■シーンⅢ 故応-Koou-

 いつも通りの日常。

 いつもと同じ任務。

 狂ってしまったのは、きっとこの任務を受けたときから。

 NOISEの鎮圧とだけ聞いてろくに調べず現地を訪れたときから。

 動けなくなったアイツを部屋の外に運んでやらなかったときから。

 伸ばした手を、取れなかったときから。

 いくらでも失わずに済む機会はあったはずなのに、結果として失ってしまった。

 欠けてしまった円卓を、これから何と呼べばいい。



「ガレス先輩……支部長……俺……っ」


 隻腕のエンジェル隊員は、傷の痛みによる脂汗をかきながら支部長に縋って泣いていた。

 後悔以外の感情を忘れてしまったかのように、何度も頭の中で繰り返される。

 最後に見た彼の絶望の表情が頭から離れない。切り落とした腕を、彼が握って引き寄せている気さえする。


「お待たせ致しました」


 逃げ出してきて以降、全く手出しが出来ず絶対領域を張って現場の保存をしていた四人の元に、三人分の足音が近付いてきた。

 振り向くと其処には、二人の青年と一人の少女がいた。

 顎下ほどの長さに切り揃えられた髪は天然の金髪で、加えて、白い肌の色から推察するに、少女は欧州人と思われる。人種はともかくどう見ても児童館クラスの年齢であることが気にかかる。

 青年の片方は黒い鎖が巻き付いた巨大な鎌を携えている。しかも、真っ赤なフード付きローブを羽織っているものだから、葬儀屋というより派手な死神の様相である。

 もう一人の青年はこの場の誰より背が高く、管理局で一般支給される黒いスーツを纏っており、一見武器らしい武器は手にしていない。だが葬儀屋という言葉を聞いて真っ先に思い浮かべるのは、彼のように物静かな正装の人物だろう。


「あなたたちが、葬儀屋ですか」

「はい」


 少女が答え、支部長ではなくその先の建物に目をやった。無機質なその白い瞳は、真っ直ぐに異形の建物を見つめ、そして静かに口を開く。


「屍内部に、生体反応があります」

「は……?」


 少女の言葉に反応したのは葬儀屋の片割れと一人の調査隊員、カイだった。少女を睨みつけ、カイは怒りを露わに詰め寄る。


「ンなわけあるかよ! 確かにコイツが仕留めたんだ! それともなにか!? 支給された計器が不良品だとでも言うのかよ!?」

「ひとり分の生体反応があります」


 襟首をキツく掴まれながら、見上げるほど大きな男に怒鳴られても、少女は眉一つ動かさずに、淡々と答えた。それに苛立ち、更に怒鳴りつけようとしたとき、建物が低く唸った。


「な……っ」


 その声は、確かに聞き覚えがあった。彼らが置いて逃げた、彼の隊員の声。肉塊に飲み込まれながら感じた彼の絶望が四人を苛み、一つになろうと訴えかけてくる。


「アイツが……まだ生きてんのか……? こんな、化物になってまで……」

「支部長、俺たちはどうすれば……」


 エンジェル隊員たちが、支部長に縋る。支部長はなにも言えず、ただ俯くことしか出来なかった。その視線の先で、支部長は生体反応を示す計器を見た。

 その数は、八人分。

 数値を見て、支部長は思い出した。外に出て最初に確認したときも、数値が示した生体反応は五人分ではなかったか。部隊員の人数全員分だと思い、あのときは気にも留めずに流したが、そんなはずはないのだ。

 ガレスはもう化物に取り込まれて、生きているはずがないのだから。生きていてはならないのだから。


「下がっていてください」


 静かな口調で少女が言うと同時に、紅いローブ姿の青年が鎌を振り上げた。四人はハッとして、咄嗟にその場を飛び退き、肉色の建物から距離を取る。振り下ろされた鎌から超高温の爆炎が吹き上がり、見る間に異形の建物を飲み込んだ。


『あぁぁああああああああぁ!!』

「っ……!」


 四人にとって聞き覚えのある、最も聞きたくない声で、異形の建物が叫ぶ。無数の窓や扉が口を開き、濁った声で四人の名を呼ぶ。


『ベディィイイイ! ドォオオジィデェエエエ! アアァアヅイイィイイイ!』


 支部長たち四人が、反射的に目を背けた。エンジェル二人は涙目で支部長に縋り、支部長はその肩をどうにか支えている状態だ。心ごと罪の意識を抉られる。見捨てたことへの怨嗟が、悲鳴となって四人へと降り注ぐ。

 化物が叫んだベディとは、隻腕となったエンジェルの愛称だ。ガレスが名付けて、他の隊員も呼ぶようになった名だ。泉の聖剣ベディヴィアだなんて大層なコードネームは自分には勿体ないと恐縮していたら、あだ名をくれたのだ。いまでも鮮明に思い出せる。

 玄関が大きく口を開け、中から焼けただれた舌や腕が伸びてくる。それらも難なく切り払うと紅いローブ姿の青年は高く飛び上がり、炎を纏った鎌で屋上から地階まで真っ直ぐに貫いた。


「塵も残さねェよ」


 破裂した水道管のように、地下から業炎の塊が噴き上がる。建物からだいぶ距離を取って見守っていた支部長たちの元にも熱が伝わってくるほどで、あれを喰らったら言葉通りに塵も残らず全てを焼き尽くされるだろうと畏れを抱いた。

 嗄れた叫び声は徐々に小さくなっていき、やがて歪な建物が影も形もなくなると、辺り一帯焼き尽くさんばかりに噴き出ていた炎も収まった。あとに残ったのは、深く陥没した穴が一つ。

 暫くして、穴の底から青年が飛び出してきた。


「火葬は済んだぜ」

「お疲れさまです、ロキ。ではレヴナント、埋葬をお願いします」

「了解」


 レヴナントと呼ばれた青年は、ロキという紅いフードの青年と入れ違いに大穴へと近付くと、その辺に落ちていた瓦礫片を拾って穴へと放り投げた。すると、ドンッという腹の底に響く音と共に穴が砂で埋め尽くされ、レヴナントが上に立つと同時に、砂の地面が瞬く間に周囲と同じく暗灰色のコンクリートに変化した。細かい埃汚れやひび割れさえ周囲に合わせ、その場になにがあったかも思い出せなくなりそうなほど綺麗に整えた。


「埋葬完了」

「お疲れさまです、レヴナント。これで、葬儀は終了です」


 文字通り跡形もなくなった空間を、支部長たち四人が呆然と見つめている。

 彼らでは倒す算段さえも思いつかなかった相手を、不死とも思える異形の化物を、一瞬で焼き尽くしてしまった。

 これが、冥府の担い手と言われる葬儀屋の実力なのかと、身を以て実感した。


「あ……ああ、そうだ……彼の家族にどう伝えるべきか……」

「彼?」


 ロキが支部長の呟きに反応し、首を傾げた。支部長は綺麗に舗装された建物跡地を一瞥すると、逃げ遅れて建物に吸収されたエージェントのことを話した。


「彼には、外界に家族がいました。世間的には天花寺貿易の職員ということになっていたので、遺体が欠片も残らなかったなどと言うわけにもいかなくて……」

「コードネームは」

「十刃、ガレスです」

「アウローラ」


 支部長の答えを受けてロキが少女へ指示を出すと少女は暫し中空を見つめてから、ぼんやりと定まらない視線のままに口を開いた。


「SIREN医療センターに、定期検査のため採取した検体があります」

「なら問題ねェな。明日、葬儀屋まで取りに来い」

「血液なんて受け取っても……どうするっていうんですか……?」

「違ェよ」


 フードの奥から、笑う気配がする。


「遺体の引き渡しだ。午前十時。遅れんなよ」


 支部長に向けてロキがそう言うと、葬儀屋たちは帰っていった。

 残された隊員は暫し呆然としたのち、支部長の「我々も支部に戻りましょうか」の言葉でハッとして頷き、あとを振り返ることなく薄暗い路地を出た。


 彼らは葬儀屋の名が示すとおり《屍》を葬ることを生業としており、NOISEの死を無駄にしないよう異能の研究や医療技術の発展に役立てている管理局の方針とは異なるため、不吉とされている。

 構成員の中でも特に件の屍化現象を目の当たりにしていない者は、葬儀屋は抑えの利かない快楽主義の構成員を匿うカヴァー部署だと口さがなく囁いている。しかし、先日の支部長たちのように一度でも屍化現象を目の当たりにした者は葬儀屋の能力を畏れこそすれど、彼らを掃き溜め局員のお飾り部署などとは決して口にしない。

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