18 今は届かない領域でも、手を伸ばさない理由にはならないですよね

「――では、いきますっ!!」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんのイメージと共に、魔力の塊は勢いよく次々と射出、スカード師匠へと降り注いでいった。


 この魔力の塊の射出による攻撃も、昨日橋を作った後に発想として浮かんでいたので、時間の合間に少しだけ試していた。

 と言っても、今の規模で試したわけではなくて、ごく小さな――割りばし位のスケールでやってみたのです。

 周囲に迷惑かけちゃいけないからね、うん。


 私自身を空中に浮遊させる事は難しかったけど、魔力の塊を浮かび上がらせるのはさして難しくなかった。

 そして、それを速度を持って撃ち出す事も、思ったより簡単にイメージできた。


 最初に空中にフックを作ってその上に塊を乗せて、その後部から魔力をぶつけて射出する一連の流れ。

 そうして放たれた割りばしサイズ魔力の塊は――まぁ正直威力は皆無だった。

 というか普通に割りばしを落としたのと変わらないというか。射出した塊残ってたし。


 なので更にそれにイメージを重ねて、塊が触れた瞬間、魔力が破裂するようにやってみた。

 一応できたのだけど、それも威力はちょっと花火よりもささやかに魔力が破裂する程度。

 しかも、イメージが完全じゃないからなのか、破裂しない場合もあった。


 で、現在――正直まだ未完成なのはわかりきっていた。

 実際、師匠は軽くかわすし、ちゃんと炸裂したのは半分程度の数。


 そもそもだ。

 昨日許可を得て見せてもらった師匠のレベルは――255。

 魔力以外のステータス全てが最早私では足下に及ばないなんてレベルじゃない、路傍の石ころ以下だ。


 勝てるはずはない。絶対に勝てない。

 だけど、今はそんな事を考えない。


 そして、絶対に勝てない、というのは、一つ間違いないプラスな面がある。

 すなわち、

 

 であるならば、何もかも気にせずに、師匠の思惑通りに力を振り絞れるってものです。

 ――堅砂くんがいてくれるお陰で、レーラちゃんの事を気にせずに済むのもありがたい。


「フゥゥゥッ!!」


 息を吐きながら全身に流れる魔力を感じ取って――足に流れる分を増強させるブーストする

 直後、私は自身の想像を上回る速度で地面を蹴っていた。

 これに関しては試す時間がなかったのでぶっつけ本番――というのがやはりまずかったのか、思った以上の速度に、私の認識が追い付かなかった。


 師匠へと殴り掛かるもこちらも簡単に回避された上、勢い余って転び回った。


「発想はいい。だが制御もままならないんじゃお粗末だな」


 当然隙が生まれる私に、師匠が接近する。

 ――正直、動きがまるでよく分からなかった。

 師匠は何か普通に一歩踏み出しただけのように見えたのに、それだけで私のさっきの動きよりも遥かに速い。


 だけど、来るルートが分かっているのなら――!


「フゥッ!」 


 私は転びながらイメージしていたブロック位の大きさの魔力を射出する。

 ――が、やはりまだ訓練が足りないのか、想定よりも若干下の位置で具現化、射出された。


 だけど、私の『遅さ』と師匠の『速さ』が噛み合ったお陰でブロックは師匠の直前で放たれ、衝突した。

 パァンッ!と炸裂音が鳴り響く。


「―― 一応喰らったが、やっぱり大した威力じゃないな」


 当然師匠は無傷――分かり切っている。


 だから、私の本命は別なんだよね、これが!


「ハァァァッ!!」


 炸裂する直前、体勢を立て直した私は自分の真下に魔力の塊を発生、それによって

 空中で私は右足を大きく振り上げて、渾身の力で振り下ろすかかと落とし


「――へぇ」


 どこか感心したような声を漏らす師匠の頭上に、私が降り下ろした、落下の分の威力も含めた右足がクリーンヒット――!!

 確実に全力を叩き込めた、そんな手応えはあった。

 

 だけど。


「型は綺麗だが――軽すぎる」


 師匠は微動だにしなかった。

 直後、無造作に私の右足を掴み、いかにも軽く、ひょいっといった風情で放り投げる。


 だがそれは、そんな軽いものではなかった。

 私は陸上選手が投げるハンマーよろしく、凄まじい勢い、速度を体感して、意識が飛びそうになる。


「ひょわぁぁぁっ……?!」


 どうにか意識を繋ぎ止め、体勢を整えようと思考した瞬間、の放つ拳が私の腹部に突き刺さった。


「げふぅっ?!!」


 口の中から何かの液が吐き出された直後、私はそのまま地面に打ちのめされる。 

 全身の痛みに堪えながら・咳き込みながら、起き上がろうとするも―――。


「ッ?!」


 ビキィッ、と身体の左側で砕け折れる音が内外から響く。

 それに反応する間もなく、私は大きく大きく弾き飛ばされて、その先にあった大木に叩きつけられ、地面に転がった。


「――正直、予想外の戦法で挑まれて驚いた。だが、そんなのはただの付け焼刃だ」


 私にゆっくり歩み寄りながら、師匠が告げる。


「発想自体は良い……お前さんなりに全力を出そうとしたのも評価しよう。

 だが、馴染みのない動きをすれば、当然そこには無駄が生まれる。

 さっきの攻防の中で一番マシな攻撃だったのは、踵落としだけだ。

 あれだけはおそろしく綺麗だったし、無駄もなかった。

 アレにある程度の速度と力が伴えば、俺にダメージを与える事も出来ただろうが、如何せん足りなかったな。

 まだ手加減する余裕が――ん?」

「おねえちゃん!!」

「あ、馬鹿!!」


 倒れ伏している私の少し向こう側に、レーラちゃんが両手を広げて立つ姿が見えた。

 

「おねえちゃんをいじめないで――!」

「――っ。ああ、いや、なんだ、俺はいじめてるんじゃないんだが。

 これはお姉ちゃんの要望に応えて、強くしてる最中で――」

「フゥゥゥッ!」

「いや、威嚇されても困るんだが――」


 いやぁ……なんというか――実に参りました。

 こんなものを見せられたら、元気百倍、倒れたままではいられないってなものです。


「あ、あはは、ごめんごめん、レーラちゃん。勘違いさせちゃって。

 その人は――私の師匠は、私を強くするためにやってるだけで、いじめじゃないんだよ。

 だから心配しないで?」


 そう言って起き上がった私は、心配をさせないように左手でピースサインを形作った――んだけど、なんか違和感が。


「おねえちゃんの手、なんか変になってるぅぅ――!?」

「八重垣、君、左手が圧し折れて、なんかすごい状態なんだが――」


 あ、ホントだ。

 レーラちゃんと彼女を連れ戻そうとやって来た堅砂くんの指摘で気付く。

 左手が不注意で倒した可動フィギュアみたいに人ではありえない感じになってる。


 ――勿論超絶痛いです、はい。

 レーラちゃんや堅砂くんを心配させないために堪えまくっておりますが、ぶっちゃけ泣きそうです。うぎぎぎぎ。


 だけど、それを顔には出さずに私は今度は親指を立てたサムズアップ


「だ、大丈夫大丈夫。このぐらいでめげてられないからね」

「お、おねえちゃん……」

「脂汗出まくった状態でそれを言われても説得力ないんだが」


 むしろ逆に引かせてしまったようだった。うーむ、ままならないなぁ。

 でも、それでも。


「でも、本当に大丈夫。

 師匠は今、色々な事を私に教えてくださっている最中だから、それをしっかり学ばないと」


 心だけはまだまだ行ける。その位に私の中には気合が充填されております。

 ふふふ、子供に心配かけまいと力を振り絞るってヒーローっぽいよね――うふふふふ。

 

 それに、事前に回復アイテム使用をあえて見せてくれたのも大きい。

 あれは師匠自身への攻撃の躊躇いを無くす為でもあり、こちらへも怪我を心配する必要はないというメッセージでもあるんじゃないかな。


 だから――。


「だから、私はまだまだ大丈夫。

 心配してくれてありがとう、レーラちゃん、堅砂くんも。

 すみません、お待たせしました」  


 私は迷いなく進み出て、構えて、師匠へと再び対峙する。

 そんな私を見て師匠は、小さく苦笑いを浮かべた。


「ちゃんと反撃を想定していたみたいで安心した。

 こっちがただ受けるだけの組手だと思ってて大泣きされるんじゃないかと、ちょっと焦ったぞ」

「いやいや、攻撃するんですから攻撃されるのは至極当然です」


 ――まぁ、思った以上にボコボコにされて色々と痛んではいますが。


 だけど。

 

「というか、すみません。確かに見苦しい付け焼刃でした。

 次は慣れた動きの中で工夫してみます」


 抑えつけていたものを解き放つ感覚、もう少しでものにできそうな感覚がある。

 それが出来たら、ほんの少し、少しだけでも強くなれる気がした。

 私がなりたい私に――誰かの力に、誰かの助けになれるような、立派な人間に、一歩でも近づける気がした。

 私が八重垣紫苑というゴミに限りなく近い存在の生存を許せる、小さな力になりそうだった。


 だから痛みを、全身を流れる汗を気にしてはいられず――私は折れた左手の拳を固く握りしめる。

 うぐぎひひひ……まだまだやれますとも、ええ。


「――なんか、妙に生き生きしてるな。少し前と違って全然どもりもしてないし。

 戦うのが好きなのか、紫苑は」

「……。そのつもりはないんですけどね」

「ふむ、まあいい。

 悪いな、余計な事を考えさせた……忘れて思いっきり来い」


 若干戸惑う私に、師匠は獰猛な笑みを浮かべて見せた。


 何故だろうか。

 私にはそれがすごく楽しそうに見えた。

 

 ……

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