15 子供には笑っていてほしいよね……そのためになら笑われましょう!(震え声)

「守尋ぉー!? お前ってやつはぁぁぁ!」

「ちょ、まっ! 脛は反則だろ脛は! いや太腿をローならいいとかそういう訳じゃなくてー!?」


 おお、クラスのみんなの怒りが炸裂してる炸裂してる……まぁ手加減してるっぽいけど。

 ひどくなったら止めよう、うん。


 領主の息子さんとトラブってしまった事について、時折追及(半分物理的に)される守尋もりひろたくみくんを近くで見上げて、辛そうにしている女の子。

 その傍に歩み寄って、視線を合わせるべく私・八重垣やえがき紫苑しおんは、しゃがみ込んで――女の子に笑いかけた。


 いつもならもっとめちゃくちゃ緊張する所だけど、年下の女の子なので大分緩和されております。

 いや、小さい子なら怖くないとかそういうつもりは……あるのか? あるのかな……ま、まぁそれはさておき。


「こ、こんにちは。いや、もうこんばんは、かな」

「え……?」

「あ、私は、八重垣紫苑。紫苑って呼んで? 貴方のお名前は?」

「――れ、レーラ」

「おお、綺麗な名前だね。レーラちゃん、って呼んでいいかな?」

「う、うん、いいよ」


 レーラちゃんは少し驚きながらも、私にしっかり受け答えしてくれた。

 浮かべている笑顔が、彼女を警戒させるような、陰キャめいた不気味なものになっていないようで安心する。


 いやいや、まだ油断は禁物。

 怖がらせないようにしっかりちゃんと良い笑顔にせねば。


 正直現時点でも顔が結構キツいんだけど、最後まで頑張りますとも。


「ありがとう。

 そんなに悲しそうな顔しなくていいんだよ、レーラちゃん。

 レーラちゃんは、何も悪い事してないんだよね?」


 心が少し痛みながらも、それは訊いておかねばならなかった。

 私ではなく、周囲の人達へのアピール、安心の為に。


 うう、嫌な奴だなぁ、私。

 いやまぁ、元より分かってることだけどね、うん。


 そんな私の問いかけに、レーラちゃんは真っ直ぐ私を見据えて、力強く頷いてくれた。


「わたし、ただ、おなかがすいてて、がんばったら……すきなものくれるって、だから……」


 ――それを見ればもう十分。迷いはあっという間に消えていく。


 だから私は満面の笑顔で――レーラちゃんがつられてくれるように大きく紡いだ笑顔で言った。


「うん、だったら、もう大丈夫! ほら、笑って笑って。

 いい子なレーラちゃんは――この私、八重垣紫苑お姉ちゃんがちゃんと守っちゃうんだかリャッ……!」


 と、そんな肝心要かんじんかなめの所で、私の声は緊張のあまり裏返った。しかも噛みました。


『――――――――』


 当然とばかりに周囲に沈黙が訪れる。

 

 あああああああああああああああああ、私ぃぃぃ! 私のバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 陰キャの癖に元気お姉さん的に慰めようとしたのが失敗だったかなー!?


 いや、もう、やっちゃった以上もうどうしようもなくて、いくら後悔しても遅いんだけどね、うん。


 私は、もう顔全部どころか、全身真っ赤にして硬直する事しかできなかった。

 

 ――――だけど。


「っ、お、おねえっ、ちゃん――!!」 


 行動した事は無駄じゃかなかった。


 微かに言葉を漏らした後、レーラちゃんは小さく、でも楽しそうに堪えきらずに笑い出した。笑ってくれた。

 でもちょっと申し訳なさそうに我慢しようともしてくれる――ああ、ホントにいい子だなぁ。


 だけど、そんな遠慮は無用なのです。

 ――うん、旅の恥は掻き捨て、人生を旅と思えば、うん、これも掻き捨てていいよね、うん。


 いや、まぁ多分後で恥ずかしさでジタバタするだろうけど、それはそれ。


 だから私も赤面したままに笑ってみせた。彼女がもっと遠慮せず笑ってくれるように。


「いいよいいよ、どんどん笑っちゃって。私も笑っちゃうからね、うん――ははははー!」


 そうすると、レーラちゃんもつられてニッコニコになっていった。

 その笑顔はものすごく可愛くて――やっぱり、泣いているよりもこっち笑顔が良いよねぇ。


 そう。

 今するべき事は、何も悪い事をしてないの怖い思いをした女の子を曇らせる事じゃない。


 大丈夫だと、心配する事は何もないんだって、ちゃんと伝える事。

 そしてこれから先、そうなる大丈夫になるように努力する事だ。

 この子が、自分を助けようとせいで助けた人達が不幸になったと思わずに済むように。

 まぁ、その、不幸な勘違いはあったけど、それはそれという事で。


「ふふふ、はははは、うひゃひゃひゃ……げふぉっごふぉっ!?」

「お、おねえちゃん?!」

「ご、ごめんごめん……だ、大丈夫だから、うん」


 それもあって愉快に笑おうとしたら変な感じになった上咳き込んじゃったんですが。

 いや、逆に心配させてどうすんだ私……うう、ダメダメだなぁ――やはり私はいずれ滅ぶべき存在(確信)。


 ともあれ、私はそうしてレーラちゃんと笑い合った後――立ち上がって、皆に言った。


「そ、その、えと、ひとまず、みんなご飯にしよう? 

 私、レーラちゃんをお腹いっぱいにしてあげたいので……難しい話は、またその後に、ね?」


 別に話を混ぜっ返そうとか、誤魔化そうという訳じゃない。

 これからの事を話すなら、ちゃんと冷静になってからの方がきっといい。

 私は冷静になっても今も何も浮かばないように建設的な意見は言えないけど、浮かぶ人、言える人はちゃんといてくれるのだから……うん、多分、だ、大丈夫だよね?


「――そうだな。

 いかにもお腹空いてそうだし、折角守尋が助けたのに空腹で倒れられるのは締まらないし、その方がよさそうだ。

 しっかりお腹いっぱいにしてやるといい、紫苑お姉ちゃん?」


 そんな私の提案に乗ってくれたのは他でもない、少し手を組んだばかりの堅砂かたすなくんだった。

 ありがたいけど、紫苑お姉ちゃん蒸し返すのはやめてください、マジで。


「そうね、紫苑お姉ちゃんにお任せするわ」

「ああ、流石紫苑お姉ちゃんだ」

「かっこよかったぞ、紫苑お姉ちゃんっ!! ――ププ」

「ううううぅぅ――なんでこんなことにっ」


 クラスの皆からお姉ちゃん呼びされて、私は内心恥ずかしさでのたうち回った。

 多分さっきの事を思い出す度に、あるいは誰かから指摘される度に、私は脳内で悶絶する事になるんだろうなぁ。


 ――だけど。


「ありがとう、シオンおねえちゃん。タクミも、助けてくれてありがとう」


 私と守尋くんの服の裾を掴んで微笑むレーラちゃんの嬉しそうな顔を見れば、それでも良し!です、ええ。

 



 食事、そしてこれからについての話し合いは和気藹々かつ円滑に進められた。

 時折私は先程の事についてちょくちょく弄られましたけどね、ええ……うふふふ、恥ずかしさ極まって吐血しそうになりました。


 ともあれ、一連の流れについては神官さん達がラルに報告してくれる事となった。

 その上でレートヴァ教からも今回の件をとりなしてくれるとの事でホント足を向けて眠れません。

 ……感謝とお詫びを込めて何か提案しようとした結果、靴を舐めます!とか言っちゃってドン引きされたのは忘れたいです、はい。


 ま、まぁそれはさておき。

 私達も必要であればやり過ぎた部分については謝罪しようという事になり、

 当事者代表の守尋くんと、謝罪と弁解の担当に委員長の河久くん、そして――私と堅砂くんが同行する事になった。


 河久くんは、自分がいたらもう少し穏当に出来たかもしれないと責任を感じているようだった。

 彼が悪いわけでは全然ないので、気に病み過ぎてほしくないなぁ。


 一応私なりに、河久くんは悪くないから、と声を掛けたけど、私では今一つ元気を提供できてない気がする。

 多分、ふへへ、とか笑っちゃってたからだと思います。陰キャですみません。 


 堅砂くんは、向こうに言い包められない人員として自主的に協力を申し出てくれた。

 うん、堅砂くんはそうならなさそうで頼りになります。


 そして私は――レーラちゃんに大丈夫だと言った責任があるので、ええ。

 レーラちゃんをああして励ますと決めた時に、その覚悟は済ませたつもりだ。

 不向きなのは重々承知だが、やるべき事からは逃げませんとも……本音としては、超逃げたいんですけどね、うふふふ。


『八重垣さん、ありがとう。

 俺、ちょっといっぱいいっぱいになっててこの子の――レーラの顔まで見れてなかったから』


 守尋くんはそう言って気まずそうにしていたが、それこそ気にしなくていいのに。

 今回はたまたま誤解だったけど、そうじゃない可能性もあったしね、うん。

 思ったままにそう伝えると、彼は照れ臭そうに笑っていた。


 ――話している間、ちょっと遠くから彼の幼馴染である伊馬いまさん視線が怖かった気もするけどきっと気のせいです。


 さておき。 

 そのレーラちゃん本人は、というと。


 彼女はどうも戦いに巻き込まれた記憶はぼんやりとあるものの、命からがらの状況で、色々な事を思い出せないでいるらしい。

 家族や友達、そもそもどこでどう生きていたのかもあやふやであるらしかった。


 であるならばどうしたものかと話し合った結果、暫くの間、私達が預かる事になった――というか私が率先してそうする事を提案させてもらった。

 言い出しっぺの責任はしっかり取るつもり、だったのだが。

 

『それを言い出したら俺もそうだし、交代で面倒を見よう』 


 と、その時の当事者であった守尋くん達も協力を申し出てくれたので、皆で交代しながら彼女の面倒を見る事となった。


 勿論いつまでもそれが出来るわけではない事は重々承知しているので、

 明日以降ラルに相談して、彼女の家族、もしくは孤児院をはじめとする、レーラちゃんを引き取って育ててくれる人の捜索を頼んでみるつもりです。


 ラル、そしてレートヴァ教に頼りがちなのは心苦しいが、この世界について明るくない私達では難しい問題である以上、素直に頼る他ないよね。


 ――ただ、ちゃんとこの世界で生きていけるようになれたら、私自身も手伝わせてもらうつもりですとも。

 勿論、一番良いのは早期に親御さんたちが見つかってレーラちゃんと笑ってお別れできる事だけどね。


 そうして諸々が一段落が付いた私達は、今日の所はひとまず解散、明日に備えて眠る事になりました。


 その前にお風呂に入らなきゃだけど……しかし、今日は濃密だったなぁ。

 色々な人に関われたのは嬉しかったし、それに、もしかしたら少しくらいは誰かの役に立てたかな?

 そう思うと、生きていく許しが得られたようで、なんとも嬉しくて……うふふ、うへへ、うひひひ――。


「……八重垣、何を考えてるのか知らないが、気持ち悪い笑いだぞ、それ」 

「シオンおねえちゃん、へんなおかおー!」

「ひゃふぇっ!?」


 そんな内心の感情が知らず零れ出た結果、堅砂くんには呆れられましたとさ。

 ……れ、レーラちゃんには喜んでもらえたという事で良しという事にしておいてください(震え声)。  

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