8 初☆魔法の有効活用――あ、油断は反省ですけど、セクハラは駄目です

「よし……ふぅぅぅぅ……魔力、放出――!」


 呪文のようにそう呟いて、私・八重垣やえがき紫苑しおんはイメージする。

 思い浮かべるのは、数日前神殿で行われた如雨露のような道具で魔力を吸い出された時の感覚。


 私達の世界は使だった。

 だから、私達は自分の中に宿る魔力の存在に気付かなかった。知らなかった。


 この世界にやってきてからずっと感じていた身体の違和感。

 それはここで目覚めた新たな感覚――《新たな五感》、言うなれば魔覚によるものだった。


 自身の内外の魔力を肌で感じ、中に宿る力を計り取る――その感覚で、自分の中の魔力を理解する。


 その上で、あの時吸い出された感覚を思い出す事で、魔力の流れを知覚する。


(――うん、感じる。私の中に確かに魔力はある。

 んっ……なんか、なんかちょっとこそばゆい感じ、ふふふ)


 実はあの感覚を知ってから、あれこれ試してちゃんと練習してたんだよね。

 そのお陰で魔力の塊的なものを出す事には成功していたり。

 ちょっと自慢……あ、すみません、私なんかがそんな事考えちゃって、マジすみません。


 さておき、成功した時のイメージで私は魔力を上向きに操作する。


 ステータスによる説明によると、魔力を構成する魔素はのようなものらしい。

 その魔素を組み合わせてより集めて、属性や働きを持たせて発動する事で魔素は魔力としての能力、在り方を発動させる。  


 私が考えるのは、私の中に存在する魔素を空中の魔素にハンガーのようにひっかけて、その上でクレーンのように運ぶイメージ。

 あるいは、フォークリフトに積まれた荷台になって運ばれるイメージ。


 そのイメージどおりに魔力を組み立てて、持ち上げる――!


「ふ――ぅっ!」


 ググッ、と全身に力が掛かり、身体が持ち上がっていく。

 そう、魔力による浮遊が間違いなく発動していく――おお、すごい!

 自分でやってる事だけどめちゃ感動です。


 ビルの群れの中飛び回る、ヒーローな姿の自分を思い浮かべて思わず顔が緩んじゃいますね、ええ。

 ふふへへへ……良い……良いなぁ……でも自分って言うのがマイナス点過ぎる……私なんか滅ぶべきでは(定期的なネガティブ思考)。

 ぐぐ、なりたい気持ちと否定したい気持ちの矛盾でグルグルでございます。


 ただ、そうして雑念してる余裕は実はあんまりない。 

 浮遊だけでも相当に神経を使うのに、この上更に移動しなくちゃなので――というか、ダメですね、これ。


「はふぅっ――」


 地面から数十センチ浮いた時点で、私の集中力が切れた。

 プツンとイメージが途切れた瞬間に落下、再び地面の感覚が私の足裏から伝わってくる。


「ううーん、できなくはないけど」


 私がまだ魔法自体に不慣れな事を差し引いても、空中浮遊、並び飛行は相当に集中力を必要とするっぽい。

 この調子じゃ移動の途中で集中力が途切れたら真っ逆さまで地面に激突だなぁ。

 うふふ……その方が世の為人の為かもだけどね……ふふふふ。


 ともかく、今の私だと難し過ぎるのか……ああ、いっそ橋を修復できる魔法が使えたらってそっか。

 そうして私は思いついた。もっとシンプルな解決策を。


「――よし、じゃあ……これでどう――っ!?」


 あの魔力を吸い出される感覚を思い出す作業から、もう一度魔力を自覚していく。

 そうして魔力の存在を再度確認した私は、極めてシンプルな形に魔力を組み上げた。


「おおっ……私にしては、ちゃんと出来た方、かな」


 私の前に形成されたのは、薄く白い光を放つ、魔力で構成された『橋』だ。

 まぁ、橋というか、細長いブロックが谷の両岸乗っかっているだけなんだけど。

 光の道を形成した、という方が表現的には正しいかも。


 魔力を自ら引き出せるのかの実験テストを重ねた結果、私は魔力を操る『魔力操作』、魔力を外界に解き放つ『魔力放出』を技能として得ました。

 ステータスにもしっかり新たに記載されてたり。 

 どちらもまだレベル1だけど、磨けば出来る事を増やせるだろう。


 うふふ、楽しみだなぁ……極めたら変身するのも夢じゃないかも……ああ、想像するだけで脳内麻薬がっ!

 でも、そんな自分を想像して、私のネガティブ部分が即座に否定して吐き気がががが――やはり滅ぶべきでは私。


 閑話休題それはさておき


「よ、よーし」


 ともかく私は気を取り直して、テストとして、その辺りに転がっていた石ころを幾つか橋に投げる。

 石は問題なく橋の上に転がっている事から、物質を乗せる事が出来る力場は確かにそこにあるのだと分かる。


 それを確認した次は、こんな事もあろうかと準備していた――流石にこんな事態は考えてなかったが、何かの役に立つかもと念のために入れていた――ロープを近くの木と、私自身に結んで命綱とする。

 その上で私は橋の上に飛び乗ってみた。


 結構怖かったが、問題なく橋の上に乗る事が出来た。

 おそらく、このまま向こう岸まで移動しても問題ないだろうが、一度下へと降りる。


「念には念を入れておかないと」


 欲を言えば効果の持続限界の確認もしたかったけどね。

 時間的に余裕がないので命綱の使用と新しく『橋』の下に新たな光の橋を形成、最初に作った橋を少し上へと押し上げて対応しよう。


 これで古い橋が消えても、少なくとも今下に作った新しい橋はもう少し持つ。

 岸と岸の距離は十数メートル程度、ゆっくり目に走っても十分間に合うはずだ。


「うん、これで確実だね。

 ――ああ、そうだ。

 えと、その……か、堅砂かたすなくんは、無理に付いてこなくても大丈夫だからね?」


 最後に、今は林の中に隠れている堅砂くんへと呼びかけた。

 もしかして心配してくれてたのかも……あくまで『クラスメート』としてだろうけど。

 ただ、なんにしても感謝です。

 これ以上付き合わせるのは申し訳なかったので、これを機会にと帰っても大丈夫だからと伝えておく。

 

「で、でで、でももし付いてくるのなら、橋が消える前に早めに渡ってね。

 ロープの予備は置いておくから」


 そう言い残して、私は一気に橋の上を駆け抜けた。

 橋は最後まで問題なく機能して、私は無事に向こう岸へと渡る事に成功した……よかったよかった。


 振り向くと、まだ橋は形成されたまま。

 昨日作った光球が放置したままだと結構持っていたので、まだ暫くは消えないのだと思う。

 私自ら分解が可能である事もテスト済みだけど、今はその必要はないだろう。


 堅砂くんの事は気になるけど、今は約束を優先させてもらうとしよう。

 私と違って堅砂くん頭良いし、どう行動するにしてもきっと大丈夫だろう、うん。

 ロープを解いた後、最後にさっきまでいた、今は向こう岸となった方向に小さく手を振ってから、私は目的地へと再び歩き出した。  


「ふう、ま、間に合った――」


 そうして自ら作った橋を渡って、緩やかな坂道を登る事10分ほどで、私は目的地に到着した。


 草原を挟んだ少し大雑把な作りの道の向こうに、ポツンと立つ一軒家。


 そこに、ラルの友人であるベテラン冒険者が住んでいるらしい。

 話は通してくれているらしいので、後はどう切り出していくかが陰キャ的には悩み所――

 

「――――なんだよ。橋は落としといたのに、来てやがる」  


 そう考えた瞬間、背中から聞き覚えのない男性の声が響く。

 そう、さっきまで私以外は誰もいなかったはずの背後から。


 慌てて振り向いて相手を捕捉しようとした瞬間、想像を遥かに越える速さで足を払われる。

 すぐさま体勢を整えようとするも、強引に押し倒された上に、上に乗られてしまう。

 それによって私は完全に地面に抑え込まれた。

 

「ぐっ――!?」


 必死に抵抗したが、首を恐ろしいほどの力で掴まれ抑えつけられて身動きが取れなかった。

 懸命にそれを両手で剥がそうとするもまったくビクともしない。

 見た目は普通の男性の腕なのに、まるで数倍の大きさの巨人の手に包まれているかのような感覚だ。


「ん? なんか齧ってんのか? 素人っぽいのに素人っぽくない反応だったな。

 それとも異世界人のちからか?

 まぁ、どっちにしても――これでお前さんは一回死んでるぞ、お嬢ちゃん」


 ボサっとした銀髪の奥、精悍な顔つきの男性の赤い瞳が私を見据えていた。

 ――正直、恐怖を感じる所なのだろうけど……何故だろう、なんだか懐かしいような……そんな変な感じがする。


 と、そんな中。


 男性が空いた右手を持ち上げて、これみよがしにわきわきと指を動かした。

 な、なんだろう……そう思っていると男性が何処か気の抜けた表情で言った。


「その死を実感してもらう為に……今からお前さんの胸を揉む」

「えええええ!!?

 な、なななな、なに言ってんですか?!」

 

 涙目になりながら私は叫ぶ。大いに叫ぶ。

 悲鳴じゃなくてそうなったのは、どっちかというと何故この状況で?!という疑問が大きかったからだ。


 だというのに目の前の人は平然とこう言ってのけた。のけやがりました。


「いやなに、一度死んだ分というか、死ななかった代わりというか。 

 嫌な目に合わないと覚えない事ってあるだろ?

 これに懲りたらもっと警戒心を持つべきだ」

「そ、それはあるかも……って、そうじゃなくて?!

 それだったら、こう、他に何かあるのでは!?

 と、とと、というか、わ、わわわ、私なんかの胸を揉んで楽しいんですか!?

 はっ!? ま、まま、まさか、特殊な性癖の方っ?!」

「いや、何故そうなる。

 まあいいや、じゃあそろそろ覚悟を決めてもらおうか」


 そう言うと男性がゆっくりと右手を私の胸に近付けていく。

 やけにゆっくりなのは私の恐怖心を煽るつもりなのか、あるいは本当は途中で止めるつもりなのか。

 で、ででで、出来れば後者でお願いしたいんですけどどうでしょうね?!


 そんな最中だった。


「しかし、お前さんじっくり見るとかなり大き――ぐへぇっ!?」


 突然、男性はカエルの鳴き声のような声を上げて気絶した。

  

「大丈夫か、八重垣」

「あ、ありがとう堅砂くん――!」


 その向こう側には、昨日調達していたのだろう木剣を振るったポーズの堅砂くんが立っていた。

 正直大いに助かったので、もっと感謝を述べたい気持ちであったんですけど。


(――これ、どうしたものかなぁ――)


 一応教えを乞おうとした相手を正当防衛とは言え殴り倒し――勿論その全責任は堅砂くんでなくて、勿論私です――あまつさえその人に押し潰されている状況。

 私は大いに途方に暮れる他なかった……というか。


「って結構強めなお酒の匂いがっ!?

 というか一部鎧着てるから結構重いんですがっ!

 ぐええぇっ、つ、潰されるぅー?!」

「改めて思うが……見た目と違って随分騒がしいな、君は」


 そうして大騒ぎする私に溜息を吐きつつ、堅砂くんは私を助けてくれたのでした。


 ……これ、この後どうなるんだろうね? 

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