第21話

 ん?

 ここはどこだ?


 見上げると白い天井。

 背中には何やらベッドが。

 

 あれ?

 私はなんでここに?

 確か、A-1の9層を探索して、ゴブリンロードと戦って、それで・・・・・・


「おはようございます、陰見理音様」


 何があったか思い出していると、不意に隣から話しかけられる。

 振り向いてみると私と同じ国営ギルドの制服を着た女の人が。

 だが、一つ私の制服と違う点があるとすれば、それは胸に金色の徽章が付けられており、一目で偉い人と分かる事。

 つまりは目の前にいる人は私の上司という事だ。


 だが何故こんなお偉いさんがこんな所に?

 私はなにかやらかしたのだろうか。

 

「初めまして。私は夜詰津野ヤガツミツノリと申します。ギルド事務局事務官長を勤めおり、つまりはあなたの上司です」


 あ、それ自分で言うんだ。


「今回ここにわざわざこの私が来た理由をあなたはご存知ないでしょう」


「・・・・・・?」


 はあ、と溜息を付き間を一拍。

 なんとなくマイペースな人だな感じる。


「あなた、よくもやってくれましたね?」


 ジー、と冷たい目線をこちらに。

 美人さんが睨むと怖い物があるってよく言うけど、本当に怖い物がある。

 なんだか、こう、整った顔立ちの女の人が睥睨すると言葉に言い表せない覇気を感じるものだ。


「前人未到のA-1、9層ボス攻略。こちらは現在事務作業で地獄ですよ。ギルド嬢のあなたなら分かるでしょう」


「ア、ハイ」


 そう言えばそうだったな。

 私、ゴブリンロードを倒したんだっけ。

 本当に、マジでヤバかったけどなんとか死の直前で脳の自己治癒を行ったおかげで勝利できた。

 正真正銘の強敵だったな。


 ・・・・・・てか、なんだこの人。

 さっきからあんまり会話が噛み合わないぞ?

 マイペースすぎて話の合わせ方が分からない。

 と言うかそもそもなんて相槌を打てばいいのか分からないし。

 こう言う人って会話するのが難しいんだよね。

 そんなに会話が得意ではない私からすると、少し苦手意識を抱いてしまいそうだ。


「はあ、全く。勝つなら勝つで配信切らないで欲しかったのですけどね──」


「お邪魔しまーす。あ、陰見君起きたんですね。久しぶりでーす」


 病室に尾間さんが入ってきた。

 相変わらずニマニマとした嫌な笑みを浮かべているが、イケメン、陽キャっぽい雰囲気、なんとなく喋りが上手そうと言う要素を兼ね備えた彼が登場してくれたのはこの場においては僥倖だ。

 出来ればこの間を取り持ってくれと願わずにはいられない。

 そう思い視線を彼に向けると、


「あー、そう言うことね。ごめんなさいね、IQ差が30あると会話が噛み合わないって言うけど、夜詰君と会話がしづらいってのは仕方ないね」


「・・・・・・」


 期待した私が馬鹿だった。

 そもそもこの人は空気は読めるが読む気はないという最悪なタイプだったのを忘れていた自分の非を認めよう。

 だって、愉悦のために人をA-1の未到ボスを倒せって言うような人間だからね。

 あと、遠回しに私を”馬鹿“って言ったことには触れないでおこう。

 余計状況が悪化するだけだからね。

 これが大人の対応だ。 


 クソが。

 

 ちなみに、IQ差が30以上あると会話ができないって、実は子供同士の会話に言えるってだけのことで、大人同士の会話には当てはまらないという条件付って事にも触れないでおこう。


 そんな事を考えていると、急に尾間さんは笑みを引っ込め真顔になった。

 

「まあ、君が配信を切ったせいで焦りましたよ。まさか本当に死んだんじゃないかって?って。大慌てで夜詰君をそっちに向かわせたら衝撃的な事に無傷で君が気絶していた、それもボスを殺して。君を回収した夜詰君にも感謝してくださいね。あのままだったら君は他の魔物に喰い殺されて死んでいましたよ?」


 ああ、そうだったのか。

 なんで病室に居るのか、って思ったら夜詰さんに運んでもらったのか。

 それは感謝しないとな。

 

「・・・・・・そうだったんですね。夜詰さん、その節はありがとうございました」


 ぺこり、と頭を下げる。


「ふん、別に感謝されるほどの事じゃありません」


 何やら嬉しそうな顔を浮かべながらまさかの謙遜。

 お?なんだなんだ?

 ツンデレか?


「ともかく、君は偉業を成し遂げたんですよ。おめでとう」


 おお。

 なんか、性格最悪の人間から素直に賞賛されると何かくすぐったいな。

 別にこの人のために頑張ったとかじゃないのに、なんだか嬉しくなってしまうじゃないか。


「・・・・・・ありがとう、ございます?」


「ははは、僕に感謝してどうするんです?偉業を成し遂げたのは、間違いなく君の力だ。素直に脱帽するよ」


「脱帽、ですか」


「そう、脱帽。僕はあんまり強くないからね、君みたいな強い人には憧れるよ」


 ん、なんだ?

 この人って強いんじゃないのか?

 一見、細身のクソ雑魚もやしに見えるが、見たところ筋肉はきちんと付いている。さらに、体内の魔力の流れもしっかりしている。

 そこいらの冒険者では手も足も出ない位強い、と言うのが私の見立てだったのだが、違ったのか?

 まあ、私の思い違いだったのだろう。

 

「──ところでさ、君。僕の部下になる考えってありますか?」


「ゑ?」


 考え込んでいると急にそんな事を言われた。

 部下になる?

 what?

 何を言っているんだ?

 この、陰見理音がダンジョンマスターの直轄の部下に?

 ないない。

 きっと聞き間違いだろう。


「聞き間違いじゃないですよ。僕の部下になるか、って聞いているんです。僕は強い人が欲しいんですよ」


 エスパーか?

 さては貴様、エスパーなのか?

 どうして心の中が分かった。


「ふふふ、どうして何を考えているのか分かったのかって?そりゃあ、あれですよ。君がそういう顔をしていたから」


 うん、エスパーだ。

 尾間さんは心が読めるのか。

 なら私が給料アップしてくれと望んでいるのも分かるんじゃ?

 てか、読んでくれ。

 

「──馬鹿な事考えてますね?で、どうなんです?給料高いですよ?あと権力も握れますよ?でも、休日はありませんが」


「私が、尾間さんの部下に・・・・・・?」


「そうです。僕のために働きませんか?」


 そうか。

 給料が高くて、権力・・・・・・は要らないな。

 でも、お金が貰えるのか。

 それはそれはで良いかも。

 しかしまあ、


「嫌です」


「はあ?」


 嫌な物は嫌なのだ。

 尾間さんが直轄の上司になるくらいなら死んだ方がマシ。

 こんな愉悦のためにニッコニコで人に9層に突撃しろと命じるような人間の下ではおちおち働けないからね。


 って事を説明すると。


「君、変わってるね。僕が誘えば大体の人間はすぐに両手を上げてYESって答えるのに・・・・・・」


「恨むなら自分の素晴らしい性格を恨んでください」


「・・・・・・」


「とにかく、私はこのままで良いです。どうせギルド嬢がお似合いですから」


「ははは、そうか。君がそう言うなら別にそれでいいよ。ああ、あとご褒美の件もあったね」


 そう言えばそんなものもあったな。

 確かA-1の9層ボス攻略の暁にはなんらかのご褒美をあげるって約束だっけ?

 まあ、正直嫌な予感がするが。


「──はい、これをあげるよ」


 そう言って手渡されるは何かの書類。

 

「これは?」


「これは、アカツキ武具店への支払い代行書類だよ。君の武器は初心者用の準魔鉱石で出来た粗悪品ですよね?見たところボス戦闘中に壊れちゃったようだし。だからさ、これで新しい武器でも作ってください」


「粗悪品・・・・・・10万もしたのに・・・・・・」


「てか、よくこれまでそんな粗悪品で戦ってこれたよね」


「・・・・・・魔力を通せばギリギリ使えました」


「まあ、とにかく、金はいくらでも使って良いから好きな武器作ってね」


 おお!

 神か!?

 金をいくらでも使っても良いのか!? 

 流石は尾間さん、セレブだ。


「ああ、最後にあと一つ。君、ボス戦の途中で配信切ったでしょ。大変なことになってるけどいいんですか?」


「あ、やべ」


 配信の事忘れてた。

 そう言えば途中で配信切ったんだっけ。

 だからまだ生存報告が出来ていないのだ。


「私は今から配信しますが──」

 

「ええ、分かってますよ。ではそろそろ僕たちもお暇しますね。帰るぞ、夜詰君」


 そう言って彼らは私の病室から出ていった。


 一方の私は大慌てで配信の準備を始めるのだった。

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