猫目の彼女と敏感な僕 -HI Five-

判家悠久

-HI Five-

 色部藤原氏とは藤原氏の系譜には故あって載らないものの、影の総帥家一党になる。

 成り立ちは平安初期から始まり。平安末期にはあの、完全サイボーグの様な源為朝を、色部藤原氏の諸派5人がねじ伏せた発して、程よく5家が立ち、支え合う。 

 藤原一菅波家は予知の系統にして主家。藤原二土肥家は念動力の系統。藤原三桑沢家は遠目の系統。藤原四辻井家は身体能力の系統。藤原五烏丸家は共鳴の系統で、俺の血筋はここに当たる。


 その色部藤原氏は、正月三が日ともなると、奥三河の北納城市の計画的未開発地域の、いざ籠城も出来る色部大館に集まる。

 総勢700名弱のそれぞれの全家族。まあヒト科ネコがここ迄揃うかと、やや滑稽で、自由気ままに和気藹々になる。

 色部大館では、各位の特異報告から始まり、大祈願祭、主家の筋立て、それにともなう年間計画の見通しを立てる。そして尽きぬ大宴会が三日へと発展する。


 その当時9歳の俺としては、共鳴持ちなので、例え親類家であっても、やや塞ぎがちになる。2年前に東日本大震災があって、被災当事者達と親睦を果たすと、こう、胸が一杯になることも暫し。それはそれなんて割り切れる筈もない。小学生は何においても主観なので、ここは心を形成する時間を待つしかなかった。

 そんな俺に、逞しく接してくれたのは、54代主家御子神安泰の長女の御子神典善だ。ヒト科ネコ達の中でも最も麗しく、その瞳は澄み渡り、愛くるしい猫そのものになる。そして俺とは7歳上になり、もう大人側にいるが、これまで過ごす付き合いで、何のことはないごく自然な姉の存在になった。

 その御子神典善が、今回主家に代わり筋立てを述べる。2043年3月に、南海トラフ大震災で西日本は甚大な被害を受けると、静かに置いた。衝撃的ではあるが、かなり先の話でもあるし、この前東日本大震災が来たなら、来ない筈もないと、大広間に集まった色部藤原氏族は冷静だった。


 そう、南海トラフ大震災はずっと頭に残るものの、残る会期は盛り上がりしかない宴会にひたむきになる。そりゃあ、やけ酒になるか。

 そして色部藤原氏族の全員が、流石に色部大館に全てに泊まれる訳でもないので、所謂地領でもある光知領の裾野の3町のホテルのいずれかに泊まる事になる。光知領はその曰く付きから、全てが閉鎖されている訳ではなく、色部藤原氏族の祝祭以外は外部の旅行者でも泊まれる様になっている。

 そんな3町の中でも、色部大館に程なく近い皿江町に、三之丞温泉がある。そこには師匠蓮池丹念がいる。長身で武芸に秀でて、自他共に負けた事がない美丈夫だ。俺が敏感過ぎる故に、丹念師匠の元に預けられた。別に何の事は、日の出からお昼迄で三之丞温泉を手伝う事だ。

 大人同様に、温泉の掃除、薪割り、商品の補充、それから接客とチップ。女湯はもはや半分主家の御子神典善が何故か接客している。

 そして食事に休憩の際は、俺と丹念師匠と典善で花札をひたむきに挑む。こういう手札のゲームは、俺の生来の共鳴である程度見える筈だったが、何故か読めない、勝てる余地もない。雑念もまるでなく、何故か沈黙の音が聞こえるのそれだ。

 二人曰く、これは俺に丁寧に心を整えさせる特訓らしい。特訓かどうか、後半には純粋に駆け引きで勝てる様にもなった。いや運でしょう。ただ丹念師匠曰く、カードを切る以上、それに委ねる舵取りも必要とは解かれた。典善はクスリともせず、あともう少しかなと、何故か厳しい視線を遠くに送る。そうこの段階で、俺に変化が起こるかが見えていたらしいが、別に責める要素は無い。俺が怒った所で、ぎゅっとされるのだから、暴れても無為になる。

 典善は解く。予知夢は極めて合理的だと。多種多様の予知能力者がいるが、日常的に見続けると、記憶力がどうにかしてしまうらしい。御子神家は押し並べて、予知夢に特化しているのは、先祖から研鑽されて、生まれつき丹田に収納されているとは言う。何を言ってるか分からないが、大人になれば、その丹田の収納の遺伝こそ、ご先祖様ありがたやになる。



 そして2日目の色部大館の午後の大宴会。それは、例年より賑やかで、やぶれかぶれの盛り上がりだった。ただ、共鳴のいくつかもは冷めている。それはそうだ、東日本大震災以上かの南海トラフ大震災が来るのならば、平静を保たないといけない。

 大人は大人だと、俺は庭園の梗概溜池を横断する二つ連なった太鼓橋の挙り橋の真ん中で、大ぶりな和金をずっと屈んで眺めている。かなり暫く。そして、典善が近づき右隣に寄り添う。


「鯉は起きたいけど、餌が蓄積して汚れちゃうから、和金のこれも味わい深いよね」

「でも、こんな大きい和金を見たことない」

「難しい事言うと、環境よね。伸び伸びが一番。太喜雄に、この和金を上げたいけど、普通の水槽だとね」

「俺、難しい話は分からない」

「そうよね。宴会場に戻りましょうよ。美鈴、調子に乗りすぎて、バレエ踊り過ぎて疲れちゃうわよ」

「美鈴は、体力無尽蔵だし。そう俺達、将来一緒なんでしょう」

「それね。太喜雄達、近親婚では遠いから、セーフだけど。美鈴と成り行きになっても、太喜雄にはそれなりのお相手待ってるから。ここ忘れない様にね」

「典善は、見えるんだね」

「予知夢は、全てがそうじゃないけど、うっすらとね。10年20年後の面差し迄想像は追ってよね。太喜雄には特別悪いようにしないわ」

「そういうの嫌いだよ。美鈴でいいよ、気が楽だし」


 俺は、憤りで立ち上がったが、長らく屈していて左足がもつれた。あっつ、梗概溜池に落ちるのか。


「危ない!」


 堪らず、典善が左手を差し出し、俺も左手で握った。一瞬で世界が収縮し、視界が誰一人いない名古屋駅前に展開する。

 名古屋駅前は、まま新幹線で利用する。今いる光景は、奥行きは何故か深く視力が7.0になったかで具に取れる。そして、度し難い、切れ間のない地を這う低音が響く。不意に視線を上げると、JRセントラルタワーズの高さその半分に、超巨大津波が迫っていた。


「えっつ、」

「太喜雄、ここは箱の中、もう出ないと」


 いつの間に、いつもの様に典善に背中から抱きしめられていた。やたら塩っ辛い香りが立ちこむと、JRセントラルタワーズに超巨大津波がぶち当たり、ひしゃげる音、硬化ガラス音が砕ける音が鈍く鳴った。超巨大津波という非現実の状況、俺は為す術なく立ちすくむと、超強大津波の轟流の中にいた。

 俺も悪夢を良く見るので、これは夢と意識して、ややの余裕がある。ただその轟流の中がやたら生々しく、汚泥、石油燃料、上下水道、何よりこんな塩度が高く、もう喉が渇いて死にそうだ。


「もう駄目、」

「太喜雄、上に泳いで、」


 水面の中なのに、思念波が響く。小さな俺を抱えた典善が、方向感覚抜群に、必死に水面越し太陽へと向かう。そういや1月の水面で本当寒いや。そして水面を上がったと思えば、その光景は梗概溜池の水面から20cmになっていた。いつの間にかあの、超巨大津波から逃れていた。これは何なのだろう。

 ああ、梗概溜池に落ちて気を失って溺れそうになっていたのか。そして大人達が大慌て、捲し立てる声が聞こえた。俺は安堵したか典善に抱えられた中で、やたら疲れ果てて気を失った。


 次に起きたのは、色部大館の医務室だった。防寒布団か、やたら暖かかった。そして起きたとなると、主家に典善に、俺達の家族が詰め寄った。

 そして、名古屋駅の超巨大津波は、典善のクリア過ぎる予知夢の一端だと知った。共鳴にしては、やたら生々しく、これはになった。

 父司郎曰く、祖父の隔世能力の「箱」が、9歳にして発動したとの見立てだ。俺は初めて自分に戦慄した。よくあの轟流から帰って来れたものだ。これは皆も同意する。


 それから俺だけ色部大館に超安静で居残り1週間滞在する。この間に、箱の発現を見極められたが、法則性はなく、早ければ15分で先方と箱の中に入れた。

 ただそれも、典善にそんなに長くかかり切りだと、いつか帰って来れないから、肉体と心が程よく馴染ませるには、最適3分で入れる様にと、朝から晩まで稽古させられた。


 そんな稽古を重ねた最終日、主家の安泰が見て欲しい事があると、俺の両手を握り、その温かさに、視界が収縮して、展開すると色部大館の裏手の丘の休屋にいた。

 そこには、俺、主家、ロマンスグレーの男性がいた。桜餅を食べ切ると、ロマンスグレーの男性がこう切り出した。


「孫君、太喜雄と言うのだね。慶子の幼い頃をかろうじて見れたから、そうだね。確かに孫だね」

「おじいちゃん、祝延快斗さんですか」

「太喜雄、そうですよ。生前ではすれ違ったけど、過去私の予知夢で、快斗さんは今のあなたを知っていたのよ」

「奇妙な出会いだが、私の遺影を覚えてくれているとはありがたい限りだ」

「あの、こういう能力、箱、いや共鳴って、疲れませんか」

「太喜雄、こういうのはひたすら慣れだよ。太喜雄もいつか、使いこなして、運命の分岐点を導ける筈だよ。そうだね安泰」

「ええ、太喜雄は折々で方々に恵まれます。良き人生を」

「あの、また出会えますか」

「どうかな、私が話すと、どうしても話が長くなるからね。太喜雄に嫌がられないように頑張るよ」

「ふふ快斗さん。それも困りますよね。ここ迄にしましょうか。それでは」


 俺の箱は収縮して、医務室に帰ってきた。そして、堪らず泣いた。おじいちゃんが生きていたら、先々の共鳴と箱の取り扱い方教えてくれた筈なのにと、9歳ならではの純粋な寂しさに泣けた。

 そんな俺を、典善が背中から抱きしめる。俺って、一生涯こうなのかなと、寂しさが和らぐのを待ち続ける。


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