3 これからの私達――ワクワクもあるけど不安も多いよね、異世界だし――

「異世界からお越しいただいた皆様、申し訳ありませんが静粛に」


 美しくも威厳に満ちた声が空間に響き渡る。

 一体いつの間にそこにいたのか、この空間の最奥、女神像の真下にその女性はいた。

 

 うわぁすごい綺麗。

 多分この世界出身の人なんだろうね。

 白色を主体に金色で飾られ、少し青色を挟んだ衣服……ファンタジー作品での聖職者な姿のその人は、穏やかでありながらも強さを感じさせる声で言葉を続けていく。


「これより、今回の召喚についてのご説明をさせていただきます」

「おいおい、いきな――――うぅんっ!! お前ら! ちゃんと話を聴け! 静かにな!!」


 一瞬文句を言いかけたのは、我らがクラスの中ではトップクラスに騒がしい寺虎てらこくん。

 多分クラス皆こう思っただろう――おまえが一番騒がしいわっ!と。私も同意です。


 いきなりの熱い掌返しだけど、それも納得。

 まさに絶世の美女という表現そのものズバリの人が現れたら掌がドリルばりに回転するね、うん。

 基本超クールな堅砂かたすなくんでさえちょっと見惚れてたみたいだし、正直私もちょっとときめきました。

 ステータス欄にあった『魅力』の数値を、ちょっと私のものと見比べてみたいような気もするけど、絶対心折れるのでやめます(涙目)。


 さておき、あんまりにも綺麗な人が現れたものだから私達は言葉を失った。  


「ささ、どうぞ、お話になられまくってください」


 だというのに寺虎くんは、皆が黙ったのをさも自分の手柄のような自慢げな顔で女性に話を勧めた。

 皆が「コ、コイツゥゥゥ!」みたいな顔をしていたのは勿論語るまでもないです。


 女性は一言「ありがとう」と静かに寺虎くんに告げてから、改めて皆に向きなおって語り出した。

 私達がこの世界に呼ばれた理由についてを。


 私はそれを隅の方で目立たないように聞いておりました。ええ、それが落ち着くので。




「――それでは、ここからの移動を準備しますので、しばらくお待ちください」


 説明と質疑応答を終えて、絶世の美女……聖導師長ラルエル様と名乗った人は去っていった。

 その後残された30人、全員が顔見知りのクラスメート達はざわめいていた。


 みんな明らかにテンション高い――でもまぁ、そうなるのも分かる。


 一つ! 契約しておけば死んでも復活できる!

 二つ! 手段はちょっと問題だけど帰ろうと思えば元の世界に帰れる!

 三つ! ここでの生活全般はサポートしてもらえる!


 とまぁ差し当たっての問題はひとまず解決(?)したから、色々な事を考える余裕が出来たんだろうなぁ。

 冒険者とか魔王とか、気になるワードがたくさんだったからね、ラルエル様のお話。


 でも、全員がポジティブに考えられる訳じゃないよね。

 かくいう私も次回の日曜日朝のヒーロー番組の事を考えると――ぬぅ、いかがしたものか。


「まぁ、うん、しょうがないな! 世界が危なくて、俺達が必要だったんだし」


 そんな不安も含めてざわめきが高まっていく中で声を上げたのは、守尋もりひろたくみくんだ。

 彼はうんうんと頷きつつ、見た目どおりの爽やかな声で言った。


「それに最終的に帰れるんなら今は気楽に考えていいんじゃないか?

 結構自由にやっていいって話だし当面は俺達の好きなようにやってみようぜ。

 冒険して、自分達で帰れる手段を見つけたりしてもいいらしいじゃん」 


 守尋くんは、このクラスの良い意味での中心人物だ。

 体育大会や文化祭などのイベントごとで皆が消極的に物事を進めていると、いつしか自然に彼が盛り上げてくれる。

 強引に引っ張るわけでもなく、むしろ面倒事を自ら買って出てくれる姿勢もあって彼を嫌う人は少ない。


 以前そういう事を自ら買って出てくれる事のお礼をビクビクしながら伝えた時も、


『いや、折角楽しい事なんだから盛り上げたいじゃないか。

 むしろ協力してくれてありがとうな、八重垣さん』


 と爽やかに返されたので、そのあまりの眩しさに陰キャの私は消滅しそうになりました。

 この世界が物語なら君は絶対主人公だよ! めちゃ輝いてるよ守尋くん! 


 そりゃあ女の子にもモテて当然だし、友達も多いのも至極当然。

 結構個性的な面々が揃ったこのクラスが、それなりにまとまって、それなりに皆和気藹々としてられるのは、彼の存在によるものである、と言っても過言ではギリギリないと私は思っている。


 ともあれ、そうして彼が言い出してくれたので、丸く収ま――。


「好きなようにやるって言うけどよ守尋、なんか考えあるのかよ」


 と、寺虎くんが言い出したので生憎と収まらなかった。

 うーん、でもよくよく考えてみれば今回に限ってはあながち間違った指摘じゃないのかも? 


 私達はみんな一緒に召喚されて、これからも一先ず、ある程度は一緒に行動する事になるんじゃないかな。

 そんな中で一人がもし何か大きな問題を起こせば、私達全員が「うわ引くわー」的な視線で見られるかもしれない。

 

 いや、それだけならいい。

 倫理観が違う世界で嫌われて排斥された結果、言葉にもできないような、例えば何処かに売り払われたりとかの状況(年齢制限同人誌的な展開)になったら……ひぃぃ! 想像するに恐ろしいッス!

 

 そうならない為にも、ある程度はクラスの意思統一(良い方向で)をしておくべきかもね、うん。


 そこまで考えているかはちょっと怪しい寺虎くんの問いに、守尋くんは頭を掻いた。


「うーん、具体的な事はちょっと――堅砂、何かある?」

「何故俺に振る」


 唐突に話を放り投げられて、堅砂くんは憮然とした表情をしていた。

 そんな彼に守尋くんは屈託のない笑顔で言った。


「いや単純に堅砂頭良いから色々考えてくれてないかなって思って」

「そうやって思考放棄するのはどうかと思うぞ。

 もうちょっと考えろ――と、いつもなら言う所なんだが」


 周囲の視線を一身に浴びて、堅砂くんは小さく溜息を吐いた。


「こんな特殊な状況下だ、そうも言ってられないか。

 ――ひとまず、大前提はバカをやらかさない事だな。

 特別待遇や貰った力を笠に着て好き勝手やれば、この世界の人間との軋轢を生んで、下手したら殺されるからな」

「おいおい、俺達はVIP待遇みたいなもんだろ?」

「そういう考えがトラブルを生むんだ。

 お前寺虎一人が馬鹿をやって排斥されても困らんが、それに俺達を巻き込むな」

「ハッ、ビビりの発想――」

「もしそうなったら、あのラルエル様はお前の事をどう思うだろうな。優しそうな方だったからな――悲しませるんじゃないか?」

「よし、バカはしない方向だな。お前ら変な事するんじゃないぞっ! いいなっ!!」


 今度は至る所から『お前が言うな』のツッコミの声が上がった。そりゃそうよ――私もちょっと言いたくなりました。

 だが、それを気にした風もなく完全に無視して寺虎くんは言葉を続ける。


「じゃあ、他はどうするんだよ」

「何度も言うようだが、ここは異世界、俺達が最低限でも信じられて当てに出来るのは基本俺達だけだ。

 それを考えると現状では単独行動は絶対に避けるべきだろう。

 そうだな――ある程度近い目的の者同士でグループを組んで、その目的への準備を猶予期間の間に協力し合って進めるべきだな」

「目的か――例えば、俺は魔王を倒したいって思ったんだけど、同じ人いる?」


 そう守尋くんが問い掛けるが、誰も手を上げなかった。


 私も気にはなってるんだけどねー、魔王。

 でもそもそも本当に魔王が悪いのかとか、そもそも今は私達はレベル1(多分)だし、それ以前の問題だよね。


「ダメじゃん!? グループ出来ないじゃん!!」

「バカかお前は。いきなりそんなぶっ飛んだ目的掲げてついていく奴いるわけないだろ。

 そうだな、例えば――ラルエル様の話にもあった冒険者になりたいって奴はいるか?」


 次に堅砂くんが提案したのは、冒険者。

 ゲームやアニメ、小説などのフィクションに明るければある程度の想像がつく存在で、実際この世界では私達のイメージどおりの職業であるらしい。

 すなわち、依頼を受けてモンスター退治をしたり、ダンジョン探索をしたり、宝を求めて世界中を旅したり。

 ともあれ、そう問い掛けられるとクラスの約半分が手を上げた。寺虎くんも全力で挙手している。


「おおー! やっぱ冒険したいよな、うん」

「そりゃあそうだろ! 強くなってやりたい放題自由だからな!」


 熱く手を握り合い交わし合う守尋くんと寺虎くん。

 ――若干意見のベクトルが食い違っているのは、話がこじれそうだし突っ込まないでおこう。


「じゃあ、ひとまずはそういう奴らで集まって、冒険に当たって何が必要なのかとか、どう強くなればいいかとか調べていけばいい。

 残った面子はどうする?」

「いや、そう言われてもな――」

「うん、どうしたらいいのか分かんないし……」


 堅砂くんの問いかけに残った人の半分は渋い表情をしていた。

 実際の所、文字どおりの未知の世界に来たばかりだし、すぐに結論を出すのは難しいと思う。

 だが、堅砂くん的には納得しかねたようで、彼は「ふん」とつまらなげに、そしてあからさまに息を零して見せた。

  

「そうして指示を待っていて解決すると思ってるのか? まったく気楽な――」


 あ、いけない。

 それはちょっと言い過ぎるやつじゃないかな?

 こ、これでクラスの雰囲気悪くなったら、隅の方で安穏と出来なくなるのではっ!?


 そう考えた私は慌て気味に手と声を上げ――


「あ、ああああ、あの! ちょ、ちょっと、いいかニャッ?」


 ――思いきり噛んだ上に思いきり声を裏返らせてしましましたとさ。


 ああああー! 私の馬鹿ぁー!! 

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