弐幕◆屍と逝と後悔
■シーンⅠ 痕責-Konseki-
いつも通りの日常。
いつもと同じ任務。
都内某所にて発生したNOISE被害の鎮圧は、いつもの五人で挑めば、いつものように終わるはずだった。
どこから狂ってしまったのか、いまとなってはわからない。
世間の日陰に隠れるようにして佇んでいるそのビルには、嘗てたくさんの研究員がいて働いていたのだろう痕跡だけが僅かに残されていた。
重要そうな資料類は持ち出されており、此処でなにを研究していたのかを推察するだけの情報は見当たらない。機械も無残に破壊され、使えそうなものはなにも残っていない。
だが、今回の任務は此処に放棄されたとされるNOISEの鎮圧。研究所が無人になるに至った原因の排除であって、敵対組織の研究内容の調査や奪取ではない。そういった仕事は後方支援部隊《隠》のすることだ。
一階を手分けして探索した調査隊員たちは廊下の中央で落ち合うと、互いに無言で小さく首を振った。一階にはいない。上か、下か。
支部長は一人の足の速い
「降りてすぐのところに防護用シャッターが降りてた。其処には操作盤みたいなのもなかったし、管理室とかで何とかしないとあれは開かないと思う」
「そうだな……下手に壊して建物ごと倒壊しても面倒だ。それは最終手段にしよう」
ビルの入口、受付があったところで見た案内図によれば、管理室は三階だ。此処で愚図っていても仕方ないと、全員で三階へと上がっていく。
管理室の鍵は壊されており、扉の番が外れかけていた。此処へ至るまでの道中にも壁や天井に獣の爪痕が残されていた。
いったい此処でなにがあったのか。地階の先にはなにが閉じ込められているのか。確かめるためにも、管理室の扉を外して中へと入る。
「ふむ。此処には比較的無事な機材が残っているな……地下になにが閉じ込められているのかわかるかも知れない。調べてみよう。カイとガレスは地階の解錠を頼む」
「了解」
手分けをして室内を探索していくと、いくつかめぼしい資料が見つかった。
余程焦っていたのか、逃げる際に持ち出し切れなかったらしき数枚の書類とデータディスクだ。
地階の解錠と平行して情報を確認するうち、此処でなにが起きたのか、その片鱗が見えてきた。
「人工変異種、異能の操作……」
「任意の異能を持つ変異種を作り出す実験と、複数の異能を発症することは可能かの実験、か……変異種を道具か兵器としか見てないような実験だな」
この研究所では、意図した異能を発症させる研究をしていたようだ。
現段階では、いち個人が通常の発症で持ちうる異能は一つきり。後天的に発症することもあるが、基本的に変異種は一点特化である。もしそれを任意に複数持つことが出来たなら。それらを好きに操れたなら。変異種ともNOISEとも異なる、新たな境地に至れるのではと書かれている。肝心の、詳しい実験内容などの情報は残されていなかったが、概要だけでも手がかりにはなる。
人が人を作ることは神の領域に土足で踏み込むに等しいと、過去にクローン技術が確立された際に叫ばれたことが記憶に新しいが、いまやクローン人間程度で憤慨していては、憤死しそうな技術が世界中に蔓延している。
支部長は腰につけていたバックパックに資料をしまい込むと、解錠作業に当たっていた二人の元へ向かった。
「開きそうか」
「はい。機械が六割くらい生きていたので、何とか通電して解錠しています」
「ただ、少し気になることが……」
解錠作業に当たっていた片割れが、別モニターを支部長に見せながら呟く。
「監視カメラの映像が残っていたので見てみたのですが、化物の動きが妙なんです」
「妙というと?」
「途中までは逃げ惑う研究員を追いかけ回して惨殺してるんですけど、途中でなにか見つけたか気付いたような素振りを見せて、地下に引き返してるんですよね」
だいぶノイズがかかっているが、確かに逃げ遅れた研究員が管理室前に詰めかけてコンソールを操作しているのが見える。扉の前を映しているため廊下の奥は見えず、彼らが時折後ろを振り向いては、作業している人間を急かしている様子だけが映っている。暫くして、化物のシルエットが研究員のすぐ背後に迫ったとき、不意に動きが止まった。そして振り向き様、先端が刃のようになった化物の尾らしき部位に不運な研究員の頭部が切り飛ばされ、それが勢いのままカメラにぶつかったことで、映像が途切れた。
驚愕の表情を張り付けた男の頭部がカメラへと飛んできた瞬間、エンジェルの少年二人が思わず目を背けた。
「恐らく、裏口を解錠しようと此処まで逃げて来たものの、管理者権限を持つ人間がこの場にいなかったせいで手間取ったものと思われます」
「謎の化物は、さっきの階段を上がって正面入口方向から来ているので、最奥である管理室前にほぼ全員追い詰められる形になったようです」
「ですが、此処に追い詰められた人数と元の所属人数があまりに合わないことと窓に残った無数の靴跡から、大半は逃げ果せているものと思われます」
壁や床に残る爪痕を始め、なにかが暴れた痕跡が残る研究所には、血痕も残されている。しかし遺体は一つも残っていない。もし遺体から情報を抜かれることを恐れて逃げた研究員が戻って片付けたというなら、先ほどの管理室の映像や、僅かとはいえ資料が残っているのはおかしい。なによりあの化物は、いったいなにを見て目の前に群がる大量の獲物を放棄したのか。
この事故が自分たちが作成した人工変異種とやらが暴走した結果であれば、残酷な言い方になるが自業自得と言わざるを得ない。
どこかに閉じこもっているなら良いが、それは楽観が過ぎる。
「間もなく開きます」
その言葉と同時に、画面に緑色の文字で『COMPLETED』と表示された。
「……よし、ご苦労だった」
思考の海に沈んでいた支部長は顔を上げ、エージェントを労う。それから、部隊の皆に向けて、指示を出そうとしたときだった。
――――ドンッ!
建物全体を揺るがす大きな音と共に、真下から突き上げられるような激しい衝撃が支部員を襲った。
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