合って3月分の会計データの確認をする井達の隣に立ち、腕を組みながら会計課長の南原みなみはらは、呆れた表情で問い質した。


「やめれるものなら、もうやめてます」


 冷めた口調で返されると、南原は一枚の広告を手渡す。


「費用は自己負担なんだけど、禁煙するならこれ使ってみろ」


 見出しに『まだ遅くない』と書かれている禁煙治療を推奨する広告だが、井達は余計なお世話だと、引き出しにしまい、仕事の邪魔だから去れ、と言わんばかりに冷めた眼で、南原を自分のデスクに追い返す。

 彼女の先輩や同僚たちは聞こえないよう、井達の対抗心むき出しの態度に、愚痴を吐きあっていた。わかっているが、敢えて相手にしない。午後の休憩時間、井達は溜めていたストレスを澤田に吐露する。


「そういうもんだよ、ほっとけ」


 澤田はもう一本煙草を手に取ると、眉を顰めてライターで火を付けた。井達はほっとけない、と納得のいかない表情を見せる。


「部長もわかるでしょ? 私の気持ち」

「わかる。でも、言ってても仕方ないだろ? 今、そいつらが部署からいなくなったら、お前の仕事の負担は今の何十倍にもなる。だから、我慢するしかないんだよ」


 井達は、不貞腐れた顔をする。その顔を横目で見ながら煙を吐くと、しかし、と語気を強め、井筒の肩を強張らせる。自分が説教されるのかと驚いたのだろう。


「我慢できないのが弱者じゃない。誰かを汚い言葉で蹴落とそうとする人間が、弱者だと俺は思うな。だから、不満があるなら直接勝負。このスタンスで俺は20年以上戦ってきた。そして、この会社に生き残っている」


 胸を張って堂々と自分が強者だとアピールする澤田に、井達は口を少し開いたまま何も動きを見せなかった。澤田はまさかの無反応に、小刻みに頷きながらまだ半分も吸っていない煙草の火を擦り消した。少し、恥ずかしそうだ。なぜなら、数時間前の自分は部下達からの痛い視線を浴び、心が弱って喫煙室に逃げたくなったのだから。


「俺は、いだっちゃんの強気、好きだよ」

「え、私と不倫したいんですか?」

「んなわけねぇだろ。褒めてやってんのに台無しにすんな」


 こんなボケたがりな井達も、お気に入りな澤田は先に喫煙室を出ると、来週もあってくれたら良いのに、と喫煙室を振り返り、微笑みながら少し俯いた。


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