■シーンⅣ 遺隊-Itai-

 仲間を失い、葬儀を目の当たりにした翌日。

 此処へ来た理由に対する不安と彼らに対する畏怖をを抱きながら、鶫市支部長は、対策本部の敷地の片隅にひっそり佇む、教会に似た建物を訪れた。開け放たれた扉を潜ると、真っ直ぐに伸びる赤い絨毯の敷かれた身廊があり、突き当たりには説教台や祭壇、奥には告解部屋への入口も見える。

 近代的なビルが建ち並ぶ敷地に突如現れたゴシック風建築の教会は人目を引くが、周囲に人の姿はない。身廊は左右四列ずつ並んでおり、どれも綺麗に磨かれている。上を見ればアーチ状の天井が高い位置にあり、壁面にはステンドグラスもある。

 これだけなら外でも見る教会と大差ないように見えるが、大きく違う点が二つ。

 一つは、説教台の背後、祭壇の上に大きく掲げられている十字架が逆十字になっている上、左半分に蔦のようなものが絡みついたデザインとなっていること。

 もう一つは、通常聖母マリアが描かれているステンドグラスに、両の腕が鳥の翼となった女性の異形が描かれていること。


「此処が……」


 身廊を進んで行くと、奥の扉が開いて、黒い死体袋の載ったストレッチャーが出て来た。押しているのは、先日も葬儀の場に訪れた金髪の幼い少女だ。


「鶫市支部《円卓の騎士》の方ですね。先生から約束のものを預かって参りました」


 ストレッチャーを支部長の傍まで届けると、西洋訛り残るの日本語で少女が言う。支部長は少女の瞳が骨灰色であることに今更気付いて面食らったものの、すぐに気を取り直して目礼を返した。


「先日の件で損失した人員の遺体を、此方で引き渡すと言われたのだが……」

「はい、此方です」


 少女は死体袋のファスナーを開けると、確かめるように支部長を見上げた。

 袋の中にはこのまま棺に入れても問題なさそうなほど綺麗に整えられた、ガレスの遺体が眠っていた。死化粧も既に施されていて損傷も一切見当たらず、死を目撃していなければ本物と錯覚しそうなほどの出来だ。


「体格、血液型、歯形に至るまで、完全に再現しております。それから左手の指輪も本物と同じ素材で作成致しました」

「これが……君たち葬儀屋の仕事か……」


 NOISE対策地方支部で働くようになって久しい支部長は、本部にもクローンの技術が存在することを知っている。しかしあの技術は、変異状況や容姿などを完全に複製することは難しいとされており、異能や記憶の継承も含めると、全く同じものは出来ないとも言われている。

 そのことを過ぎらせていることに気付いた少女が、死体袋を閉め直しながら言う。


「一般向けの遺体なら、中身を作らなくて良い分精度が高まるそうです。似せないといけないものは、見た目だけですから」

「そう、なのか……」

「憐れみますか。この遺体を」


 少女の白い瞳が、真っ直ぐに支部長を見つめている。

 しかし、よく見ると少女の視線は支部長の目と合っていない。声のするほう、音の聞こえた高さに合わせて首を傾けてはいるものの、正しく目のある位置を捕え切れていないように思えた。


「……いや、感謝するよ。これでご家族に返してあげられる」

「はい。では、こちらにサインをお願い致します」


 黒いクリップボードに挟まれた書類を手渡され、支部長は一通り目を通してから、サインを記入した。内容は大したものではなく、確かに引き渡したと証明するためのものだった。


「確かに。ありがとうございます」


 目視ではなく指先で文字をなぞって確かめた少女は、支部長を見上げて頷いた。


「こちらこそ。では、これから早速向かうので失礼するよ」

「お疲れさまです」


 ストレッチャーを押し、表に駐めていた車の後部座席に遺体を寝かせる。

 このあとは前もって連絡を入れていた家族の元へ、遺体を届けに行くこととなる。彼の妻は泣き崩れてしまい、息子が憔悴しながらも諸々の手続きを担っていた。そのことを思うと気が重い。何度経験しても人の死に慣れることなどないと、事後処理の手続きをする度に支部長は痛感するのだった。

 遠ざかっていく車の後ろ姿を、深々と頭を下げて見送る少女の背後に、近付く影が一つ。


「終わったようだね」

「先生」


 見送りをしていた少女の背後に立ち、白衣姿の男性が声をかけた。

 少女は先ほどまでの事務的な無表情から一転、年相応の少女らしい華やかな笑みを浮かべて振り向いた。

 男性の名は、里見雄一。

 葬儀屋では前線に出ることなく、裏方の検屍官をしており、助手であり納棺師でもあるエミリーの執刀医でもある人物だ。彼は国内でも有数の優秀な医者であったが、変異種となったために自らの執刀が感染者を増やすことに気付き、表舞台を去った。清潔感のある整った容貌と物腰やわらかな性格ゆえか特に女性の人気が高く、当時は彼を惜しむ声も多かった。

 最初で最後の犠牲者が先天的な盲目だった少女エミリーで、彼女は変異種となったことも、結局視力が戻らなかったことも、一切恨むことなく里見を恩人として慕っている。


「ストレッチャーは僕が戻しておくよ。エミリーはお茶の用意を頼めるかな」

「わかりました」


 エミリーの小さな体が、教会奥の扉を越えていく。

 里見が、無人となったストレッチャーを押して別の扉を越えると、其処は一変して病院の廊下のような白い空間だった。左右にいくつか扉があり、突き当たりには一層大きな白い両開きの扉がある。扉脇に設置された装置に人差し指を添えると、小さな電子音が鳴ったのちに扉が開いた。

 中は手術室に似た作りとなっていて、手術台と機材、器具が並んだ台や、流し台が並んでいる。清潔感のある室内には、腹部が開かれた男性の遺体が横たわっており、里見は部屋の片隅にストレッチャーを置くと途中で放置されていたと思しき体の横に立った。


「さて、採集を続けようか。作ったものはなるべく活用したいしね」


 横たわっている体の作りや顔かたちは、先ほど運ばれていった男性と、とてもよく似ていた。

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