16 なったものはしゃーなし!……とは素直に思えないけど全力はつくさないとね
「―――わぁ」
レーラちゃんが私・
いや、なんか、すごくキラキラした瞳なんですが?
純粋過ぎて不浄な私は溶かされてしまいそうなんですが?
何故私にそんな視線を……というかめちゃかわいいです、はい。
あまりにも綺麗かつ可愛い視線をこれまた可愛い表情で向けてくるものだから、動揺しているとレーラちゃんが言った。
「シオンおねえちゃん、すごいなぁ――綺麗だし、おむねおっきいし」
「そ、そう、かな……?
あ、あはは、ほ、褒めてくれてありがとうね」
レーラちゃんの言葉に、私はどうにか笑顔を形作って答えた。
うーん、私は私自身に懐疑的だけど、レーラちゃんはただただ純粋にそう思ってくれてるんだろうしなぁ……うぐぐ、ネガティブな私が憎いっ!
「おむねのしたの……えと、その、ふくろ?もいろっぽいね!」
「それは、ほくろ、かな? というかそんな言葉何処で覚えて来たのレーラちゃん……」
現在、私とレーラちゃんは寮に設置されていたお風呂場にやってきていた。
なんでも私達同様に召喚されてきた人達が、この世界でのお風呂にしっくりこなかったらしくて。
自分達の『贈り物』や魔術を駆使し、レートヴァ教の人達の協力を得て、完成させたお風呂場との事……お陰様で私達は不便を感じずに済んでいるので、先輩方に感謝ですね、ええ。
「よし、じゃあ綺麗にしてあげるねー」
「あはは、くすぐったいなぁ」
この世界に訪れた際に荷物に入っていた入浴用のタオルやボディーソープでレーラちゃん、そして私自身を念入りに洗う。
「ん?」
ボディーソープの泡にはしゃぎ遊ぶレーラちゃんに「口に入れないようにね」と注意しつつ、互いに洗い合ったりもしていた中。
私はレーラちゃんの両肩に、何か……小さ黒いこぶのようなものがある事に気付いた。
「レーラちゃん、ここ、痛くない?」
「んーん? だいじょうぶだよ?」
何かで打って痕になってしまったのかも、とおそるおそる慎重にかつ優しく撫でてみるが、レーラちゃんは特に痛みを感じていないようだった。
怪我でないのなら何よりだが、左右対称にコブがついているのがなんとなく気にかかった。
なんというか――。
(――まぁ、レーラちゃんはレーラちゃんだよね)
なんとなく推測できる事はあったが、確信という程じゃない。
普通にただのコブかもしれないし――今はもう少し様子を見る事にしよう、うん。
ともあれ、そうして無事さっぱりし終えた私達は、一緒のベッドで眠った。
――レーラちゃんに広々と使ってもらおうと私は床に転がる気だったのだが、上目遣いに一緒に眠りたいと言われたら、うん、一緒に寝る以外に選択肢はないですよねそうですよね。
そうして私達の本格的な異世界生活開始の一日は、様々な出来事も相まってあっという間に終わった。
布団の中、なんとはなしに既に眠った彼女の身体を優しく抱きしめると、その小ささに改めて気付かされ、驚かされた。
(――うん、ちゃんと守らなくちゃ)
そんな決意と共に湧き上がるあたたかな気持ちを抱えながら、私はいつしか眠りに落ちていった。
そうして眠る事が出来たから、明日はきっと良い日になるとぼんやりと思いながら。
だけど、やはり、というべきなのかなぁ。
世界はあたたかさだけでは出来ていなかったし、あたたかさだけで回るのは難しいですよね……うう、悲しい。
「残念な事ですが――私達が貴方達に与えられる時間は、あと僅かになりました」
翌朝、神殿に集まった私達にラルから告げられたのは、厳しい現実でした。
「なるほどな」
それから数時間後、私、私と手を組んだ堅砂くん、そしてレーラちゃんは、今日から本格的に私を鍛えてくれると約束してくれたスカード師匠の所にいた。
昨日と同じように師匠の自宅でお茶を出してもらいつつ事情を説明すると、師匠は小さく溜息を吐いた。
「領主の息子と揉めて、苦情と圧力がレートヴァ教に行って、結果独り立ちまでの猶予期間が4分の1に減らされた。
つまり、あと二十日で最低でもお前さんは一人前になる必要があるわけか。
予定より若干遅れてきたから何かと思えば、大変な事になってんな」
師匠の言葉を、私はレーラちゃんを太腿に乗せたままの状態で聞いていた。
人数分の椅子がなかったので私は立ってようと思ったんだけど、レーラちゃんが私に座ってほしいと訴えかけて、協議の結果こうなりました。
危機的状況だけど……うふふ、忘れそうなくらいレーラちゃんかわいい……ふふふ。
「八重垣、また顔が崩れてるぞ」
「はっ!? す、すみません」
堅砂くんのツッコミで慌てて正気を取り戻し、私はスカード師匠に訊ねてみた。
「え、えと、そういう訳なので、多分師匠にはご無理を言ってしまうのですが、お願いできますか?」
「お前さんが良ければな、と言いたい所だが。
資金提供も出来なくなって、各所の協力も大半なくなるんだろ?」
となると、俺に支払われるはずだった報酬も無くなる可能性が高い……契約がなくなるんなら、俺がお前さんに教える義理はないな」
ですよねー!
うん、そうなるだろうなぁと思っておりました。
これについて師匠に非はなくて、お仕事として受けているなら当然だからね、うん。
だから私は。テーブルの上に、持ってきて来た革袋を取り出し置いて、師匠へと差し出した。
「ん? コイツは――金貨か」
「わ、私個人に与えられた、この世界で生きるための準備用資金、その残り全部です。
そしてこれはあくまで前金として受け取ってください」
「――ほう?」
これは今の所なんの対価もなく、ただ貰ったものなんだよね。
それを使って頼み込む自分はきっと厚顔無恥だと思うし、誠意が感じられないと思われても仕方がない。
だけど、そうだとしても――それさえも含めて、できる全てを使って、頼まなくちゃ。
「その、師匠には大変申し訳ないのですが、あと半分は、私が冒険者になって稼いだお金で支払わせていただきます。
――ちょっとごめんね」
レーラちゃんを椅子に座らせた上で、私は床に座り込み、深々と土下座した。
「だ、だから、お願いします。私を一人前の冒険者として鍛え上げてくださいっ!!
どうかお願いしますっ!!」
「なるほどな。……でも、正直足りないな」
「な、なるほど――じゃ、じゃあ……く、くく、靴舐めますんで!」
「いや、じゃあってなんだ……」
「誰もそんな事を要求してないだろ……言っておくが足りないのは
「だ、だったら、やっぱり靴舐めですね?!」
「「まずそこから離れろ」」
私の言葉に堅砂くんと二人してツッコミを入れた後、師匠は小さく息を吐いてから、改めて言葉を紡いでいった。
「信用ってのは、お前さんが一人前の冒険者になれる保証はどこにあるって事についてだ。
魔力が凄くてもそれを使いこなせずに大成しなかった奴を俺はごまんと知ってる。
お前さんがそうならない保証はあるのか?」
「あ、ありません。
だから――私は私自身を保証の代わりにしますっ!」
そこで身を起こした私は、バンッ!と胸を叩いて、師匠を真っ直ぐに見据える。
正直それでも足りないかもしれない――いや、他ならぬ私だし、きっと足らないに決まってる(確信)。
だが、だとしても――やらなくちゃならないんだ。
昨日までの私が別の理由で同様に危機的状況になっていたとしても、きっとこうしていたとは思う。
だけど、そこにはきっと迷いや不安がたくさんあったはず。
でも、今の私には昨日とは明確に異なる理由が――レーラちゃんが――加わった。
だから、迷いや不安があっても、それに構ってはいられない。
……とまぁ、かっこいい事を言った所でめちゃくちゃに不安なんですけどね、ええ――うう、
でも、やらなくちゃね、うん。
ゆえに、私は精一杯に高らかに考えを、思いを師匠へと伝える。
「もしも、私が師匠に予定どおりのお金を支払えなかった時は――私自身の全てを師匠にお譲りいたします」
「へぇ? それはつまり、一生俺の言いなり、下僕になってもいいと? 俺がどんなことをお前にしても良いって言うんだな?」
「か、構いません」
「あるいはどこかに売り払っても構わないと?」
「か、かかか、構いません。
で、でも、それはあくまで一人前になれなかった時です。
なれなかった時は、本当に私の事を自由にしてもらって構いません。
でも、私は――ちゃんと一人前の冒険者になって、昨日話した通りの、誰かの力に、誰かの助けになれるような、立派な人間になる、そのつもりでいますから。
だから……ですから、どうかよろしくお願いしますぅ――!」
「――――ふむ、どうしようかね」
そうして言うべき事を言って、あとは判断を待つばかり、と私が息を呑んだ、その時だった。
「わ、わたしからもおねがいしますっ」
「?! え、レーラちゃんっ!?」
レーラちゃんが、土下座する私の横に同じように座って、同じように頭を下げた。
「むずかしいこと、よくわからないけど、シオンおねえちゃんのおねがい、きいてあげて! きいてあげて、ください――!」
「あぁぁ、レーラちゃんはしなくていいから! これは私のする事だから! ほら、頭上げてー!?」
私は慌ててレーラちゃんを起こそうとする――が、なんだろう、おそろしく、硬い、というか力強いっ!?
ふぎぎぎ、と全力ではない程度に痛くしないように気を付けながら引っ張るもビクともしない――?!
「あ、あのっ! 堅砂くん!? お願い! レーラちゃん起こすのちょっと手伝って―!?」
現状をずっと眺めたままの堅砂くんに頼むも、彼は静かにこう答えた。
「それはこの子の気持ちを無視する事だからしない。
というか、保護者が軽々しく土下座するから悪いんじゃないか?」
「か、軽々しくはないよっ!? 私は私なりに――というかレーラちゃん、ほら私やめたから! レーラちゃんもー!?」
――そんなやりとりの中。
「ぷっ、ははははははっ!」
師匠が至極面白そうに笑い声を上げた。
「いやはや、子供には勝てないな。
そこのお嬢ちゃん大丈夫だ。紫苑お姉ちゃんのお願いはちゃんと聞いてやる」
「ほんとうっ!?」
するとレーラちゃんは即座に顔を上げた。
それがまたすごく目をキラキラさせているものだから、私は何も言えなくなってしまう。
師匠はそんなレーラちゃんに、うんうん、と大きく頷いて見せた。
「本当だ。だから顔を上げて元の席に戻るように」
「はーい!」
元気に返事して椅子に一生懸命座り直すレーラちゃん――それを見届けてから、師匠は改めてこちらへと向きなおった。
「悪かったな」
「え?」
「お前さんがこの状況でどうするかを見極めたかったんでな。
ちょっと意地悪な事を言った事、謝罪する」
「え? え?」
訳も分からず戸惑っていると、師匠は正座したままの私の前に座り込み、真剣な表情を私に向けた。
「俺は言った事を違えるつもりはない。
特に、昨日交わした事は契約ではなく約束だと思っているからな。お前、そしてラルとの。
金がもらえなかろうが何だろうが、昨日の言葉を聞いた時点でお前を一人前にしてやるつもりだったさ。
だが。
もしも、お前さんが何も疑問を浮かべる事なく、俺に普通に教えを催促してたら――どうだったろうな?」
師匠の言葉に、何処か刃のような鋭さを感じさせる表情に、私は思わず唾を飲み込む。
だが、そんな私の眼前で師匠はちょいと人差し指を突きつけて、クルリ、とからかうように動かして見せた。
その手をどかした後――師匠は笑っていた。不敵に、そして楽しげに。
「だが、思った以上の覚悟を見せてもらって正直驚いた。
ま、明確に守らなくちゃならないものがあると、気合も入るよな」
「――は、はいっ」
チラリと、レーラちゃんを一瞥しての言葉に、私は大きく頷く。
そんな私を満足げに眺めて、師匠は言った。
「その気持ち、しっかり大事にしろよ。
――人は思ったよりも簡単に、大事だと思ったものを手放すもんだからな。
ああ、だからその金は大事に取っておくようにな。
今後特訓用の道具に使うかもしれんし」
そう言った師匠は立ち上がり、扉を開けて外へと進んでいき――出入り口を少し過ぎた辺りで、こちらへと振り向いた。
「じゃあ早速特訓と行こうか。時間は無駄には出来ないだろ?」
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